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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編14 ノケモノダモノ


『腹減った〜』

 寮の自室に戻った瞬間、ケージの中から切なそうな声が聞こえた。

『大地〜、ご飯〜』

 前足でケージをこじ開け、ヒョコッとリルが顔を出す。

「リル、お前朝飯食ってからずっと寝てたんだぞ? 起きてすぐに飯を要求するんじゃねぇ」

『お昼ご飯〜』

 聞いてねぇなこいつ。

「ったく、しょうがねぇな……」

 嘆息しつつ、俺は部屋の隅に置いてあるドッグフードの大袋からリル用に用意した餌皿にカリカリを盛ってやる。使い魔として動物を飼っている生徒も案外いるので、寮の売店ではこういうのも売っているのだ。

「大地、おかえりー」

 のそっとベッドから顔を上げ、先に部屋に戻っていたトシがこちらを向いた。頭にはケータイに繋がったヘッドフォンをつけており、どうやら雑誌を読みながら音楽を聞いていたらしい。

「おー」

「リル公の昼飯か? 大地は食ったのか?」

 片耳だけヘッドフォンを外し、トシは雑誌に視線を戻してそう問いかけた。

「胸焼けしてて食いたくねえんだよ……」

 時刻は既にお昼を回っているが、俺はあの大量の甘いものがまだ腹、というか食道辺りに残っているような感覚で、とても昼飯を食う気分になれなかった。

「んで、結局なんの話してたんだ?」

「あんまり言えねえんだけど、あいつらはトシが来る前にあった事件の関係者なんだよ。その後始末でしばらく休学してた霊官のクラスメイトが、明日から学校に戻ってくるんだ」

「……大木の時より、危ねえ事件だったのか?」

「それは……まあ、そうだな。危なかった」

 大木トシノリの事件も決して楽観できるものではなかったが、藤宮の起こした事件とは質が違う。

 あの場にいた全員が殺されていてもおかしくなかったし、あれは藤宮の壮大なテロ計画の一端だった。

 その藤宮が今どこにいるのか、何を企んでいるのか。まだネコメを狙っているなら、再び戦うことになるのか。

 頭の痛い不安が山積みだ。

「マジで俺だけ除け者なんだな〜」

 ぶすっとベッドの上には転がるトシに、俺は苦笑を返す。

「そう言うなよ、知らない方が安全なこともあるんだから。ほら、リル」

 極論、トシを護衛の一員に加えられれば、確かに心強い。トシのサトリは、相手の思考が読めるという有能な異能だからだ。

 しかし、トシは戦える異能ではない。

 もし藤宮が以前のように鬼を使役してくるとすれば、俺と東雲だけでネコメとトシを守りきれるかは不安だ。

 そんなことを考えながらこんもりとカリカリを盛った餌皿を置いてやると、リルはなぜか食べようとしなかった。

「どうした? いつものカリカリだぞ?」

『カリカリ、飽きた』

「…………は?」

 何言ってんだこのワンコ?

