旧友編22 戦いの後に
「異能専科一年、猫柳瞳です」
名乗りを上げたネコメに敬礼を返し、四人の男は一斉に破顔した。
「ああ、支部長の娘さんね」
「噂には聞いてたけど、可愛いな~」
「ケット・シーの異能混じりなんだっけ?」
「ホントに可愛いわね。支部長と結婚できれば、あなたがアタシの娘になっちゃうの?」
四人の男たちは一斉にネコメを囲い、頭を撫でたりもみくちゃにし始めた。
ていうか一人変なのいたよね?
全員男だったはずだよね?
「あ、あの、私アルトさんの娘って訳じゃ……きゃっ⁉」
すっかりおもちゃにされているネコメの腕を引っ張り、四人の包囲網から抜いてやる。
「俺の上司、おもちゃにしないでもらえます?」
疲労困憊の身体を無理やり動かし、ジトッと半目で睨んでやると、四人はニヤニヤ笑いながら俺の方を見る。
「アンタが例のウェアウルフちゃん? ホントに生きたままその仔と混じってるのね」
四人のうちの一人、スキンヘッドで顔に蝶の入れ墨をした渋い声の男、というか、女みたいな人が前に出て、そっとリルを抱え上げた。
「カワイイわね~。この仔も、キミも」
細い目で俺を見つめ、蛇のような動きでチロリと自分の唇を舐めた。
「食べちゃいたいわ」
ぞわっと寒気がした。
見るのは初めてではないが、いわゆるオネエか、この人。
そっと見回すと、他の三人もエラく特徴だらけの方々だった。
二十歳そこそこに見える黒髪の優男はシャツのはだけた胸元にびっしりと入れ墨が入っているし、手首にはいくつも数珠が巻いてある。
がっちりした体格の中年男性は眼帯と、どうやら鼻が作り物らしく顔にはプラスチックのベルトが巻かれている。
金髪をワックスで固めた白いスーツ姿の男は、何だかホストみたいな風貌だ。
そして、スキンヘッドのオネエ。
「……霊官ってこんな特徴だらけでいいのか?」
異能は秘匿されるもの。こんな奇抜な連中が揃って歩いていれば、目立って仕方ないだろう。
「別に動物の耳があるわけじゃないし、ちょっと変わった人ってくらいでしょ、アタシたち」
バチコーン、とウインクを飛ばしてくるスキンヘッドのオネエ。
あなたが一番特徴的なんですけどね。
「アタシは上原スネイク。もちろん偽名だけどね」
偽名なのかよ。
「大神大地です……」
ねっとりと舐め回すような視線にさらされ、俺は思わず視線を逸らしながら名前を名乗る。
その反応が面白かったのか、上原スネイクはそっと俺の腕を自分の腕で抱き込んできた。
「やんちゃそうな目に、がっちりした腕……。カァワイイ~」
ツー、と腕に指を這わせ、どんどん顔も近づいてくる。
やーべー、この人、、マジやべー。
「ちなみにあっちの入れ墨は古川。顔が欠けてるのが飯島。白スーツが梶木よ。異能はそれぞれ……」
「上原ァ、サボってんじゃねえぞ‼」
上原が何かを言おうとした瞬間、眼帯の中年男性、飯島が怒号を飛ばした。
「上原さん、こいつら車に案内するの手伝って下さいよ」
「あ~ん、せっかくいいとこだったのに」
入れ墨の優男、古川に背中を押され、上原はチンピラたちの案内に向かっていった。
最後に、ウインクと投げキッスを俺にお見舞いして。
なんなんだよ、あの人。
「お前、ホントに女運悪いな……」
ポン、と肩を叩き、トシが同情するような言葉を投げかけて来る。
「いや、あれは女でいいのか?」
戸惑う俺に、トシとネコメが苦笑いを向けて来る。
応援に来た四人の霊官がチンピラたちを工場の外に連れ出すのに付いて行くと、そこにはマイクロバスが一台と、黒いワンボックスカーが一台、そして白い乗用車が停まっていた。どうやら烏丸先輩や霊官の人たちが乗ってきた車らしい。
ワンボックスカーの後部座席には大木すでに乗せられており、マイクロバスには古川に案内されながらチンピラたちが乗っていく。
「アンタたちはこっちの車よ~」
クラクションの音と共に上原が白い乗用車の中で手を振った。助手席には烏丸先輩の姿もある。
「異能専科まで乗せてってあげるわ~」
投げキッスにすっかり毒気が抜かれてしまったが、ともあれこれでホントに一件落着だ。
俺たちは顔を見合わせ、車に向かって歩き出した。
「帰りますか、学校に」
「そうだな」
ネコメの言葉に頷き、トシも含めた三人で上原がハンドルを握る乗用車に乗り込んだ。
当たり前のように車に乗ったトシに、俺はそっと声をかける。
「お前、このまま異能専科に行くつもりか? 親父さんたちには……」
「病院で目ぇ覚ました後に、ネコメちゃんと一緒に話したよ。これからのこともな」
「……そうか」
寂しそうに笑うトシに、俺はそれ以上声をかけることはしなかった。
トシにはトシの家族があり、トシの事情がある。
友人とはいえ、俺がそこに踏み込むのは違うはずだ。
「これからはルームメイトになるらしいから、よろしくな大地」
「ルームメイトか……」
そういえば俺は二人部屋に一人で住んでいる。正確にはリルもいるんだが、これで部屋が埋まったことになるな。
ゆっくりと発進した車に揺られ、俺は灯の少ない窓の外に目を向ける。
俺の友達は、こうして異能専科の一員になることになった。
膝の上で眠るリルを撫でながら、そっと俺は目を閉じた。
これで終わった。この時の俺はそう思っていた。
たまたま俺の友人が異能混じりになり、その友人を迎えに行ったら、因縁のあるやつもまた異能混じりになっていた。
そんなありえない確率を、この時の俺は対して考えもせず、漠然と偶然だと思って処理していた。
この時もう少し考えを巡らせていれば、これから起こる事件の結末は、もう少しマシなものになっていたのかもしれないのに。
アイツにあんな悲しい顔を、させないで済んだのかもしれないのに。