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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編8 偽りの仕事


「つまり、八雲ちゃんが霊官に復帰するための手伝いが、今回の仕事ということですか?」

 一通りの説明を終えた後、ネコメがまとめるようにそう言った。

「うん、そうだよ」

 眠たそうな赤い目で相槌を打つ雪村先輩はいつも通りの様子だ。ポーカーフェイスに慣れているみたいだな。

 今回の俺の仕事は、裁判待ちで処分保留となっていた東雲を異能専科に復学させる手伝い。

 上手いこと復帰させた後、東雲には俺と同じように生徒会に入ってもらい、来たる十一月の合同体育祭に参加してもらう。

 そのために諏訪先輩はわざわざ手を回して東雲の身柄を裁判前に確保した。ということになっている。

(ネコメには悪いが、仕方ないよな……)

 もちろん、これは全て建前だ。

 俺の実際の仕事は、脱獄した藤宮が狙ってくるであろうネコメの護衛。

 ネコメにはそれと知らせないまま、餌として普段通りの生活を送ってもらい、藤宮が動いたところを俺と東雲、二人の護衛で迎え撃つ。

 ネコメを騙しているようで気がひけるが、これは諏訪先輩よりももっと上、中部支部の幹部連中の決定だ。支部長の柳沢さんでさえ押し切られた作戦に、正規の霊官でもない下っ端の俺が意見できるはずもない。

「やくもんは、霊官の、お仕事で、休学してた、ことにする。クラスの、事情を、知ってる子たちには、箝口令」

 いちいち言葉を区切る雪村先輩のゆったりした説明に、ネコメは神妙に何度も頷く。

 椅子に座っているのも億劫なのか、雪村先輩は話しながらテーブルに体を預けて半袖の両腕をベターと伸ばしている。

 なんでもテーブルがひんやりして気持ちいいらしいのだが、その豊満すぎる胸の膨らみがテーブルに押し付けられて水風船のように形を変えるのは健全な青少年には眼福が過ぎる。

 現在の東雲は一身上の都合により休学ということになっており、俺やネコメ、里立や鎌倉一味といった事情を知る人間には、事件のことは口外しないように厳しく言われている。

 あいつらには東雲がクラスに戻る前にきちんと話しておかないとまずいな。

「復帰の手伝いとは言いますけど、具体的に私たちは何をすればいいのですか?」

「んー、特に、別に? やくもんが、クラスに、馴染める、ように?」

「馴染めるって、もともとクラスメイトなんですけど……」

「事件のボロが出ないようにはした方がいいだろうな。里立はともかく、鎌倉たちは……」

 事件の被害者であり、いいように利用されてしまったあいつらは東雲に恨みを抱いているかもしれない。

 俺の時のように下手な報復に出ないよう、釘を刺しておかないとだ。

「あの……」

「んー?」

 それまで黙っていた東雲が、控えめに声を出した。

「私……また学校に行けるんですか?」

 東雲の言葉に、雪村先輩はにへら、と柔らかく破顔した。

「もちろんだよー」

 雪村先輩の言葉を聞いて、東雲は僅かに息を飲んだ。

 そして消え入りそうな小さな声で「ありがとう、ございます……」と呟いた。

 ネコメはその様子を横目で見て、小さな笑みを浮かべてから「それにしても」と俺に向き直る。

「大地君、どうして八雲ちゃんのこと私に黙ってたんですか? 私も一緒に八雲ちゃんをお迎えに行きたかったのに!」

 ぷくっと頰を膨らませ、ネコメは珍しくご立腹の様子だ。俺一人で東雲を迎えに行ったことがお気に召さないらしい。

「諏訪先輩に黙ってろって言われたんだよ。ネコメにはサプライズにしたかったんだと」

 これも嘘だ。ネコメにはこう説明しろと諏訪先輩に言われている。

 実際はネコメの護衛のことを説明するのに、ネコメに同席させるわけにいかないという至極当然の理由な訳だしな。

 しかし、俺と会ったときの東雲のあの取り乱しようを思うと、ネコメがその場にいなかったのは幸いだと思う。

「……さっきの合言葉もそうですけど、会長は意味のないイタズラが好き過ぎだと思います」

 うん、それは俺もそう思う。

 意味のないイタズラや嫌がらせ、罵倒なんかが本当にお好きな人だ。

「あやめは……」

 困った上司を思いため息を吐く俺とネコメを見て、雪村先輩が体を起こしながら呟く。

「意味のない、イタズラも、するけど、そうやって、うまく、意味のあることを、隠すの」

 意味のあることを、隠す?

 言われてみれば、今回はネコメへのサプライズという名目で、俺と東雲の護衛の件を上手くカモフラージュしている、と言えなくもない。

「だから、気をつけないと、全部、あやめの、手の上」

 怖いよね、と雪村先輩は笑った。

 手の上、つまり、上手い。

 人を手玉に取り、自分の思った通りに動かすことに慣れた人間。

 その行動の全てが計算し尽くされた、支配者然とした女、諏訪彩芽。

 あの人が敵になる日が来ないことを祈るばかりだな。

「とりあえず、お仕事の、話しは、おしまい。おやつに、しよ?」

 偽りの仕事のミーティングをそう締めくくり、雪村先輩は手を伸ばして壁に備え付けられた受話器を手に取った。

「もしもしー、注文ー」

 受話器越しの相手、恐らく先ほどのエプロン姿の男性に向け、緩慢な様子でオーダーをしていく。

「この部屋でも普通に注文できるんだな……」

 霊官用の会議室みたいなものだと思っていたから、普通に喫茶店として注文ができるなんて意外だ。

「美味しいんですよ、ここのスイーツ」

 どこか自慢げに語るネコメは、以前にもここのメニューを食べたことがあるらしい。

「ね、八雲ちゃん?」と振られ、東雲もぎこちなく頷いた。どうやら二人で来たみたいだな。

 雪村先輩もこの店には慣れているらしく、メニューを見ずに何品も注文している。

 俺も甘いものは嫌いじゃないし、時刻は午後十時過ぎ、昼飯までの繋ぎにちょうどいい時間だ。

 何が出てくるか楽しみだな。


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