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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
編入編
4/246

編入編3 クラスメイト

 それは三人組の男子だった。三人とも俺と同じ制服を着ており、ネクタイの色も同じ青、高等部の一年生だ。

 向かって右側にいる一人は背が高く筋肉質、恐らく百八十センチ以上ある。金髪の坊主頭で日焼けしており、目立つ風貌だ。

 左側の一人は俺より小さく、百七十センチも無い。猫柳と同じくらいに髪も長く、首には外国のコインやドクロ、ドッグタグをあしらったシルバーアクセサリーをジャラジャラ付けている。

 そして真ん中、先程の発言をした男。

 背は俺と同じくらいで百七十五センチほど。肌は不健康なほど色白で、左の耳たぶに十字架の形のピアスを付け、短い黒髪をワックスで立たせている。

 そして、俺も他人のことを言えた義理ではないが、目つきが悪い。

 顎を上げ、こちらを見下すように視線を向けてくる。

「鎌倉君……。おはよう、ございます」

 猫柳はどこか不安そうにそう挨拶した。

「なぁ霊官さまよ、そいつ誰だ?」

「見ない顔だよね、光生くん」

「お前新入り?」

 目つきの悪いピアス男、猫柳に鎌倉と呼ばれた男子は猫柳の挨拶に答えず、俺を見てそう言った。金髪の坊主頭は鎌倉に、ロン毛は俺に向かって問う。

(何だこいつ?)

 いきなり現れたこの三人、特に鎌倉はどう見ても友好的な雰囲気ではない。

 俺が怪訝な顔で三人を見ていると、東雲がそっと耳打ちしてくる。

「真ん中のが鎌倉光生、右のマッチョが石崎将吾、左のロン毛が目黒百男。三人ともクラスの問題児だよ」

 問題児、そうだ。目立つ風貌に着崩した制服、無駄なアクセサリー。コイツら纏っている雰囲気は中学時代に毎日のように目にした、不良生徒のそれだ。

 異能専科は全学年三クラス、一組が異能混じり、二組が異能使い、三組が半異能というクラス分けになっている。つまり同じクラスだというこいつらも、

「おいお前、お前も異能混じりなんだろ?」

(やっぱり、コイツも異能混じり……)

 鎌倉は口角を上げ、威嚇するような笑みを向けて来る。

(その気になればできる、か……)

 先ほど東雲が言ったことを頭の中で反芻し、俺は鼻に意識を向ける。

(嗅覚……狼の嗅覚……)

