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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編19 ナント文化ホール


 マイクロバスに揺られること約一時間、俺たち鬼無里校の霊官は市内にある大型施設に到着した。

「ここって、ナント文化ホール?」

 県民文化会館、通称ナント文化ホール。

 敷地内に県立図書館を有する市内最大級の大型公園に併設して建てられた施設で、地上三階地下一階の各所にコンサートホールや舞台などがある。歌手のコンサートや有名人の講演会、テレビの地方局のイベントなんかも行われる施設だ。

 数年前までは公園や図書館同様に県営の施設だったが、県内に本社を構える大手食品メーカーが運営を行うようになってから『ナント文化ホール』の愛称で呼ばれるようになった。

「ええ、ここで説明会が行われるわ」

「マジかよ……」

 まさかこんな有名な場所に霊官が集まるとは思わなかったな。

 バスの停留所から正面入口に向かって歩いてみるが、ガラスドアには『本日は閉館しました』という立て看板が置いてあり、ドアを開けようとしても鍵がかかっているようで開かない。

「そっちじゃないわよバカ大地。そんな堂々と入れる訳ないでしょ」

 マシュマロに車椅子を押されながら俺を罵倒し、諏訪先輩は薄暗い建物の裏口を指差した。

「こっちよ。みんな、付いてきて」

 先輩に促され、俺たちは裏口からナント文化ホールの中に入っていった。

 当然俺は裏口から入るのは初めてで、彫刻や生花が飾られている華やかな入口側のエントランスとは違う無機質な廊下を興味深く観察してしまう。

「裏口なんて初めて入ったな……」

「俺もだ。なんか殺風景だよな」

 隣を歩くトシとそんな会話をしていると、諏訪先輩を先頭にした一団は扉の開け放たれた会議室のような部屋に続々と入っていった。

 前の人に倣い入室すると、部屋の中には長方形の机とパイプ椅子がいくつも並んでおり、既に何人もの霊官と思しき人たちが椅子に座っていた。

 部屋の奥にはホワイトボードが置かれ、その前には説明会の主催側、事件の概要を説明する側の人たちのための机と椅子が、他の椅子と向き合う形で並んでいる。

 ある者は腕を組んで部屋の奥に置かれたホワイトボードを注視しており、またある者は同僚の霊官同士で何かを話している。

「ん? あれって……」

 そんな人たちの中、ホワイトボードの前の主催側の椅子に見知った顔を見つけ、俺は動きを止める。

 主催側の席で何やら大人の霊官と顔を付き合わせて資料に目を通しているのは、制服ではなく黒いスーツを着ているが、その顔はよく知っている女顔、烏丸先輩だ。

「諏訪先輩、あれって烏丸先輩っすよね?」

 近くにいた諏訪先輩とマシュマロにそう問いかけると、二人はコクリと頷いた。

「叶は卒業と同時に中部支部の幹部に就任することが決まっているから、最近は学校より霊官として仕事してる時間の方が長いのよ。あそこに座っている説明側っていうのは、つまり幹部の人たちよ」

「か、幹部?」

 以前ネコメに簡単な説明を受けたが、霊官の支部の幹部ってのは結構な大物だったはずだ。

 烏丸先輩が荒事に強いのは身をもって知っていたが、そんなにすごい人だったとは。道理で最近見ないと思った。

「叶の他にも、三年生の霊官となるとそれなりに大きな事件を抱えている人も多いわ。だから今回はあまり人数を集められなかったけどね」

 それでバスの中の霊官には二年生が多かったのか。

 それに烏丸先輩の他にも、主催側の席に座っている幹部の人たちは、何というか雰囲気が違った。

 見た目はスーツ姿の普通のサラリーマンっぽいのだが、その身に宿している異能の質が違うように感じる。

 さらに主催側の席以外にも、似たような雰囲気を纏っている人がチラホラいるな。

 藤宮の事件に、大木の一件。俺もそれなりに場数を踏んだつもりでいたが、本物のプロ霊官っていうのはやはり一筋縄ではいかない感じだ。

 そんなことを考えながら、俺もパイプ椅子に腰掛ける。

 長机同士はほぼ隙間なくくっつけられており、中の方の席に座ると映画館の座席のように身動きが取りづらい。

 霊官としては新米の俺としては顔見知りがいると気が楽なので、まず車椅子を置ける通路側に諏訪先輩とマシュマロ、その隣にネコメ、俺、トシの順番で座る。リルの入ったケージは椅子の下だ。

 チラリと周囲を伺うと、他の生徒たちも思い思いの席に座っている。

 こうして見ると主催側と思われる人たちがスーツ、異能専科の生徒が制服、それ以外の霊官は自由な格好をしており、所属が分かりやすい。

「お隣いいかしら?」

「はえ?」

 ぼんやりと座っていると、隣のトシが素っ頓狂な声を上げた。

 何事かと思って見てみると、トシの隣の椅子には見覚えのある、かなり特徴的な人が座っていた。

 スキンヘッドに、顔には蝶を象った刺青。服装はピッチピチの黒いタンクトップにダメージジーンズ。ぶ厚い唇には不気味な色の口紅を施し、どこかの部族かと見間違うほど濃いアイシャドウを塗った男。というか、オネエ。

