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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編13 四季のケジメ


 霊官手帳を使い、下へ向かうエレベーターを起動する。

 俺もまだ数えるほどしか乗っていないが、それ以上に慣れていない様子の四人は物珍しそうにエレベーター内を見回している。

「霊官に生徒会役員専用のエレベーターね。いいご身分だよなぁ?」

 霊官嫌いの鎌倉が顔を歪めて皮肉を言ってくるが、ちょっと前に俺も似たような感想を言ったから何も言ってやれない。あの時は自分が生徒会に入るなんて思ってもいなかったからな。

「そういう言い方良くないと思うよ? その専用のエレベーターに乗ってるってことは、それだけ重要な話があるってことなんだから」

「…………」

 正論で咎める里立に、鎌倉は押し黙ってしまう。なんかあの事件以降順位付けがハッキリしてきたな。

 停止したエレベーターを降り、執務室のドアをネコメがノックする。

「失礼します。猫柳と大神、関係者の皆さんをお連れしました」

 ドア越しに声を掛けると、なかから諏訪先輩の声で「どうぞ」と返答がある。

 ドアを開けると、中には書類まみれのデスクに座る諏訪先輩とマシュマロ。そして書類の少ないデスクに座る東雲の姿があった。

「し、東雲っ⁉」

「…………」

 鎌倉たちは驚愕に目を見開き、里立は黙って東雲の姿を見据えた。

「いらっしゃい、鎌倉、目黒、石崎、四季。ネコメと大地はご苦労様。生憎と座ってもらうスペースはないけど、楽にして」

 書類を退かしながら俺たちに目を向ける諏訪先輩は、少し険しい表情をしている。

「……単刀直入に説明させてもらうと、見ての通り八雲は出所してきた。今日から寮生活に戻るし、明日からは今まで通りにクラスに戻ってもらうわ。あなた達は藤宮の事件の被害者でもあるから、こうして先に集まってもらった」

 普段は色々と根回しをしてから事態に当たる諏訪先輩だが、ことここに至っては真っ向からそう切り出した。

 余計な情報や取り繕いは、被害者である四人に良い印象を与えないと思ったのかもしれない。

「あなた達にお願いしたいのは、事件のことと八雲に関する情報を一切他言しないこと。あくまで八雲は霊官の長期任務で休学していたということにさせてもらうわ」

 そこまで言い終え、先輩は反応を伺うように四人の顔を見渡す。

 三馬鹿は釈然としない気持ちもあるのだろうが、東雲の事情を知っているだけに複雑そうな表情で黙っている。

 東雲のせいで危険な目にあい、命まで落としかけた。しかし東雲の生い立ちを知ってしまった以上、彼女を責めることがお門違いとは言わないまでも、絶対に正しいとは思えないのだろう。

「……今まで通り、というのは、普通に学校に通って、同じ寮で生活をする。そういうことですか?」

 黙りこくる三馬鹿を差し置いて言葉を発したのは、意外なことに里立だった。

「ええ、そうよ」

 諏訪先輩の肯定に里立は一瞬だけ瞑目し、眉尻を上げて険しい表情を作った。

「……あんなことがあって、それでも今まで通りに接しろって言うんですか?」

「…………」

 里立の言葉を諏訪先輩は黙って受け止め、視線を伏せていた東雲はビクリと体を強張らせた。

「お、おい、里立?」

 狼狽える際鎌倉たちは、里立の言っていることが理解できないのだろう。

 東雲の事情を知って、それでもなお毅然とした態度を取る里立に気後れしている様子だ。

「里立、そりゃ色々あったけどさ、別に東雲が悪いわけじゃ……」

 おずおずと口を開く鎌倉を、里立はひと睨みで黙らせる。

「ホントに悪くないなら、捕まる事なかったでしょ? 悪くないって、言い切れるの?」

 事情があろうと、理由があろうと、共犯は紛れも無い罪である。里立はそこをあやふやなままにしないつもりらしい。

「そ、それは、許されたからこうやって……」

「誰が許したの?」

 里立の問いは、言外に『私は許していない』と告げているようだった。

 そのあまりの迫力に鎌倉たちは押し黙り、俺もネコメも何も言えなかった。

 いや、言うべきではないと、そう思った。

「……許したのは諏訪先輩? 雪村先輩? 鎌倉君たちは許したの?」

 言いながら里立はゆっくりと歩き出し、椅子に座って俯きながら小さく震える東雲を見下ろし、

「私は許してないよ」

 ハッキリと、そう言った。

 東雲は未だ、許されざる罪人であると。

(里立ッ……!)