 東雲はその気になれば使えると言っていた。ならば特別なことはいらないはずだ。

 意識を集中し、目を閉じ、鼻に全ての感覚を向ける。

 周りから漂ってくる多種多様な料理の匂い、驚いたことに匂いが混ざることなく、どこでどんな料理を食べているのか手に取るようにわかる。

 隣に座る東雲の甘い匂い、猫柳からは薄い柑橘系のような匂いが漂ってくる。

 そして正面の三人からは、先程まで食べていたであろう朝食の匂いと、

「オイ、光生くんが話しかけてるだろ?」

「光生くんのこと無視してんじゃねえよ?」

 金髪の石崎、ロン毛の目黒がずいっと詰め寄ってくるが、俺は二人を無視してわざとらしく猫柳に話を振る。

「なあ猫柳、この学校は制服の自由度が高いらしいけど、タバコも吸っていいのか?」

「え?」

「タバコだよタバコ。光生君は朝から煙ふかしてるみたいなんだけど?」

 ニヤリと笑いながら俺が指摘すると、三人は明らかに狼狽した。違法なんだから当たり前だが、やはりこの学校でもタバコは禁止らしい。どうやって手に入れたんだかな。

「鎌倉君、本当ですか?」

 猫柳はキッと視線を鋭くし、立ち上がって鎌倉に手を出す。

「い、いや、別に……」

「出しなさい」

「持ってねえよ……」

「ブレザーの右ポケット」

 ほうじ茶を啜りながらそう言うと、鎌倉は表情を憤怒に染めて俺を睨む。おお怖い怖い。

「出しなさい!」

 猫柳が語気を強めてそう言うと、鎌倉はチッと舌打ちをしてポケットに手を突っ込み、取り出したタバコを猫柳に乱暴に投げつけた。

「以前も注意しましたよね? こんなもの吸ったら身体に悪いと……」

「説教垂れてんじゃねえよ偽善者! 俺が何しようがテメエに関係ねえだろ!」

 鎌倉は激昂し、石崎と目黒が制止するのを無視して猫柳の胸ぐらに手を伸ばす。

「オイ」

 その手を掴み、ギリっと力を籠める。

「な、何だテメエ……」

「女だぞ?」

 正論で説教される煩わしさはよくわかるが、女子の胸ぐらに手を掛けようとするのは見過ごせない。

 このままケンカになるなら相手になる、そう思いながら鎌倉を睨んでいると、

「……こっの、新入りが!」

「ッ⁉」

 バッと、思わず鎌倉の手を離す。

(何だ、こいついきなり……)

 急激に鎌倉の雰囲気が変わった。

 俺が掴んでいた手をさすりながら、鎌倉は怒気を含んだ視線を俺から外そうとしない。

「切り刻んで……!」

 ギリっと奥歯を噛み締める鎌倉を、石崎と目黒が制する。

「ちょ、光生くんストップ!」

「やばいよ、霊官の前で!」

 二人を無下に振り払うことはせず、鎌倉は「クソッ!」と悪態をついて踵を返す。

「……覚えとけよこの野郎」

 そんな捨て台詞と共に、鎌倉たちは食堂から出ていった。

 俺に、奇妙な恐怖心を植え付けたまま。

「……あれが、『異能混じり』か」

 呟いたその言葉に、東雲が小さく笑った。

「怖かった?」

「ああ、少しな……」

 正直言ってビビった。

 今二人が制止しなければ、恐らく鎌倉は異能を使っていた。異能を用いて、俺を攻撃しようとしていた。

「大事だよ、その感覚。異能は怖いモノなんだって、忘れちゃう異能者も多いから」

「……肝に銘じておくよ」

 ふう、と息を吐き、強張っていた身体から力を抜く。

 クラスメイトとのファーストコントにしては、ずいぶん波乱含みになってしまったな。


・・・


 波乱含みの朝食を終えた俺たち三人は寮を後にし、石畳で舗装された道を進み校舎にたどり着いた。

 校舎の二階、一年のクラスが並ぶ廊下の端にそのクラスはあった。

 一年一組、今日から俺が所属するクラスだ。

 猫柳と東雲は先に教室に入り、俺の隣には初老の担任教師が付き添っている。

「ワシは担任の白井、よろしく大神君」

「っす、大神大地です。あ、こいつはリル」

 俺の紹介に応えるようにリルは『アン』と鳴いた。教師に対してもきちんと挨拶をする。真面目な生徒として当然のことだ。

 白井先生に連れられ、リルを従えて前方のドアからざわつく教室に入る。

 クラスには三十人ほどの生徒がおり、入室した先生と俺に視線が集中する。

 教室内を見渡すと、最残列の真ん中という居眠りに最も適さないであろう席に心配そうな顔の猫柳が、一番後ろの廊下側にニヤニヤ顔の東雲がいる。

 そして窓際の一番後ろには、

(わーお、睨んでる睨んでる……)

 端っこの席で俺を睨むのはピアスの鎌倉光生、前の席に金髪の石崎将吾、その隣に目黒百男。三人がまとまって座っている。

 さっきの籠った三つの視線を無視して、白井先生に促されるままに教壇に立つ。

「はーい、みんな座れ。今日からクラスに仲間が増えるぞ」

 白井先生が出席簿で教卓バンバン叩きそういう。

 ホームルームの時間を使って俺が最初に行ったのは、クラスメイトへの自己紹介だった。チョークで黒板に名前を書き、ついでにリルのことも紹介する。まだ抱えるのは抵抗があるので、足元に座らせたまま。