『最近お昼、カリカリばっかりだ‼』

「お前、文句言ってんじゃねえ‼」

 確かに朝と夜は寮の食堂でバラエティに富んだものの中から選ぶが、昼は寮まで戻るのが面倒なので校舎の中庭に併設されたカフェで食べることが多い。

 カフェとは名ばかりで丼物などガッツリ系のメニューも多いのだが、寮の食堂とは違い動物用の食事は扱っていない。そもそも普通の犬は昼飯を食わないからだ。

 そのためリルの昼飯はドッグフードを袋に入れて持っていくのだが、毎日それを続けていたのでこのワガママっぷりである。

「ドッグフードは犬のために作られた最適な食料で、人間で言ったら白米みたいなもんだぞ⁉」

『大地はふりかけご飯だけで毎日平気なのか⁉ たまにはラーメン食べたいとか思うだろ‼』

「朝晩は好きなもん食ってるだろうが‼」

『お昼がいつも同じなのが嫌なんだ‼ たまには肉が食べたい‼︎ 鹿の生肉‼』

「ンなもんあるか‼」

「おいおい落ち着けよ……」

 ギャンギャンと言い合いをする俺とリルに、トシはケータイを操作して音楽を止めながら割って入ってきた。

「どうしたってんだよ、一体? リル公がなんか言ったのか?」

 ちなみにリルの声が聞こえないトシから見れば、今の俺は吠える仔犬に向けて叫ぶ変なやつだ。

「リルのやつカリカリが嫌だって贅沢言いやがるんだよ。生肉が食いてえとか、こういうとこだけオオカミっぽさ出しやがって」

「ああ、そりゃ贅沢だな……。リル公、出された飯に文句言うもんじゃねえぞ?」

『バカ舌のサトシには分からないだろうが、僕はグルメなんだ。毎日同じもの食べられるか』

 プイッとそっぽを向きながら、リルはトシを嘲るように鼻で笑った。

「今お前俺のことバカにしなかったか⁉」

 その態度で何を思ったのか何となく察したらしいトシがリルの頬を引っ張ろうと手を伸ばし、噛まれた。

「いだぁ⁉ 噛みやがったなリル公‼」

『がるるるる‼』

 トシが編入してきたときから分かっていたことだが、リルとトシは仲が悪い。

 というより、相性が悪い。

 トシの異能が猿に近いというのもあり、リルは順位付けでトシを下に見ているのだ。犬猿の仲というやつである。

 歯型の残った手をさすりながらトシがリルから距離を取り、俺の後ろに隠れる。

「躾がなってねえぞ大地‼」

「諦めろ。リルはなまじ頭がいいから、普通の犬と違って一度付いた順位はそうそう変わらない」

 散歩だけで主従関係を躾けられる犬とは違うのだ。

 ちなみにリルの中での順位では俺とリルがほぼ横並びで若干俺が上。ネコメ、里立は俺たちより上で、トシと三馬鹿が下。最上位に君臨するのが諏訪先輩らしい。結構合ってると思う。

