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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編6 ぬくもり


 白いカーテンに隠された白いベッドの上で、東雲は眠っていた。

 いや、気を失っていた。

 異能者専用の刑務所から釈放された東雲は、待ち合わせの部屋で意識を失った。

 そのままこの大型病院の異能者用病棟に担ぎ込まれ、俺が先輩と電話をしている間に精密検査が行われた。

 その結果は、異常無し。

 つまり、計器では計れない、数字に表すことのできない傷で、東雲はあれだけ取り乱したということだ。

「……ぅ」

 ベッドの横に備え付けられたパイプ椅子に座って東雲の様子を見ていると、微かな呻き声と共にその瞼が震えた。

 即座に声をかけようとして、踏み止まる。

 先ほどの東雲の様子を見る限り、俺が急に声をかけるのは危険かもしれないと思ったからだ。

「……リル。おい、起きてくれ」

 俺は膝の上で丸まって眠るリルを起こす。どうでもいいがこいつ最近寝てばっかりいるな。

『ん……ご飯?』

 ピクンと耳を震わせ、寝惚けた目でそんなことを言ってくる。寝るか食うしかないのかお前は。

「違う。ちょっと頼まれてくれ」

『んー、何をだ?』

 くわぁ、とあくびし、俺の膝の上で器用に後ろ足を使って顔を掻く。可愛いなコンニャロ。

 でもこの可愛さがあれば、いける!

「東雲に懐け」

『懐く?』

 そうだ。

 心を癒すことに効果的なのは、まずはアニマルセラピー。

 ついこの間まで犬嫌いだった俺が最近はリルの愛らしさにすっかり癒されているのがいい証拠だ。

 動物と心を通わせることで重度の麻薬中毒から抜け出せたなんて話も聞いたことがあるし、何より犬科の動物は人の心理に聡い。

 自分の飼い主、つまり群れの仲間からストレスホルモンのようなものを嗅ぎ取ると、そのストレスを緩和させようと動いたりすることもあるらしい。

 今の東雲の心を完全に癒すことはできなくても、先にリルと触れ合わせることであのような取り乱し方をしなくて済む可能性は大いにある。

『……シノノメ、苦しそうだ』

「ああ、そうだろうな……」

 やっぱり、リルにも感じ取れるのだろう。今の東雲が心を病んでいることが。

「お前だけが頼りだ。頼むぞリル」

『分かった!』

 リルは勢いよく返事をすると、俺の膝から東雲の横たわるベッドに跳び移った。

 すると、震えていた東雲の瞼がゆっくりと開き始めた。

「いいか、ゆっくり、少しずつだぞ?」

 念押しする俺の声にリルは尻尾を振って答え、東雲は両目をあらん限りに見開き、シーツを手繰りながら身体を起こした。

「あ……あぁ……‼」

 枕を押し退け、壁際までジリジリと距離を取る東雲。

 その目には恐怖と、罪悪感。そして、はっきりとした『怯え』の色があった。

『シノノメ……』

 震えながらシーツを握る東雲にそっとリルが近づき、その手を小さい舌でペロリと舐めた。

「……ッ‼」

 自分の手に触れた生温かい感触に、東雲は動揺し、さらに大きく震えた。

 バッとリルの体を払い退けようとする東雲の手を握って止めると、俺は東雲と目を合わせてゆっくりと語りかけた。

「落ち着いてくれ、東雲」

 冷静に、できうる限り優しく語り掛けたつもりだったのだが、それでも東雲は手を振り解こうともがいてしまう。

「いやっ……いやぁ‼」

 目を瞑り、駄々をこねる子どものように身をよじる東雲。

 俺は少し強引に、握った東雲の手を引っ張ってリルの体に触れさせる。

 リルの全身をこねくり回した俺が最も触り心地がいいと思った、首回りの柔らかい部分に。

 犬や狼は首回りの皮膚が厚く、脂肪も多くてぷにぷにしている。それは急所である首を敵の牙や爪から守るためのもので、それを知っている親犬なんかは子犬を運ぶときに首の後ろを咥えて運んだりもする。