「ヤダ、何あの仔、カワイイ!」

「もこもこ~。抱っこしていいのかな?」

「異能生物なんでしょ? 大丈夫かな?」

「平気じゃない? 大人しそうだし」

 主にクラスの女子の間でリルが大人気だった。

 まあ確かに一見可愛らしい仔犬だし、この人気も頷ける。

「でもあの人、なんで異能生物を連れてるの?」

「ッ!」

 来た。

 確かに異能混じりが異能生物を連れているってのはおかしいだろうからな。

 しかし、食事の後で猫柳に言われた。『自分の異能は、極力人に見せないでください』と。

 確かに猫柳も東雲も、俺の目の前では一度も異能を使っていない。二人が公務員の霊官である以上手の内を明かさないのも納得できるが……。

「あーえっと、コイツは俺の異能に必要で……」

 俺が言葉を詰まらせていると、

「要はそいつと混ざってるってことだろ?」

 後ろの席で、机の上で脚を組んだ鎌倉がそう声を張り上げた。

 瞬間、クラス中がシンと静まり返る。

 皆が口を噤んで、リルに黄色い声をあげていた女子達も俺とリルからわざとらしく視線を逸らしている。

 まるで「鎌倉が喋るときは黙る」というような取り決めがクラスメイトの中で共有されているような。

「霊官のやってた『人工異能者』実験であったよな、異能生物が生きたまま異能混じりになったやつの話」

「ああ、だからさっき霊官二人と飯食ってたんだ!」

「おっかねー。霊官ってまだそんな人体実験やってんだー」

 鎌倉に同調するように石崎と目黒が騒ぎ立てる。

 そんな様子を受けて、クラスメイト達は何も言わない。

 鎌倉達が俺に対して好意的でないことは伝わっているらしく、皆が皆我関せずといった雰囲気だ。

(……意外だな)

 学校のクラスにはヒエラルキーがある。

 平等だのみんな仲良くだの謳っていようと、あるものはある。

 リーダーシップがある者、誰にでも好かれる者、単純に声が大きいだけの者、ヒエラルキーの上位に位置する人間には何かしら理由があるものだが、鎌倉達のようなはみ出し者がヒエラルキーの上位にいることは珍しい。

 小学校くらいまでならガキ大将気質の者がクラスの中心にいることは多いが、中学生や高校生ともなると不良なんてクラスメイトからは放って置かれるものだ。

 遠巻きに見ているだけで、誰も仲良くしようなんて思わない。バカやってるな、と心中で嘲笑うのが関の山だ。

 しかし、このクラスはどう見ても鎌倉達が中心にいる。

 不良時代の名残で人間関係を見る目には自信があるが、誰もが鎌倉をクラスのリーダーとして恐れ、逆らわないようにしているのが一目で分かる。

 仮にも国立の学校で鎌倉達のような者がリーダーの位置にいるということは、あの三人、特に鎌倉にはクラス中に一目を置かれる『何か』があるのだろう。

 そして食堂での騒動でも分かっていたことだが、鎌倉は猫柳と東雲、霊官に対して敵対的な意識を持っている。

(その意識が霊官二人に連れられてた俺にも飛び火したって感じかな……)

 心の中で嘆息する。

 せっかくの高校生活なんだから真面目に頑張ろうと思っていたのに、厄介な奴らに目をつけられてしまった。まぁ原因は俺にもあったと思うけど。

 白井先生は騒ぎ立てる鎌倉達を「あー、みんな静かに」とやんわりと注意した。あえて名指しせず、リルを見て騒いでいた女子達も含めるような言い方をした辺り、先生も鎌倉達に向かって行くような気は無いみたいだな。

