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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編7 再会


 東雲が釈放された翌日の日曜日、俺とリルは再び異能専科を出て市内の繁華街に赴いていた。

 東雲は昨日あのまま一晩だけ入院し、俺たちは異能専科に戻った。

 そして今日は、ネコメを連れての外出だ。

「大地君、いい加減教えてください。一体何の用で校外に出たんですか?」

「まあまあ、いいからいいから」

 バスを降りてからネコメはずっと同じ質問を繰り返している。

 霊官の仕事などの特例や長期休暇を除き、基本的に異能専科の生徒は校外に出ることができない。

 これは異能者を安易に霊官の目の届かない場所に行かせないための配慮で、外出には特別な許可がいる。

 昨日俺が授業を休んで外出していたことを知っているネコメは、二日連続の外出を訝しんでいる様子だ。

 しかしネコメには悪いが、昨日今日の外出理由を今話す訳にはいかない。

 俺は納得していないネコメをなだめながら、繁華街の裏道にあるとある喫茶店に入った。

「え、ここって?」

 俺がチョイスした店を見て、ネコメは首を傾げた。

 やっぱりネコメは知っているみたいだが、ここは霊官中部支部の息のかかった喫茶店である。

 表向きはごく普通の古めかしい喫茶店だが、店内には霊官専用の完全防音の個室があり、プロの霊官も仕事の打ち合わせに用いる店だ。と、諏訪先輩に教わった。

 俺はリルの入ったケージを床に置いてカウンターに近づき、その中に佇むエプロンを付けた初老の男性にポケットから出した霊官手帳(仮)を見せる。

「個室でキングサイズのハニートーストを食べたいんだ。ホイップクリームとキャラメルソース、それとトッピングに砕いたアーモンドをたっぷりで」

「……お飲み物は?」

「挽きたて豆のエスプレッソ」

「奥へどうぞ」

 暗記してきた通りの注文をすると、男性はカウンターから出てきて俺とネコメを一見掃除用具でも入っていそうなロッカーの中に促した。

 今の注文は、いわゆる『合言葉』である。

 スパイ映画のように普通の客と霊官を区別するための特別な注文で、霊官専用の個室に案内してもらうためにはメモなどを見ずに今の注文をする必要がある。

 促されるままにロッカーのドアを開けると、中には下へ続く階段が隠されていた。

「……カッコつけてたとこ悪いが、ボウズが言ったのは諏訪の嬢ちゃんが自分の部下に必ず教える嘘の合言葉だよ。次からは手帳見せるだけでいいからな」

 階段を降りようとする俺の背中に、男性はそんなことを言ってきた。

「……アンタ飲み物聞き返したよな?」

「諏訪の嬢ちゃんにそう言われてるからな」

 油の切れた機械のようなぎこちなさで首を向ける俺に、男性は肩をすくめながらそう言った。

「私も以前同じこと言われました」

 ネコメが苦笑しながら慰めるようにそう言った。

 つっかえながらだと怪しまれるからなるべくスムーズに言え、という先輩の言葉を信じて精一杯カッコつけて言ったのにこの仕打ちか。

「……あのアマ、いつかシバく」

 俺は気恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら隠し階段を降りる。

 二人とも中に入ると、ロッカーのドアが閉められ辺りは真っ暗になってしまったが、自動になっているのかすぐに薄い明りが灯り、俺たちは急な階段を慎重に降りて行く。

 階段を降り終えると、そこには個室の入り口のドアがあった。

 予定では既に、中で待っているはずだ。

 俺は一度深呼吸してから軽くドアをノックする。

「入るぞ」

 そう声をかけたことにネコメは「誰かいるのか?」と不思議そうな顔をしたが、ドアを開けた次の瞬間、目に入った後ろ姿に息を飲む。

 よく目立つ金髪に近い茶髪は以前よりパサついているが、その程度でネコメが見誤るはずもない。

 ゆっくり振り返ったその人物と目が合った瞬間、ネコメは部屋に駆け込んだ。

「八雲ちゃん‼」

「ネコメちゃ……」

 駆け寄り、ネコメは東雲に抱きついた。

 そのまま強く、強く抱擁していると、やがて東雲の腕もネコメの背にそっと回された。

「八雲ちゃん……」

「ネコメ、ちゃん……」

 うわ言のようにお互いの名前を呼び合いながら、二人は長い抱擁を続けた。

(ほら見ろ……)

 俺は誰に向けてでもなく、心の中でそう呟いた。

 こうなることは分かっていた。

 お互いに会いたいと思っている友達同士が、会っちゃいけない理由なんてない。

 未だに東雲の中では罪悪感による大きな葛藤があるのかもしれないが、今はそれでもいいと思う。

 少なくとも今、二人は寂しくも辛くもないのだから。

「…………」

 カシャ。

 俺が二人の抱擁を微笑ましく見守っていると、個室内にカメラのシャッター音らしきものが響いた。

 チラリと音のした方に視線を向けると、ケータイを構えた真っ白な人と目が合う。

「いいねー。仲良し、仲良し。百合が、咲きそう」

 そう言って個室のテーブルにべたーと体を預けながら何やらケータイを操作するのは、真っ白な髪と肌に真紅の目、常に気怠げな雪村ましろ先輩だ。真っ白な頰を若干桜色に染めている。

「ワンちゃん、写真、いる?」

 雪村先輩が見せてきたケータイの画面には、強く抱擁し合うネコメと東雲の姿がバッチリ写っていた。

「あー、貰おうかな?」

「おけー」

 軽い返事と共にゆったりとした指の動きでケータイを操作し、先日IDを交換したばかりのメッセージアプリで俺のケータイにネコメと東雲の抱擁写真を送ってくれた。

 オマケに『ネコちゃんとやくもんってデキてるの?』とメッセージを添えて。

「…………」

 さっきの『百合が咲きそう』ってそういう意味ですか?

 俺が複雑そうな顔を向けると、雪村先輩は染めた頬に手を当ててうっとりと二人の様子を見守っていた。

 サブカル大好きな友人、円堂悟志の影響もあって、俺もそっち方面の基礎知識くらいは分かっているつもりだが、雪村先輩は結構ディープな感じがするな。なんか意外だ。

「ネコメ、東雲、久し振りに会って話したいこともあるだろうけど、まずは仕事の話を少しさせてくれ」

 俺が割り込むと二人は照れ臭そうに離れ、テーブルの椅子を引いて座った。ちなみに雪村先輩はもっと二人を見ていたかったのか、なんか不服そうだ。

 四人がけのテーブルに先輩と俺、ネコメと東雲が並んで座り、俺たちは今回の東雲の釈放の経緯と今後の仕事のミーティングを始めた。



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