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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
旧友編
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旧友編21 救いの一噛み


 左手の牙を下段に構え、諸手に。右手の牙を上段に構え、逆手に。

 腰を落とし、前傾に身体を倒して、存在しない前脚を想像で補う。

「行くぜ、リル」

『オウ‼』

 まっすぐ見据えるのは、大木の右腕。枝ではなく、根。

 全身を覆う根の出所である、右腕の付け根の肩口だ。

「大木、腕は俺の知り合いに作って貰えるように頼んでやるよ」

 未だ動かない大木に狙いを定め、疾駆する。

「何千万も、吹っ掛けられるけどな‼」

 顎に見立てた腕を振りかぶり、肉迫する。

神狼(リル)咬叉(バイツ)ッ‼」

 顎が交差し、大木の右腕が宙を舞う。

 確かな手応えと共に振り抜いた牙には、一滴の血も付着していなかった。

「……終わった」

 呆然としたネコメの呟きにふり返ると、床に伏した大木からどんどん異能が薄れていくのが分かる。

 頭の木が枯れ落ち、左腕が人間のそれに戻っていく。

 全身を覆っていた根もカラカラに乾いて、砂のように崩れ落ちた。

「……世話掛けさせやがるぜ、このデブ」

 溜息とともに異能を解除する。

 これでようやく、一件落ちゃ……

「大地‼」

「ッ⁉」

 トシの叫びに反応し、咄嗟に身体を逸らす。

 切り落とした大木の腕が、その根を広げて俺に跳び付いてきた。

 俺を、養分にするつもりか⁉

「こんの……しつけえんだよ‼」

 腕だけになってもこの執念深さとは、まったく本体と同じだ。

「しまっ……⁉」

 根から逃れようと藻掻いていたら、逆に両腕を絡め捕られてしまった。

 これでは牙を振るえないし、異能を発現し直すのも難しい。

「ハアッ‼」

 視界まで根に覆われた瞬間、ネコメの声が響いた。

 銀の爪を深々と突き立てられた根は、力を失ったようにポトリと床に落ちた。

「ネコメ……助かった……」

「いいえ」

 ネコメもそこでようやく異能を解除し、辺りを見回して一息つく。

 枯れて朽ち始めた籠に、へたり込むチンピラたち。青白い顔で、それでも不器用に笑うトシ。大木はどうやら生きているようだし、養分を吸われて枯れてしまったのか、切断された肩口からは血も出ていない。

 大木の異能の源になっていた腕は切り落とされ、ネコメの爪で死んだ。

 これで本当に、一件落着だ。

「やっと、終わったのか?」

 おっかなびっくりといった様子でトシが起き上がり、同じように周囲を見回す。

「ええ。これで終わりです」

 ネコメが安心したように笑い、そっと力を抜いた。

 そして、見計らったようなタイミングで廃工場の外が騒がしくなる。

「今度は何の騒ぎだよ‼」

「多分、支部からの応援ですよ。この人たちを運ばないとですが、全員を乗せるのは大変そうですね……」

 ネコメの言葉通り、ドアの壊れた入り口から入ってきたのは霊官だった。というより、見知った顔だった。

「報告と違うぞ。これはどういう状況だ、ネコメ?」

「か、烏丸先輩⁉」

 廃工場に入ってきたのは、異能専科の生徒会副会長にして諏訪先輩のボディーガード、制服姿で日本刀を携えた烏丸叶先輩だった。

 烏丸先輩は怪訝な顔で辺りを見回し、床に倒れる大木の姿を認めるとゆっくり残った左手に手錠をかけた。

「こいつが大木トシノリで、周りのチンピラがその子分か。ならそこのノッポが、円堂悟志だな」

「烏丸先輩、なんでここに?」

 冷静に状況を分析する先輩には悪いが、状況がさっぱり分からない。

 ネコメは支部に応援を頼んだはずなのに、なんで学校にいるはずの先輩が来てるんだ?

「生徒会に回ってきていた他の仕事を片付けた帰りだ。こいつらの処遇は俺に任せてもらうぞ」

 そういって先輩は大木の身体を抱え、工場の外に連れ出そうとする。

「あ、ちょっと待った!」

 さっさと出て行ってしまおうとする先輩を呼び止め、俺は大木の状態を確認する。

 顔色は悪いが目は開いていて、呼吸と共に微かな呻き声も聞こえる。意識があるかは、微妙だな。

「トシ、来い」

 横で突っ立っていたトシを呼び、大木の前に立たせる。

「大木、トシに詫び入れろ」

「お、おい大地⁉」

「お前、この期に及んで何を言っているんだ?」

 驚愕するトシと、呆れる烏丸先輩。ネコメは苦笑いを浮かべている。

 この際どうでもいいと思ってしまうかもしれないが、俺の目的は本来大木をトシの前に引きずり出すことだ。これだけは譲れない。

「大木‼」

 耳元で声を張ってやるが、大木は何の反応も示さない。

「もうやめろ、大神」

「大木ッ‼」

 制止する先輩を無視して、俺は声を張り続ける。

 そして、

「お…………お、がみ……?」

 反応を、示した。

「そうだ、大神だ‼ テメエまだやることあるだろ⁉」

 グイっとトシの腕を引いて大木の前に座らせ、髪を掴んで顔を上げさせる。

「えん……どう……」

 虚ろな眼でトシの姿を捕らえ、そっと唇を動かした。

「ごめん……な、さい……」

 絞り出されたその言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けるのを感じる。

 この一言、たった一言を言わせるためだけに、この騒動を起こしてしまった。

「……疲れた」

 しこたま殴られた傷の痛みは、異能が解除されたことで戻ってきてしまっている。

 しばらくは、動けそうにないな。

「来い、大木トシノリ。貴様らも連行する、大人しくついてこい‼」

 周りのチンピラ共にそう叫ぶと、烏丸先輩は今度こそ大木を連れて工場を出ていった。そしてそれと入れ替わるように、四人の男が工場に入ってくる。

 全員バラバラの格好で、年齢も雰囲気にも統一感がない。

 しかし、分かる。

「ネコメ、この人たちって……」

「ええ、支部に所属する、プロの霊官の方々です」

 そういってネコメは一歩前に出て、四人の男に敬礼する。

 プロの霊官が、四人。

 これは、妙な連中が現れたな。



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