「リル、今度から昼飯はなんか考えてやるから、今日はとりあえずカリカリを食え。食い物を残すことは許さん」

 相棒というより飼い主として毅然とした態度でそう言うと、リルは『分かったよ……』と渋々カリカリを食べ始めた。

 文句を言っていた割にものの数分で餌皿を空にしたリルに嘆息しつつ、俺はどうしたものかと思案する。

「食堂に行って生肉分けてもらうかな……」

 カーペットの床に寝転び、満腹になって早くもあくびをしているリルを横目にそんなことを考えるが、現実的ではない。

「さすがに鹿肉はないだろ?」

「そりゃそうだ……ッ⁉」

 トシの発したその言葉に、俺は跳ね起きる。

「ッ⁉」

 自分の失言に気づいたらしいトシが、一気に表情を強張らせた。

「トシ……お前、何でリルが鹿肉食いたがってるって分かった?」

 俺は生肉を食いたがってるとは言ったが、それが鹿肉だとは一言も言っていない。

 リルがそう叫んだのを聞けるのは、俺だけのはずだ。

「いや、それは……」

「誤魔化すな‼」

 リルの声は俺にしか聞こえない。

 しかし、何を考えているのかが分かるなら、話は別だ。

 俺はトシに手を伸ばし、片耳だけ外された、いや、片耳だけ隠されたヘッドフォンを剥ぎ取る。

 そこには、本来三つあるはずのアクセサリーが一つしかなかった。

「お前、読んだな⁉」

「…………」

 トシは異能を使っていたので、さっきの俺とリルの会話の内容が分かったんだ。

 顔をしかめて問い詰める俺に、トシは目を逸らさずに沈黙で答えた。

 異能を抑制するためのアクセサリーを外し、何を読んだのか。そんなこと考えるまでもない。

 里立と鎌倉たちを呼び出した理由、藤宮の事件のことを俺から引き出したんだ。

 考えてみればさっきの質問は、俺に事件のことを思い起こさせて読みやすくするためのもの。

 トシは俺が部屋に戻る前から準備していたんだ。

「霊官が秘密にしてる話を異能で掠め取るのがどういうことか、分からない訳じゃねえだろ⁉」

 別に寮内で異能の使用が禁止されている訳じゃないが、今回は話が違う。

 トシは霊官が隠そうとしていた異能犯罪の情報を、意図的に俺から引き出した。

「どういうつもりだ⁉ ただの好奇心で済む問題じゃねぇぞ⁉」

 藤宮の事件の概要は、ただの殺人未遂や鬼の存在だけではない。

 東雲八雲の生い立ち、その生まれた理由も含まれる。

 東雲がどういう意図で藤宮に作られ、どう過ごしてきたのか。

 あいつがどれだけ心に傷を負っているのかも、俺は知ってしまっている。

 その秘密を暴くことは、あいつへの冒涜だ。

「答えろトシッ‼ なんでこんなことをした⁉」

 答えによっては、俺はトシを殴らなければいけない。そう覚悟しての問いに、トシは俺の目を見て答えた。

「お前に、置いて行かれると思ったからだ」

「……なんだよ、それ?」

「お前が俺に隠し事をして、どっか遠くに行っちまうような気がしたんだよ」

 そんな……そんな子どもみたいな理由で、仲間外れにされた気になって、東雲の秘密を暴いたのか?

「……東雲って子には、悪いと思う。そこまで重い話だとは、思わなかった」

 俺は拳を握り、トシの頰を殴り飛ばした。

 異能が漏れてしまわないように加減する精神的な余裕はなく、普段より力を込めてしまった。

 二段ベッドの柱に叩きつけられて体勢を崩したトシの襟を掴み、無理矢理起こす。

「やっちまってからごめんなさいじゃねえだろ⁉ アイツのバラされたくない秘密暴いて、それの何が楽しい⁉ テメエの異能は盗み聞きに使っていいもんじゃねえんだぞ‼」

 トシの異能は確かに強力だ。

 読み取る情報は表面的なものだが、質問をすることで相手に意識させれば奪えない情報はない。

 乱暴なことを言えば、拷問さえ必要ない異能だ。

 だからこそ、その扱いは慎重にならなければいけない。

 悪用すればどんなことでもできそうな異能を持つからこそ、トシは不用意にその力を振るってはいけないのだ。

 そんなこと、トシは分かっていると思っていたのに。

「……罰ならいくらでも受けるよ。今すぐ東雲さんに土下座してきてやる」

「だから、そういう問題じゃ……‼」


「もう嫌なんだよ、お前が遠くなっちまうのが‼」


「ッ⁉」

 部屋に響き渡るトシの絶叫に、俺は気圧され押し黙ってしまう。

 襟を掴まれたまま俺の両肩を掴み、トシは詰め寄ってまくし立てる。

「中坊の時は毎日連んでたのに、この学校に来てからお前はずっと俺とは違うところにいるじゃねえか‼ 霊官だとか仕事だとか、ただの生徒の俺とはやってることが全然違う‼ せっかく同じ学校にいるのに……‼」

「お前……」

 トシの行動は子どもみたいなワガママ、癇癪、そう言ってしまうのは簡単だ。

 しかし、そんなことはトシが一番分かっているはずだ。

「……ああ、分かってるよ。バカなこと言ってるって、分かってる」

 俺の思考が読めるトシは、自嘲するように笑った。

 そしてガリガリと乱暴に短い髪を掻き毟り、まっすぐに俺を見て言う。

「でも、これ以上お前に離れられるのは嫌なんだよ‼ これ以上ダチに、遠くに行かれたくねえんだよ‼」

 トシは、不安だったのだろう。

 突然異能なんて超常の力を手に入れてしまい、問答無用でこの学校に編入させられた。

 ダチだったはずの俺とは、同じ学生なのに立場が違い、昔みたいに気兼ねなく連むことが出来なくなっていた。

 トシの心情を顧みることを、そのケアを、俺は怠った。

 悔しいけど、鎌倉の言う通りだったんだ。

「……でも、それでも、これは俺一人の問題じゃない。ネコメや東雲、それに、霊官全体の問題だ」

 そう。俺一人の問題なら何ともなかったが、トシが攫った秘密は霊官としての任務に関係するもの。

 しかも当事者であるネコメにさえ秘密の護衛任務の内容も含むはずだ。

 このまま無かったことにするには、その秘密は重大過ぎる。

「ああ、分かってる」

 トシはゆっくり頷き、薄い笑みを浮かべた。

「もともとお前の横にいるには、必要だと思ってたからな。ちょうどいいや」

「ちょうどいいって、お前何考えてんだ……?」

 そしてトシは悪童のような顔になり、笑みを深くした。

「俺も霊官になる。ネコメちゃんの護衛、俺にもやらせろ‼」



仕事の繁忙期が終わったため、更新ペースを戻します

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