表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
58/246

贖罪編10 笑顔の仮面


「パパは昔、霊官だった。仕事で、雪女の里に、行ったとき、今の、私くらいの、歳だった、ママと、知り合って、結婚」

「あー、マシュマロのお母さん、若く見えるんじゃなくてホントに若いんだ……」

「うん、今年、三十四歳」

 偽りの仕事のミーティングを終え、お茶会はつつがなく進行していった。

 雪村先輩の身の上話から、両親の馴れ初め。

 何でもない雑談を、彼は楽しそうに聞いていた。

 時折話に混ざる彼女は終始笑顔で、皿に取った甘いものを私とシェアしようと差し出してくれる。

「八雲ちゃん、ほら、これも美味しいですよ。食べてみてください」

「うん、ありがとう」

 私は顔に笑みを貼り付け、差し出された皿にフォークを向ける。

 一口サイズに切った甘夏みかんのタルトを口に運ぶと、口の中でみずみずしい柑橘の香りが弾けた。

 サクサクのタルト生地に、主張し過ぎない甘さと酸味。鼻に抜ける清涼感は、何とも心地いい。

「うん、美味しい」

「ですよね!」

 この香りは好きだ。

 彼女が好んで使うシャンプーに、これとよく似た香料が使われている。

 お風呂から上がったばかりの彼女からは、この甘夏みかんのような甘酸っぱい爽やかな香りがする。

「ホントに、美味しい……」

 テーブルの上に並ぶ数々のスイーツは、まるで子どもの夢を体現したかのような光景だ。

 思い思いの皿に手を伸ばし、そこに盛られた菓子を口に運ぶ。

 甘いものは久し振りだ。

 口に入れるたびに脳が快感を覚え、唾液が溢れる。

 砂糖には恐ろしい依存性があるなんて話も聞くが、それも頷ける。

 あそこでの食事は大味で、美味しいとか楽しいとか、そういった感情とは無縁だった。

 与えられた餌を、ただ漫然と胃に流し込む作業。

 栄養失調で死なないための、ただそれだけの行動だった。

 そう考えると、なんて無駄なことをしていたのだろうか。

 生き長らえるために食べる。それは当然のことで、あのときの自分はそこに疑問を持っていなかった。

 生き長らえた先に、何があるわけでもないのに。

 無駄なことを楽しむのは、人間にのみ与えられた特権だと私は思う。

 食べるなら美味しいものを、過ごすなら充実した時間を、仕事ならやり甲斐のあるものを。

 そんな取捨選択、ワガママを言えるのは人間だけだ。

 だから私は、この空間が苦痛で仕方なかった。

 この楽しい会話も、幸せを感じる甘いお菓子も、全ては人のもの。

 虫の私には、どう考えても過ぎた快楽だと思う。

(せっかく、温めてくれたのにな……)

 手には未だに、あの小さな命の温もりが残っている気がした。

 彼等のくれたぬくもりは、純粋に嬉しかった。

 私に罪を受け止めるだけの心構えをさせてくれた。

 罪を償う機会を与えてくれた。

 だからこそ、今はこの味を噛み締めよう。

 精一杯、人間を演じよう。

 楽しんでいる振りをしよう。

 大丈夫、演技だけには自信がある。

 目の前のこの子、猫柳瞳。

 彼女を守るという、私に与えられた新しい役目。

 この仕事だけは、全うしよう。

 大丈夫、笑顔でいられる。

 大丈夫、泣いたりしない。

 虫の私に、好意を向けてくれる人たちのために。

 私にぬくもりをくれた人たちのために。

 この人たちが望むなら、私は再び『東雲八雲』を演じよう。

 演目は『護衛任務』。

 キャストは『東雲八雲役、私』

(償おうなんて、甘かったんだ……)

 あの女は、私の親は、償うつもりなど微塵も無かった。

 公演期間は……あの女を殺すまで。

 あの女を殺したら、その罪を全て背負おう。

 この人たちの前から、居なくなろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