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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編9 雪村ましろ


「えっと、あと、カフェラテと、ワンちゃん、ネコちゃん、やくもん、飲み物は?」

 スイーツの注文を終えた雪村先輩に飲み物を聞かれ、俺はアイスコーヒー、ネコメと東雲はアイスミルクティーを頼んだ。梅雨入りしてしばらく経つし、店内は空調が効いていて涼しいが、外は結構蒸し暑い。冷たい飲み物が恋しい時期だ。

「……って、すんません、先輩に注文を……!」

 雪村先輩が受話器を戻したところで、俺は目上の人間に注文をさせてしまっていたことに気付いた。

 こういうのは後輩であり、霊官としても生徒会でも下っ端の俺がやるべきだった。

「いいよー、わたし、そういうの、気にしないし」

 ひらひらと手を振り、雪村先輩は軽い感じでそう言った。

「先輩、とか、敬語も、いいよ? もっと、気安く」

「いや、そう言われても……」

 確かに雪村先輩はいつの間にか俺を『ワンちゃん』呼ばわりしているし、ネコちゃんにやくもんと、周りの人間を気の抜けたニックネームで呼んでいる。距離感が近いというか、先輩後輩といったものに対して大らかなんだな。ちょっと気楽でいいかもだ。

「なんなら、あだ名、つけてよ」

 注文した品が来るまで暇なのか、雪村先輩はテーブルにベターとしながらそんなことを言ってきた。

「あだ名ですか……?」

「うん。ワンちゃん、トシくんのこと、トシって、呼んでるでしょ? あんな、感じ」

 そう言われても、トシは下の名前の『悟志』から取った安直な呼び方だ。

 他に本名以外で人を呼んだことなんて、ネコメくらいしか覚えがない。

 そのネコメに話を回そうかと思ったが、東雲が小さく口にした「トシって誰?」という質問から東雲のいない間に起こったことの話を始めてしまっている。

 久しぶりに会った友達同士の会話に水を差すなんて無粋だろう。

「トシみたいな感じだと……ユキ? いや、下の名前から、マシ、シロ?」

 仕方なく本名をもじったあだ名を考えてみるが、なんかどれもしっくりこないな。シロなんて犬みたいな名前、リルで間に合っている。

「まし、まろ? マシュマロ?」

 テーブルに突っ伏していた身体を半分起こしてこちらに視線を向け、たゆんとその双丘を揺らした。

「……確かに、マシュマロ……」

 いや、巨大なプリンだろうか?

 どちらにしても恐ろしく柔らかそうだ。

「……大地君、先輩のどこ見てるんですか?」

 気付くと会話をひと段落させたネコメがジト目でこちらを睨んでいた。

「いや、別に、どこも?」

「雪村先輩みたいな喋り方になってますよ?」

 視線を逸らしながら誤魔化すが、ネコメの鋭い視線は俺を射殺さんばかりに怒気を含んでいる。

「ワンちゃんも、男の子」

 雪村先輩が体を起こすと再び胸が大きく揺れる。いや、眼福眼福。

「大地君‼」

 柳眉をキッと吊り上げ、ネコメが席を立ってこちらに向かってくる。

「大地君、イヤらしい顔をしています‼」

「してないしてない‼」

「嘘です‼」

 詰め寄るネコメをなだめていると、異能に慣れて普段から効くようになってきた鼻がドアの向こうから甘い香りが漂ってくるのを感じ取った。

「あ、ほらネコメ、料理来たみたいだぞ?」

「そんなことで誤魔化されません‼」

 ガチャ、言い争いを中断するように個室のドアが開かれ、飲み物やスイーツを乗せたトレーを持ったマスターが顔を覗かせた。

「お待ちどう……取り込み中か?」

「いえいえ、全然!」

 料理を並べてもらうためにテーブルを示し、下からつま先を使って椅子を引き、ネコメをそれに座らせる。

「きゃっ⁉ ちょっと大地君‼」

 膝裏を椅子に当てられ、かくんと座らせられたネコメは「危ないじゃないですか」と非難の声を上げる。

「せっかくの料理冷ましたら勿体ないだろ?」

「それは、そうですけど……」

 個室内に満ちる甘い香りに食欲を刺激されたのか、ネコメは渋々といった様子で座り直しながらもマスターが並べる料理に興味津々の様子だ。

 巨大なハニートーストやバターの香ばしい香りを漂わせるアップルパイに瞳の奥を輝かせ、フォークを握って手を合わせた。

「確かに冷ますのはマスターにも失礼ですね。お説教はまた後にします」

「ああ、そうしてくれ」

 ふふふ、ネコメには悪いが、人間の怒りなんて感情はそうそう長時間維持できないものだ。食べ終わるころにはどうでもよくなっているだろう。

「これで、お揃いかな?」

「うん、だいじょぶー」

「いや雪村先輩、これ頼み過ぎじゃね⁉」

 両手と腕の上まで使って大量の料理を運んできたマスターが並べ終えると、テーブルの上は甘いもので埋め尽くされてしまった。

 バターの香るアップルパイや、爽やかな甘夏みかんのタルトは切れ目が入っているがホール丸ごと。

 他にも百科事典みたいな厚さのガトーショコラやホイップクリームが山のように盛られたパンケーキなど、総カロリー数が万に届きそうな量のスイーツが所狭しとひしめき合っている。