「大神君、そこの空いてる席に座りなさい」

「あ、はい……」

 一連のやりとりを無かった事にするように先生が示した席は、なんと最後列の窓から二番目、つまり鎌倉の隣だ。

「よろしくな大神君」

「歓迎するぜー」

「お前もな、ワン公」

 鎌倉、石崎、目黒が俺とリルに対して早速絡んできた。ワン公呼ばわりされたリルは小さく唸って威嚇の構えだ。

「こいつはオオカミだ。犬呼ばわりすんなよ」

 俺がそういうと三人は気にした様子もなく、下卑たニヤニヤ顔でこっちを見てくる。

「じゃあ、ホームルームを……」

 白井先生がそう言いかけたところで、ガラ、教室の前方のドアが引かれ、白衣の女性が白井先生に声を掛けた。

「白井先生、よろしいですか?」

「あ、藤宮先生。どうされたんですか?」

 白井先生はノックもなしにドアを開けた女性を藤宮先生と呼んだ。白衣だし、保健室の先生とかかな?

「失礼します」

 白衣の女性、藤宮先生は軽く会釈して教室に入ると、

「ネコメと八雲、ちょっと来て」

 と言った。

 指名されたのは東雲と、東雲にもネコメと呼ばれていたから分かるが猫柳のことだろう。

「はい」

「はーい」

 猫柳は短く、東雲は気だるそうに返事をし、藤宮先生に連れられて教室を出て行った。

 そこでホームルーム終了を告げるものと思われるチャイムが鳴った。

「もう時間か。まぁ今日は連絡事項も無いし、ここまでな」

 白井は早口でそう締めくくると、出席もマトモに取らずに出て行ってしまう。

 まぁ今出て行った二人を除けば全部の席が埋まっているのは一目で分かるが、なんか適当な先生だな。

「はぁー」

 椅子に深く腰を落とし、ため息をつく。

 せっかく真面目に学校生活を送ろうと意気込んでいたのに、厄介な連中に目をつけられたせいでクラスメイトは誰も話しかけて来ようとしない。

 頼みの猫柳と東雲はどこかへ行ってしまったし、このままではクラスで浮いてしまう。

 そんなことを危惧していると、

「よぉ大神」

 隣の席から声を掛けられた。

 やったークラスメイトに話しかけられたぞ、友達になれるかな? などと思いはしない。声の主は鎌倉だ。

「なんだよ、鎌倉」

 先程のやりとりから友好的になれるはずもなく、俺はハッキリと敵意を持って返事をする。

「ちょっとツラ貸せよ」

 顎をしゃくり上げ、教室を出るように促す。ツラ貸せなんて今時あんまり言わんぞ。

「冗談だろ? あと五分で授業始まるし」

 無視して鞄から筆記用具を取り出そうとすると、石崎と目黒が両サイドから俺の腕を取り無理矢理立ち上がらせた。

「オイ、離せよ」

 あまり暴れるのも憚られたので大して抵抗せずにそう言うと、二人は酷薄な笑みを浮かべながら腕の拘束を強めた。

「光生君のこと無視してんじゃねぇよ」

「光生君が来いっつってんだろ?」

 教室の中でそんな騒動になって、周りが気付かないはずがない。

 クラスメイトの一人、先程リルに黄色い声を上げていた女生徒の一人がおずおずと近づいてきた。

「あ、あの、鎌倉君。もうすぐ授業始まるし……」

 勇気を振り絞っての行動だったのだろう。女生徒は小さく震えながら、それでも鎌倉を止めて俺を助けようとしてくれた。

 しかし、

「あ?」

 鎌倉が低い声を出してひと睨みすると、それだけでビクッと震えて引き下がってしまう。

「何だお前? 有象無象の半端者が、俺に逆らう気か?」

 鎌倉はポケットに手を突っ込んで顎を出すという完全に見下した格好で女生徒に詰め寄る。

 女生徒は完全に萎縮し、後ずさりしてしまう。

「分かった。どこへでも付き合うよ」

 このままでは鎌倉はあの女生徒にまで手を出しそうだと判断し、俺はハッキリとそう言った。

「ヒュー。カッコいいね」

 鎌倉はニヤリと笑い、わざとらしく舌舐めずりをする。

 石崎と目黒に両腕を抑えられたまま、俺は半ば引きずられるように教室を後にする。

(初日の一時間目からサボっちまうよ……)