 柔らかい毛並みと温かな体温に触れさせると、東雲はゆっくりと固く瞑っていた目を開いていった。

「あったかいだろ?」

 言いながら俺はもう片方の手も取り、リルの首に触れさせる。

 両手でリルの顔を包むようにしてやると、東雲の体からわずかに緊張感が解けていくのを感じた。

 リルは首をよじり、自らの顔を包む東雲の指先を舐めたり、じゃれつくように甘噛みしたりする。

「っ……‼」

 大丈夫だよ、と言わんばかりにリルが東雲の目を見据えてやると、東雲は見開いた両目から、静かに涙を零し始めた。

 やがて東雲はゆっくりと腕を伸ばし、手のひらではなく腕全体でリルの体を抱き締めた。

 リルの全身を自分の胸に押し当て、優しく、それでいて力強く抱き締める。

 しばらくそうしていると、東雲はリルをベッドの上に解放してその顎を優しい手つきで撫で始めた。

「少しは落ち着いたか?」

 俺がそう問いかけると、東雲はゆっくりと頷いた。

「あの……ありがとう、ございます……」

「お前……」

 東雲の他人行儀な言葉遣いに、俺は何とも言えないもどかしさを感じる。

 もっと以前のように軽く接して欲しいと思うが、それが困難だということも理解できる。

 以前の東雲は藤宮の指示でネコメに近づき易くなるために演じられた、虚像の東雲八雲だ。

 本来の東雲を俺が知らないように、おそらく東雲本人さえも、本当の自分が分からないでいるのだろう。

「……あの、どうしてあなたが、私を迎えにきたんですか?」

 そう呟く東雲の目には、未だ消えない不安と怯えの色、そして戸惑いがあった。

「霊官の仕事だよ。俺と、お前にな」

 気休め程度でもこれ以上東雲に不安を感じさせないよう、俺は出来る限りの明るい声色でそう言った。

「何を、言っているんですか? 私はもう、霊官じゃ……」

「登録を抹消されたわけじゃないらしいぞ」

 諏訪先輩から聞いたことだが、東雲の霊官としての情報は現在凍結されているらしい。

 東雲の特殊な事情が考慮され、裁判の結果次第ではすぐにでも霊官に復帰できるようにという取り計らいだ。

「……私には、仕事なんてできません」

 リルを撫でていた手を止め、東雲は拒絶の意思を口にした。

「ネコメに会いたくないか?」

「っ⁉」

 ネコメの名前を口にした瞬間、東雲の顔にはハッキリと動揺が走った。

 しかしそれは高揚や期待ではなく、ただの怯えだ。

「……いやだ……会えない……会いたくないっ‼」

「嘘だ」

 目を瞑って首を振る東雲に、俺はピシャリと言い放つ。

 会えないことなんてない。

 会いたくないわけない。

 ただ東雲は、会わせる顔がないと思っているだけだ。

「ネコメはお前に会いたがってる」

「……嘘です」

「本当だ。ネコメはお前がいなくなって寂しそうに……」

「嘘言わないで‼」

 瞳に涙を溜めながら、東雲は首を振り長い髪を振り回した。

「あの子が私に会いたがってるなんて、そんなことあるわけない‼ 私は、私はあんなに酷いことしたのに……‼」

「……そうだな。お前はネコメに酷いことをした」

「っ……」

 ネコメに近づき、嘘をつき、偽り、謀った。それは酷いことで、東雲の罪だ。それは紛れも無い事実だろう。

「でも、ネコメはそれを許した‼」

「っ⁉」

 そうだ。

 あの夜ネコメは、東雲を許したはずだ。

 東雲と藤宮の計略にかかり、まともに体も動かさなくなって、殺されそうになった。

 でも東雲には、ネコメを殺せなかった。

 泣きじゃくる東雲にネコメは手を伸ばして、そっと頭を撫でた。

 仕方ない子だと、あやすように。

 あれがネコメの答えだ。

「お前がネコメに、俺たちに罪の意識を感じているのは分かる。でも、それを償うつもりがあるなら、あいつが一番して欲しいことをしてやれ!」

「あの子が……して欲しいこと?」

「会ってやれよ。今はただ、それだけでもいい」

 たったそれだけのことでも、ネコメはきっと嬉しい。

 この上なく喜ぶはずだ。

「それに、お前だって本当はネコメに会いたいはずだろ? 会いたがってる二人が会うだけで、二人とも嬉しいんだ。そんなの、答えは決まってる」

 そう、バカでも分かる理屈だ。

 お互いに利害が一致しているなら、ただ会うだけでそれが満たされるなら、そんなの会わない理由がない。

 東雲は俯いたまましばらく考え、やがてポツリと呟いた。

「……会って、くれるかな?」

「当たり前だろ」

 俺は即答する。

「会っても、いいのかな?」

「当たり前だ」

 即答する。

「また……会えるの?」

 顔を上げた東雲は、また泣いていた。

 演技をしていた時には一度も涙を見せなかったのに、本当の東雲は結構泣き虫なのかもしれない。

 その涙につられて、俺まで視界がボヤけてしまう。

「当たり前だろ、バカヤロウ‼」

 そうだ。

 会っていいに決まってる。

 だってお前たちは、友達なんだから。

 好きなように生きたかったんだろ、東雲?

 だったら、会えばいいさ。

 友達に会いたいなんて、当たり前すぎて見落としてしまう、理由さえ要らない、とてもシンプルなことなんだから。


体調を崩してお休みしていました。


またいつも通りのペースに戻ります。

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