「ワンちゃん、甘いもの、嫌い?」

「いや、嫌いじゃないけど、この量はちょっと……」

 異能者の中でも燃費の悪い異能混じりが三人もいるが、それにしてもこの量のスイーツを処理できるかは微妙だろう。

 そもそも見てるだけで胸焼けしそうな甘ったるさだ。

「このくらい平気ですよ。さあ、いただきましょう」

 ネコメは待ちきれないといった様子でホイップクリームの盛られた分厚いガトーショコラの皿に手を伸ばし、まずはアイスミルクティーにガムシロップを入れてストローで一口啜る。飲み物まで甘くするんかい。

「ボウズは、ブラックでいいのか?」

「これ以上口の中甘くできるかよ……」

 ネコメに倣いストローでアイスコーヒーを啜ると、爽やかな苦味と清涼感で口の中が一気にスッキリした。これなら甘いものもかなり行けそうだな。

「……あ、冷たいのに、すれば、よかった」

 腹を据えてアップルパイを一切れ取り皿に移したところで、雪村先輩がポツリとそんなことを言った。

「ああ、先輩ホットにしたんですか」

「うん。うっかり」

 店内はそれなりに冷房が効いているが、ホットを飲むほどではない。

 温かな湯気とミルクの香りを立ち上らせるカップを見て、先輩は少し困った様子だ。

「淹れ直すか?」

「あ、私のと交換しますか?」

 マスターや東雲がそんな提案をするが、先輩はゆっくり首を振っておもむろにティースプーンを手に取った。

「大丈夫」

 そう言って手に取ったティースプーンをジッと見つめると、銀色の表面が何やら白くなり始めた。

 ちゃぷ、とスプーンをカフェラテの中に沈めて二、三回かき混ぜると、みるみる湯気は収まり、立ち上っていた香りもしなくなった。カップに結露した水滴が付いているし、どうやら中のカフェラテが冷たくなっているらしい。

「氷、出しても、よかったけど、それだと、味が、薄くなる」

 先輩はカップを両手で持ち、淵に口をつけて冷えたカフェラテを啜る。

「ましろ、お代わりしたかったらまた内線しろ」

「おけー」

 軽い会話をしつつ、マスターさんは個室から出て行った。

 雪村先輩はこの店の常連なのか、ずいぶん気心が知れている感じだったな。

「スプーンをキンキンに冷やして、カフェラテを冷ましたのか……」

 なんて便利な能力だよ。

 雪村ましろ先輩は俺たちのような異能混じりではなく、異能生物と人間の混血、『半異能』。

 異能専科は異能のタイプによって三クラスにクラス分けされているのだが、三学年とも共通して半異能の生徒は他の二クラスに比べて極端に少ないらしい。

 つまり、半異能は他の異能者より数が少ない。

 それは単純に異能生物と人間の異類婚姻が少ないということであり、そもそも人間と交わることのできる異能生物からして稀有な存在だ。

 雪村先輩の他に半異能の人と面識がない俺は、このお茶会のついでに半異能のことを聞いてみることにした。

「雪村先輩」

「もっと、気安く」

「……マシュマロ先輩」

「先輩、なしで」

「……マシュマロ?」

「なになに?」

 呼ぶたびに胸に目が行くからこの呼び方定着させたくないな……。

「えっと、半異能って、どういう感じなんですか? 能力を使う感覚というか……」

 曖昧な俺の質問に、マシュマロ先輩はハニートーストを切り分けながら「んー?」と首を捻った。

「ワンちゃんは、尻尾振るときと、手や足を動かすときの感覚、違うでしょ?」

「し、尻尾?」

 確かにリルと混ざって異能を発現させたとき、俺には狼の耳と尻尾が現れ、代わりに人間の耳が消える。

 意識して動かしたことはないが、尻尾にも感覚はあるし、多分やってみたら動かせると思うが、手足のようにとはいかないだろう。

「異能混じりの、異能は、本来なら、無いはずのものを、動かす。それは、イメージとか、大変」

「あー、言われてみれば、確かにイメージはするかな……」

 例えば異能具を使った攻撃の際、俺は両腕を狼の顎に見立て、代わりに前足の存在はイメージで補う。

 しかし、どこまでいってもイメージは所詮イメージ、実際に前足が生えるわけじゃない。

「半異能の、異能は、それが、いらない。雪女の手からは、冷気が、出る。そういう、もの」

 うーん、先輩のゆったりした喋り方も相まってイマイチ分からないな。

 助け舟を求めるようにネコメの方を見ると、口の中にガトーショコラを詰め込んでハムスターみたいになったネコメと目が合った。

「……っくん。つまり、半異能の人は……」

「歯ぁ真っ黒だぞ?」

 チョコまみれの口を指摘してやると、ネコメは大慌てで水を含み口の中を洗った。

「つ、つまり半異能の人は、異能混じりが異能を発現させた状態で生きているようなものなんです。逆に言えば、異能混じりのように人間でいる間がない、とも言えますけど」

「ん、そゆこと」

「人間でいる間がない、か……」

 それは、思った以上に重い話ではないだろうか?