 そんなことを考えながらも、俺は少し高揚していた。

 長々と絡まれても迷惑だし、鎌倉達との関係は早めにハッキリさせておきたいしな。

 床に爪を立てながら無理矢理引きずられてるリルは、申し訳ないが散歩から帰りたくないと抵抗してる犬みたいで少し可愛いと思ってしまった。


・・・


 廊下へ出て階段を降り、上履きのまま中庭に出る。

 連れてこられたのは校舎と体育館らしき施設の間、人目につかない物置みたいな空きスペースだった。

 迷うことも示し合せることもなくここに連れてきたということは、三人はここを溜まり場にしているのだろう。こういう奴らはこういう死角みたいな場所を見つけるのが上手いからな。

 石崎と目黒は俺の腕を離し、空きスペースの一番奥に立て掛けられていたパイプ椅子を開く。

 パイプ椅子は結構綺麗で、おそらく普段使われていない備品をどこかから勝手に持ち出した物だろう。

 鎌倉は椅子の背もたれをこちらに向け、正しい座り方とは反対向きに座ってニヤニヤと笑いながら俺の足元のリルを見る。

「ついて来るんだな、その犬。随分主人思いじゃねぇか」

「コイツで繋がってるせいで離れられないんだよ。あと、犬じゃなくてオオカミな」

鎌倉の疑問に答えてやるように首のチョーカーを指す。当の鎌倉は「へー」と興味無さげに相槌を打っただけだった。

「で、何の用なんだよ? お前らのせいで授業サボっちまったじゃねぇか」

 俺が不機嫌そうにそういうと、鎌倉の向かって右側に立っていた石崎が声を張り上げた。

「お前さっきから光生君に向かってナマ言ってんじゃねぇよ!」

 百八十以上ある大男が怒鳴るってのは中々迫力があるが、そのくらいは中学時代に慣れっこだ。

「そう言われてもな。俺は光生君がどんなスゴイ人なのか知らねーし」

 わざとらしく肩をすくめてそういうと、石崎は俺を睨みながら「テメェ……!」と低く唸った。

「まあ待て、ショウ」

 鎌倉は言葉だけで石崎を制すると、ポケットからタバコを取り出して一本咥え、慣れた手つきで火をつけた。まだ持ってたんだね。

「ふぅー。コイツはまだここに来たばっかりで、ここのルールも知らねーんだ。クラスメイトのよしみとしてちゃんと教えといてやらねーとよ」

 煙を吐きながら鎌倉は視線を向ける。その顔はどこか楽しそうだ。

「まずハッキリさせとくが、異能混じりには格の違いってやつがある」

「格の違い?」

 それは猫柳達は教えてくれなかったことだ。資料に目を通しても、異能に上下関係があるなんて載っていなかった。

「まずクラスのアイツら。アイツらはダメだ」

 自分の所属しているクラスの仲間に対して、鎌倉はそんな暴言を吐いた。

「異能混じりってのは混ざった異能で格が決まる。名前を知られてねえような雑魚妖怪と混ざった連中なんて、タカが知れてる」

 完全にクラスメイト達を見下しながら、鎌倉は嘲笑する。

「アイツらは動物ごっこくらいしか出来ない雑魚だからな。でも俺たち三人は違う」

目黒が長い髪をかきあげながらそう続ける。クラスメイト達を見下しているのは三人の共通認識みたいだな。

「特に光生君は別格だ。名前を聞けば誰でも知ってる有名な妖怪と混ざってる。しかも強え!」

 石崎はそう言って、まるで自分の事のように鎌倉を自慢した。

 鎌倉がクラスメイト中から恐れられていた理由、それはシンプルに『強さ』だったって訳か。

 考えてみれば簡単な話だ。異能の学校でヒエラルキーの頂点に立つのは、強い異能を持っているやつ。

 鎌倉はさっきクラスの女生徒に『有象無象』という言葉を使った。あれはつまり『大した異能と混ざっていない』という意味だったのか。