 俺は二人の間に割って入りたい衝動に駆られ、グッと拳を握りしめた。

 もういい、そこまでにしろ。

 そう言ってやりたかった。

 思わず前のめりになっていた俺の体を、ネコメがそっと制する。

 視線を向けると、ネコメは唇を噛んで堪えていた。

 俺もきっと、似たような表情をしているのだろう。

「わ、私は……」

 そこでポツリと、東雲が口を開いた。

 俯いていた顔を上げ、不安に瞳を揺らしながら、それでも里立の顔を見上げる。

「私は、許してもらおうなんて、思わない。許してもらえるなんて、思わないから」

 許してほしい。許さないでほしい。東雲は俺にそう言った。

 罪悪感に押しつぶされながら、俺に断罪を求めた。

 ネコメは許したが、結局俺は明確な答えを出さないまま、東雲に罪を抱えさせた。

 曖昧なままでなんていさせないという里立の意思に答え、東雲は自らの罪に一つの区切りをつける。

「でも……ごめんなさい」

 東雲は謝った。

 里立と鎌倉たちに向け、東雲は深々と頭を下げた。

 謝るという行為は、言ってしまえばただのポーズだ。

 反省も明確な意思も持たずに行われる、マニュアル通りの表面的な行為。

 しかし、謝るのと謝らないのとでは、今後の関係に与える影響は大きく違う。

 例えばトシも、異能専科にやってきたあの日に、遊技場のバスケットコートで俺に謝った。

 キチンと言葉にして、態度に出して、相手に謝罪する。普段の生活では忘れがちなその当たり前の行動一つで、今後のわだかまりが一つ消えることもあるのだ。

 東雲の謝罪を受け止め、里立は少しの間目を瞑った。

 そしてパッと目を開き、笑う。

「……うん。許す!」

 そう言ってデスクの後ろに回り、椅子に座ったままの東雲にそっとハグをした。

「……里立さん」

「しっきーって呼んでよ。前みたいに」

 快活そうに笑う里立に、東雲もぎこちなくだが笑みを返した。

 里立の行動の意図がイマイチ理解できていないっぽい三馬鹿を尻目に、俺は小声でネコメに話しかける。

「……里立がいてくれて助かったな」

「里立さんは、とても面倒見のいい方ですから」

 そりゃそうだな。

 そうでなけりゃクラス委員長なんてやるはずないし、俺も編入したばかりの頃は結構里立の世話になっていた。

(でも、里立には損な役をやらせてしまった……)

 俺も気づいたのはついさっきだが、要は里立は自ら憎まれ役を買って出てくれたのだ。

 三馬鹿が曖昧な態度をとらず、今後にわだかまりを残さないために、東雲が皆んな謝るきっかけをくれた。

 何より里立が真っ先に東雲に相対することで、三馬鹿が東雲に同情しやすく、味方になりやすい空気を作ってくれた。

 霊官として近しい立場の俺やネコメにはできない、被害者側だからこそできる立ち回りだ。

 なんの打ち合わせもなく難しい役を演じてくれた里立に、心の中で頭を下げる。

「おかえり、八雲ちゃん」

「うん……。ただいま、しっきー」

 こうして東雲は、ようやく俺たちの元に戻ってきた。

 でも、ここからだ。

 俺たちはようやく、課せられた仕事のスタートラインに立ったに過ぎない。

 いつ終わるとも知れない護衛任務が、ようやく幕を開けた。


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