 異能混じりとは、人間がベースになって異能を発現させるもののこと。

 対して半異能とは、書いて字のごとくその半分が異能生物、つまり半分は人間ではない。

 人間とも、異能生物とも違う。

 フィクションの世界では、混血というのはどちらの世界にも馴染めずに迫害されると相場が決まっている。

 ひょっとしたら雪村先輩も、そういう過去があるのかもしれない。

「すいません、なんか、無神経なこと……」

 ポツリと謝ると、雪村先輩は不思議そうに首を傾げた。

「どうして、謝るの?」

「いや、人間と異能生物の混血って、大変じゃないんですか?」

 生まれ持った能力の差に、人間と異能、どちらとも違う疎外感。さらに先輩は見た目からして普通の人間とは違う、目立つ風貌をしている。

「んー、あんまり、大変なこと、ないかな。体温、低いから、暑い日に、あやめが、くっついてくるくらい?」

 保冷剤扱いかよ。

「いや、でも、先輩は見た目も、その、なんていうか目立つし……」

「? 髪や、目は、雪女、関係、ないよ?」

「え?」

 関係ないの?

 そんな見るからに雪っぽい見た目してるのに?

「ワンちゃんには、私のこと、どう見える?」

「どうって……」

 真っ白い髪に真紅の瞳、肌も病的なまでの色白。

 日本人離れしているというか……。

「雪うさぎ?」

「あ、それ、可愛いかも」

 いや、確かに可愛いけど、そういうことじゃなくて。

 イマイチ要領を得ない会話をしていると、見かねたネコメがミルクティーのストローから口を離し会話に入ってきた。

「大地君、雪村先輩はアルビノなんですよ」

「アルビノ?」

 確か、突然変異で色が白い動物とか、そんな感じだっけ?

 白い蛇なんかが珍しいから、神様の使いとかって言われるやつ。

「別名、先天性、白皮症。メラニン、色素の、欠乏。だから、日の光とか、嫌い」

 つまり、雪村先輩は雪女と人間の混血とは全く関係のないところでそのアルビノとして生まれ、髪や目の色がこんな感じになったってことか?

「異能関係ないんだ……」

「ないよー」

 そう言いながらもぞもぞとポケットをまさぐり、ケータイを取り出して何やら写真を見せてきた。

「ほら、ママは、普通」

 家族写真らしいそれには、三人の人が写っていた。

 一人は言わずもがな、雪村先輩。私服姿で両親と思しき人に挟まれて笑っている。

 先輩の左側には、先輩によく似た黒髪の女性が写っていた。穏やかそうなタレ目で、先輩のことを抱き締めている。この人が雪村先輩の母親の雪女さんなのかな。

 そしてそんな先輩が抱きついている右側の男性は、娘に抱きつかれて照れ臭そうに顔を背けている……

「これこの店のマスターじゃね?」

 先ほどこのスイーツを運んできたエプロン姿のマスターその人だった。

「うん、そうだよ、パパ」

「パパ⁉ え、じゃあこの店って雪村先輩の実家⁉」

 意外過ぎる事実に驚いているのは俺だけで、ネコメも東雲も平然とした様子で頷いている。教えてくれよ諏訪先輩。

「もう、また、先輩って、呼ぶ……」

「いや、そんなことより……」

 雪村先輩、もといマシュマロはよほどこのあだ名が気に入ったのか、先輩呼びを嫌がるようになってしまった。

「せんぱ……マシュマロは、家族と仲良いんだ?」

 俺の問いにマシュマロは破顔し、大きく頷いた。

「うん。パパとも、ママとも、仲良し」

「そうなんだ……」

 その笑顔を見て、俺はなんだか嬉しくなった。

 親の愛情を受けられなかったネコメ。

 生まれが特殊な東雲。

 異能生物に家族を奪われた鎌倉。

 異能に夢を奪われたトシ。

 あの横暴な諏訪先輩も異能との戦いで歩くことが出来なくなったと言っていた。

 俺の周りには、異能によって不幸になってしまった人が沢山いた。

 そんな中でこの人は、異能との混血として生まれ、特殊な体質をもって生まれ、それでも家族の愛情に包まれて生きてきた。

 異能は、ただ不幸をまき散らすものじゃない。

 それが分かっただけでも、俺は嬉しかった。


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