「そういう意味じゃ、お前もザコだ。特殊な例だろうと、そんなチビと混ざってる時点で大した異能じゃねえ。タバコの告げ口するのが関の山だろ?」

 鎌倉の言葉に自分がバカにされたと分かったのか、リルがキャンキャン吠えた。

 俺やリルのことをよく知らないで勝手に格付けしてるから分かったが、コイツらの言う異能の格というのは正式に認められているものじゃない。

 鎌倉達のような強い異能に恵まれた者が他人を見下す為に作った、言わば『勝手に言っているだけの事』なのだ。だから猫柳も東雲も俺には教えなかった。

 しかし、勝手に言っている事とはいえ事実は事実なのだろう。

 異能の学校では強い異能は絶対。実際にクラスメイト達が鎌倉を恐れていたことからも、それは揺るぎない事実なのだと思う。

「でもそういうお前等も、猫柳と東雲よりは下なんだろ?」

「あ?」

「だからわざわざ二人が居なくなったタイミングで俺に絡んで来たんだろ?」

 つまりそういう事だ。

 コイツらは確かにクラスメイトの中では強い異能を持っているのかもしれない。

 しかしそれは、異能のプロである霊官二人を除いての話だ。

「何だと?」

 三人の雰囲気が、次第に苛立ったものに変わっていく。

 コイツらは要は俺を『教育』するために連れてきたのだろう。いかに自分たちが優れているのか、クラス内でどう立ち回るのが利口か。

 しかしそれもこれも、二人の霊官が居ないことが前提だ。

 だから二人が呼び出されたタイミングで連れてきた。二人が戻ってこないように教室から離れた。

 コイツらは、霊官の二人を避けているんだ。

「アイツらに何かされたのか? タバコみたいな素行不良を注意されたからって理由なら、そりゃ逆恨みだぜ?」

 昨日話した感じでは、二人ともいい奴だ。

 猫柳は丁寧過ぎてチョットとっつきづらいし、東雲は逆に軽すぎるが、二人が人に恨まれるような奴だとは思えない。

「わざわざ二人が居ない時に俺を拉致ったのも、要は俺が二人の味方になるのが怖かったってだけだろ? 本人達に勝てねえからって周りを脅して、王様気分になりたかっただけなんだろ?」

 リルが弱い異能だとしても、猫柳達の味方になりうる俺の存在が看過出来なかった。

 コイツらの行動理由は、つまるところそういう事だ。

 二人の何が気に入らないのかは知らないが、俺を他のクラスメイト同様に自分達に逆らわない、猫柳達の味方にならない様に手を打っていただけのことだ。

「ダセェんだよバァカ」

 俺のその一言が契機になった。

 まず激怒しながら俺の胸ぐらを掴んだのが金髪坊主の石崎。

 力任せに俺の体を引っ張り上げ、身長差があるせいで俺のつま先がわずかに浮くくらい持ち上げられた。

「いい加減にしやがれ! もう許さねえからな!」

 顔を真っ赤にして激怒する石崎を見て、俺は冷静だった。

 胸ぐらを掴むという行為は、実際やられてみるとほとんど苦しくない。

 実際に体重を支えているのは引っ張られた服の脇の辺りなので、首に体重は掛からないのだ。

 胸ぐらを掴んで効果が出るのはやられる側の意識の問題だ。

 重心が上がるせいで地に足が付かず不安定になる。そうなると人は萎縮してしまう。さらに掴んでいる側は顎を突き出し威嚇してくるので、それだけで戦意が削がれてしまうのだ。

 つまり、掴んだ側が相手を舐め、掴まれた側がビビって始めて効果が出る行為である。

(悪いな、俺もそれなりに……)

 もちろん、今の俺には当てはまらない。

(場数踏んでんだよ!)

