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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
旧友編
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旧友編16 過去との対峙


 幸いなことに大木の居場所はすぐに分かった。

 駅前まで行き、裏通りを我が物顔で歩いている歳の近い連中に声をかければ、大抵は俺や大木の名前を知っているからだ。

 町のチンピラA君によると、出所してきたばかりの大木は昔から好んで使っていた廃工場を溜まり場にしているらしい。

 奇しくも、二年前に俺が大木とケンカをした場所だ。

「いいか、リル。何があっても俺に異能を寄越すなよ」

『うーん、頑張る』

 なんとも不安だが、うん、頑張ってくれ。

 俺はバッグの中にリルを押し込み、ジッパーを閉じて念押しする。

 廃工場は借金が返せなくなり夜逃げした会社のもので、買い手もつかず放置されている不良物件だ。

 立ち入り禁止の看板が立てられてはいるが、繁華街からも住宅街からもそこそこ距離があるせいで基本的には誰も寄り付かない。つまり、不良の溜まり場にはうってつけの場所である。

「うし、行くか」

 夜も更け、日付が変わる頃。俺はリルの入ったバッグを背負って廃工場の前にたどり着いた。タクシー代も無いから、えらく時間が掛かってしまったな。

 廃工場にもかかわらず敷地の中には明かりが灯っており、人の気配もする。外にはバイク好きが見たら激怒しそうな魔改造を施された単車もあるし、間違いなく誰かいるはずだ。

 俺は錆びた引き戸に手を掛け、離す。

「こういうのは、最初が肝心、だよな‼」

 その場でクルッと半回転し、遠心力を乗せた後ろ回し蹴りでドアを蹴破る。

 バァンッ、と派手な音を立て、ドアは工事の敷地内に吹っ飛んだ。若干異能が出てしまった気もするが、まあノーカウントってことにしておこう。

「な、なんだ⁉」

「誰だおい‼」

 工場の内部からどよめきの声が聞こえる。数は、恐らく十人はいるな。

「こんばんはー。大木君、いるー?」

 工場の外、壁の陰にリルの入ったバッグを置き、俺は敷地内に足を踏み入れた。

「出所祝いに来たぜ、大木君」

 出来る限り不遜に、堂々と、俺は宣言する。

「て、テメェ……‼」

「まさか、大神か⁉」

 ざわめきに辺りを見回すと、何人か見知った顔もある。どいつもこいつも昔から大木の下に付いていたチンピラ共だ。

 工場の内部は学校の体育館ほどの広さがあるが、放置された機材や工具、格納された重機などもあり、少々圧迫感がある。

 たむろしている連中は機材の上や埃だらけの机などに座り、酒やタバコで宴会の最中らしかった。おっと、この鼻に付く揮発性の強い臭いは、シンナーかな? そんなもんやってるからバカなんだよ君たち。

「よぉ」

 そんなバカっぽい連中の輪の中心に、そいつはいた。

 剃り込みの入った坊主頭に、潰れた鼻とタレ目が特徴的なでっぷりとした巨躯。

 夏前だというのに暑苦しい刺繍入りのスカジャンを着込み、前歯のない口でタバコを咥えている。

 目元には顔を縦断するように大きな傷痕があるが、あれって昔は無かったよな。確か二年前に俺がやったんだっけ?

「髪黒くしたのかよ、大神」

「お前の目元のそれは、オシャレか? 大木」

 距離を開けて対峙する、俺と大木トシノリ。

 大木は俺の言葉にグッとタバコのフィルターを嚙み潰し、潰れたブタ鼻から荒い息を出しながら怒声を上げる。

「テメェがやってくれたんだろうが‼ お陰で女も寄って来ねえよ、どうしてくれやがんだ大神ぃ⁉」

「元々モテねえだろ。ブタが人間の女に相手されるとか思ったんじゃねぇよ」

「ブタ、だと?」

 ピクピクと頰を痙攣させながら、大木は持っていたビールの缶をグシャッと握り潰した。沸点が低いのは昔からだね、ほんと。

「いや、ブタってのは失礼だったな。ブタは頭が良くて綺麗好きな生き物なんだよ。お前とは似ても似つかねえ」

 追加で挑発してやると、大木は引き攣った笑みを無理やり浮かべ、潰れた缶から残ったビールを煽って口元を汚す。

「……テメエ、一体何の用で来やがったんだ?」

 何の用?

 お前が、それを聞くのか?

 俺は瞬間湯沸かし器のようにカッと感情が昂った。

「逆に聞くぜ。何でトシを潰した?」

 異能が発現しないように必死に感情を落ち着かせながら、俺は大木にそう問いかけた。

「トシ? ああ、円堂のことか」

 大木はつまらなそうに煙を吐き、指先でくるくると火の付いたタバコを回す。

「別に。古巣に顔出したら昔ボコった顔があったからよ。軽く遊んでやったんだ」

「遊んでやった、だと?」

 あんな目に遭わせて、遊びだと?

「まあお前がそういう顔すんのも、期待してたけどな」

 歯のない口をニタリと歪め、大木は笑った。

 やっぱりあれは、俺への当てつけだったのか。

「……トシに詫び入れろ。這い蹲って土下座すれば許してやる」

「はあ? そんなことのためにわざわざ来たのかテメエ?」

 不快そうに眉をひそめた大木はくっと顎をしゃくり、周りのチンピラに指示を飛ばす。

「詫び入れねえってんなら、その豚鼻もう三センチ潰すぞ」

「……殺す」

 その一言が契機になったように、周りのチンピラが動いた。

 俺を囲うように円陣を組み、各々が角材や鉄パイプなどで武装する。

(さて……こっからだな)

 状況は一対多数。普通にケンカしても何とかなる人数ではない。

 当の大木は新しいタバコを咥え、これから始まるショーを見物するつもりらしい。

 俺のリンチ、公開処刑を。

「お前はやらねえのか、大木?」

 円陣の外で静観の構えを取る大木は、ニヤリと笑って煙を吐いた。

「ここで見ててやるよ、テメエが死ぬのをな」

(死ぬ、ね……)

 残念ながら冗談では済まない。

 これからのことを考えれば、鬼を相手にしている訳でもないのに本当に死にかねないからな。

「やっちまえ‼」

 大木の掛け声で、俺を囲う円陣が一斉に狭まる。

 ある者は角材を、ある者は鉄パイプを振りかぶり、俺の腕、足、胴、頭を目掛け、振り下ろす。

「がっ……⁉」

 全身に走る衝撃に、一瞬意識が遠のく。

 苦痛に歪む俺の顔を見て、チンピラ共が狂喜に沸く。

「さあ、昔の借りを返すぜ、大神ぃ‼」



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