「う……上原さん、だっけ?」

 上原スネイク。確かそう名乗っていた。偽名らしいけど。

「そうよ。また会ったわね、ウェアウルフちゃん♡」

 バチン、とウインクをかましてくれたこの人は、以前の大木の事件の際に知り合ったプロの霊官の一人だ。

 そのさらに隣にはツンツンの金髪に白いスーツ姿のホストの様な風貌の男性、確か梶木さんの姿も見える。こっちは俺たちに大して興味なさそうにホワイトボードの方を見ているな。

「あら。あなたこの間異能混じりになったばかりなのに、もう霊官になったの?」

「あ、いや、なりたいと、思いまして、はい……」

 上原さんに話しかけられ、トシは若干戸惑いながらも言葉を返す。

 そんなトシを見て上原さんはアイシャドウの施された目を弓なりにし、「そうなの」と笑った。

 そして二人のやり取りを聞いて、隣に座っている梶木さんが露骨に舌打ちをした。

「……ガキの遊び場じゃねえんだぞ。『なりたいと思った』でやれるほど、甘い仕事だと思うなよ」

 目線だけをこちらに向け、侮蔑するように言う。

 柔和な上原さんとは対照的に、梶木さんはトシがこの場にいることを快く思っていないらしい。いや、その視線からして、俺のこともかな。

「ちょっと、やめなさいよ梶木。若い子がやる気出してるんだから、大人は応援しなくちゃ」

「ヘビ姐は甘いんだよ。現場を知らねえガキなんか連れ込んで死なせるのが、大人のやることか?」

 こちらをまとめて見下す様な物言いに、トシはテーブルに肘を付いて言葉を返す。

「アンタも言うほど大人には見えないっすよ? 大体異能に歳とかカンケーあるんすか?」

「なんだと?」

 梶木さんの態度に、トシはどうやら苛立っているらしい。

 どちらかというと、トシは元来負けず嫌いな性格だ。

 ゲームなんかの遊びならともかく、本気でやっていたバスケでは負けるととことん悔しがる。

 そして俺も、ガキだと小馬鹿にされて落ち着いていられるほどには、確かに大人ではない。

「悟志、大地、あんた達モメるんじゃないわよ」

 俺たちの会話から不穏な空気を感じ取ったのか、諏訪先輩が割って入ってきた。

「梶木さんも、あんまりうちの後輩をいじめないでくださいね。これでも結構可愛がってるんですから」

 どこがだよ。アンタ昨日俺たちのこと金属の棒でボッコボコにしたじゃねえか。

「諏訪の巫女様のお気に入りって訳ね。せいぜいあのバカたちみたいにならないことを祈るんだな」

 梶木さんはそう吐き捨て、再びホワイトボードの方に視線を戻した。

「……あのバカたちって?」

 比較的俺たちに友好的っぽい上原さんにそう尋ねると、彼(彼女?)は「ああ、聞いてないのね……」と呟き、その顔に僅かな陰りを見せた。

 なんと言えばいいのか、といった感じで言葉を詰まらせる上原さんに代わり、横から諏訪先輩が言葉を挟む。

「……さっきバスで、亡くなった人がいるって言ったでしょ?」

「あ、ああ……」

 事件の関係者が遺体で見つかった。確かに諏訪先輩はバスの中でそう言った。

「関係者っていうのは、大木トシノリよ」

「な⁉」

「え⁉」

 トシとネコメが同時に驚愕の声を漏らす。

 俺はといえば、どこかでそんな予感がしていたのか、思った以上に冷静だった。

 大木は、誰かによって意図的に異能混じりにされた可能性があった。

 それは諏訪先輩に聞かされていた話だったし、その時に大木が行方不明だということも聞かされた。

 大木の件に藤宮が関わっているのだとすれば、大木から何かしらの情報が出る前に口封じをしようとするのは自然なことだ。

「……やっぱり、そうだったのか」

 しかし、理屈は分かっても、人の死なんてものをすんなり受け入れられはしない。

 大木は俺にとって特に友好的だった訳ではないし、むしろ何度も対立してきた敵だった。

 だからといって、死んだと聞かされて手を叩いて喜べるほど俺も人の道理を外れてはいない。

 顔見知りの人の死というのは、なるほど、ここまで不快なものだったのか。

「……上原さん、梶木さんは『バカたち』って言ったよな?」

 バカたち、つまり、複数形。

 自分の異能で暴走した大木に、梶木さんが俺たちを例えるとは思えない。

 そして、大木の身柄を輸送していた霊官が二人、一緒に行方不明になっていたはずだ。

「……遺体は見つかっていないけど、まあ、生きてはいないでしょうね」

「……ッ‼」

 諦めるような上原さんの言葉に、俺は歯噛みした。

 眼帯のおっさんと、刺青の兄さん。確か、飯島さんと古川さん。

 あの二人は、恐らくもう……。

 消沈する俺たちの間に流れる、気まずい沈黙。

 その静寂を打ち破るように、室内にキーンと異音が響いた。

「……始まるわよ」

 諏訪先輩の言葉に視線を向けると、幹部席の中心でマイクを握った人が立ち上がった。どうやら先ほどの異音はマイクのハウリングだったようだ。

「……アルトさん」

 ネコメの呟き通り、その人物は中部支部の支部長、ネコメの名付け親にして保護者の、柳沢アルトさんだ。

 霊官中部支部の緊急集会が、幕を開けた。


今更ですが鬼無里という地名は実在します。私の地元をモデルにしています。


今回出てきた施設もモデルがあります。

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