 顎を突き出した体勢の石崎にとって、俺の両手は完全に死角。

 俺は右手を手刀の形にして、腹から胸を滑らせる様に振り上げた。

「ッゲ⁉」

 手刀のは吸い込まれる様に石崎の喉に当たり、石崎はカエルの様な無様な声を上げてえづいた。

「ゴホッ……ゲホ……ォエ……⁉」

 意識の外からの喉への攻撃に、石崎は軽い呼吸困難に陥り俺の襟を掴んでいた手も離してしまう。

(やっぱりな)

 ある程度予想できていたことだが、この三人はケンカに慣れていない。

 異能と簡単な脅しだけで周りを萎縮させてきたから、人間同士のケンカの経験が少ないのだ。

「ショウ君⁉」

 咄嗟のことで慌てた目黒が一歩、俺と膝をついた石崎に近づく。

 すかさず俺は目黒の長い髪を掴み、一歩踏み出したことでやや不安定な体勢になった目黒の上半身を前に倒させる。

 待ち構えるのは俺の膝。

「ギギャ⁉」

 鼻っ面に膝を叩き込まれた目黒は鼻血を吐き出し、両手で顔を抑える。

 髪を掴んだままの手を振り回し、空えずきを繰り返す石崎に目黒をぶつける。

 その時に空いた手で目黒のシルバーアクセサリーを掴み、コインやドッグタグを力任せに引き千切る。

 残った鎌倉に視線を向けると、変な体勢で椅子に座っていたせいで反応が遅れたらしい。

 ようやく立ち上がったばかりの鎌倉に、目黒から引き千切ったアクセサリーを投げつける。狙いは顔面。

 コインやドッグタグなんかは、要は金属の破片だ。全力で投げつければ、それは人を硬直させて動きを封じる散弾になる。

「なっ⁉」

 案の定鎌倉は反射的に目を瞑り、顔を庇う様に体を縮めて腕でガードする。

 腕で顔を庇うということは、ボディが空くということ。

 間合いを詰め、ガラ空きになった鎌倉の右のアバラに左膝を叩き込む。

「……がぁ⁉」

 肋骨が折れるのではないかというくらい綺麗に決まったため、加減したというのに鎌倉は大きく仰け反り脇腹を抑えて尻餅をついた。

 俺は鎌倉の後ろに回り込み、右手で関節を決め、左手で左耳のピアスを思いっきり掴む。

「いっいだぁ……‼」

 ピアスとは体を貫通している金属。穴を拡げるようにグリグリ動かせば当然激痛が走る。

「ケンカ慣れしてたらピアスなんか付けねえよ。覚えときな」

 俺はそう言って石崎達の方を見る。

 石崎と目黒は痛みを堪えて立ち上がり、鎌倉を抑え込んだ俺を睨みつける。

「光生君⁉」

「テメェ……!」

「動くな‼」

 今にも飛び掛かって来そうな二人に、俺は脅しを掛ける。

「動いたり、異能を使おうとしたらピアス引き千切るぞ?」

 俺がそう言うと、二人はピタリと動きを止めた。

「何やってんだテメェら! さっさとコイツを……‼」

「余計なこと言うんじゃねえ!」

 抑え込まれたまま二人に命令する鎌倉を、ピアスを引っ張って黙らせる。

「お前ら、変な気起こすなよ? この手は怪我したばっかりで、まだ上手く動かせないんだ」

 二人を睨みながら、ギリっと左手に力を込める。

 二人の方を向いている鎌倉の顔は激痛に歪んでいることだろう。

「分かりやすく言うと、手元が狂うかも知れないんだよ」

 低い声でそう告げると、二人は怯えたように体から力を抜いた。

 ここから俺がどうするかは、石崎と目黒次第だ。

「わ、分かった……」

 絞り出すように、石崎が口を開いた。

「俺たちの負けだ! 光生君を離してくれ‼」

「悪かったよ、大神! 光生君に怪我させないでくれ‼」

 二人のそのあまりの変貌に、俺は一瞬キョトンとしてしまう。

「お願いだ‼」

「頼むよぉ……」

 二人は泣きそうな声でそう言うと、地面に頭をついて土下座してしまった。

「…………」

 二人が鎌倉に構わず向かってくるか、異能を使おうとしたら俺は迷わず鎌倉のピアスを引き千切るつもりだった。

 しかし二人は相談する様子もなく、全面降伏してしまった。

(ここまでだな……)

 どうやらこの二人は、心から鎌倉のことを尊敬しているらしい。

「ホラよ」

 両腕から力を抜き、鎌倉を解放する。

 土下座までした相手に更に石を投げられるほど、俺も外道ではない。

「光生君……!」

「だ、大丈夫⁉」

 二人はすかさず鎌倉に駆け寄り、ピアス周りの傷を確かめている。

 結構力を込めたし、血が滲むくらいにはなっているかも知れない。

 しかし先に手を出したのは向こうだし、三対一だ。正当防衛って事にしとこう。

 そう思って立ち去ろうとする俺の背中に、

「……ろしてやる」

 低く、唸る様な声が響いた。

 ゾクっと、背筋に悪寒が走る。

 バッと振り返ると、左耳を抑えた鎌倉がブレザーを脱ぎ捨てるところだった。

「ぶっ殺してやる、大神ィ‼」

 激昂する鎌倉の格好は、異様だった。

 まず服装がおかしい。

 ブレザーを脱いだ下のワイシャツは、左側は普通のワイシャツなのに右側だけ肘から先の袖がない。

 そしてその体勢。

 足を大きく開き、体を前に倒して左腕で体重を支えている。袖のない右腕を横に大きく開き、振りかぶる。

 憤怒にそまる双眸が、黒から琥珀色に変わった様に見えた。

 瞬間、鎌倉が刃を抜いた。

 いつの間に、どこから、そんな疑問は頭の片隅に押しやられる。

 一瞬で間合いを詰め、右腕の刃を斜めに振り上げる。

 後方へ飛んで避けるが、鎌倉の方がわずかに速かった。

 ブレザーのボタンが弾け飛び、今朝猫柳が結んでくれたネクタイの先端が宙を舞う。

 間一髪のところで肌には触れなかったが、制服がパックリと切り開かれてしまった。

「み、光生君‼」

「落ち着いて、光生君‼」

 慌てる石崎と目黒を無視して、鎌倉は再び例の異様な構えを取った。

(こ、コイツは……!)

 そこでようやく鎌倉の刃の正体が分かった。

 鎌倉は刃物なんて持っていない。取り出してもいない。

 ただ、袖のないシャツから伸びる右腕、その肘から先が刃物になっていた。

 緩く弧を描く銀色の刃。刃渡りは鎌倉の肘から先と同じくらいで、弧の内側に刃が入っている。

 それは刀やナイフより、『鎌』を連想させる形状だった。

 鎌倉の顔に目をやると、顔の横にあった耳が無くなり、側頭部の辺りに丸っこい獣の耳が生えていた。ご丁寧に左側には十字架のピアスまである。

 先程石崎は言った。鎌倉は誰でも知っている『妖怪』との異能混じりであると。

 鎌を持つ動物の異能など、俺は一つしか知らない。


「か、『鎌鼬』……⁉」


 呆然と呟く俺に向かって、鎌倉は右腕の鎌を振りかぶった。


最後の方でようやく異能バトルっぽさが出てきました。


やっぱりこういうシーンは書いてて楽しいです。

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