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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
旧友編
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旧友編13 悟志の苦悩


 放課後、全く身に入らなかった午後の授業を消化し、円堂悟志はホームルームをサボタージュして体育館にいた。

 悟志の他には誰もいない体育館に、ボールをドリブルする音だけが響く。

 サボタージュなんて悟志のガラではなかったが、今は一秒でも長くこの体育館に居たかった。

 一本でも多くシュートを打ち、一滴でも多くの汗を流したい。そんなことを思ってのサボタージュだった。

(バスケの神様は、本当に俺のことが嫌いらしいな……)

 大会の結果は、自分の戦果ではなかった。

 ひたむきに続けてきたつもりだった練習の成果ではなく、偶然によってもたらされたインチキのおかげだった。

 そんな事実が、悟志の心を荒ませた。

(大地に、謝らないと……)

 当然悟志にも分かっていた。自分が異能とやらに出会ったのはただの偶然で、旧友である大地がそれを伝えにきたことも偶然であると。

 むしろあの場に大地がいなければ、自分はみっともなく悪あがきをして、さらに惨めなことになっていただろうと。

 分かっていたのに、あんなことを言ってしまった。


『お前はまた、俺から夢を奪うのか……?』


 自分の夢を、大地になすりつけてしまった。

(ダセェ……)

 大地のせいじゃない。二年前の自分はそう言っていたのに、心の奥底では大地を憎んでいたのかもしれない。

 そんな自分の醜い性根が、たまらなく腹立たしかった。

 ガンッ、苦悩を払拭するように放られたシュートは、ゴールリングに嫌われて床に落ちる。

 こんなぐちゃぐちゃな心境で練習しても意味がない。そもそも自分は退部して転校するのだから、練習そのものに意味がない。

 そんなことは分かっていたのに、悟志はシュートを打ち続けた。

 外れ、それに苛立ち、さらにフォームが乱れる。

 やがて他の部員たちが体育館に集まりだしても、投げやりなシュート練習は続いた。

 顧問の先生が集合をかけるまで続いたシュートは、ついに一本も入ることはなかった。

「あー、みんな、落ち着いて聞いてくれ」

 部員たちが整列し終えると、顧問の先生は言い辛そうに口を開いた。

「県大会への出場が、取り消しになった」

 顧問の口から告げられた予想外の言葉に、部員たちはキョトンとした。

 徐々に言葉の意味が浸透するにつれ、部員たちの間に動揺が走る。

「落ち着け。落ち着いてくれ」

 ざわめきがパニックになる前に、顧問は部員たちに冷静になるよう促した。

 しかし、動揺は伝播し、体育館の中は悲痛な喧騒に包まれる。

「どういうことですか、先生⁉」

 部員の声を代表するように、部長が声を荒げる。

「どういうこと、と言われてもな……」

 部員たちの動揺は理解できるが、顧問の先生もこの時点で詳しいことは聞かされていなかった。

 部活の時間の前に校長室に呼び出され、県大会の出場が取り消されたことが告げられた。理由は、大きな問題が起こったから。

「なんですか、それ⁉」

 当然、部員たちはそんな説明で納得なんてしない。

 創立以来初めての県大会出場が決まり、部員たちは今まで以上に気合を入れて練習に励んでいた。

 自分たちの努力が身を結び、新しいステージに進む資格を得たのだと。そう思っていた。

 しかし、突きつけられたのはロクな説明もなく出場取り消しという理不尽。

 納得なんて、できるはずない。

(ホントに手回し早いんだな……)

 ざわめきだす部員たちの中にあって、悟志は冷静だった。投げやりだった、といってもいいかもしれない。

 顧問の口から出場取り消しを告げられ、ようやく自分の置かれた状況に現実味が出てきた。

 自分はもう、バスケができないんだ。そう理解した。

「みんな、落ち着け。とりあえず今日の練習を……」

「そんなことしてる場合じゃねえだろ!」

 もちろん、こんな状況で練習などできるわけがない。

 部員たちは顧問では話にならない、校長に直談判しようと、レギュラーメンバーを中心に団結して体育館を出て行こうとする。

「お、おい、お前ら!」

 制止する顧問の声は、理不尽に対する怒りと混乱に満ちた部員たちには届かない。

 悟志は抗議集団の中に混ざり、体育館を出たところでスッと流れから外れる。

 部長たちには悪いが、悟志は抗議などしても無駄だということを大地たちに聞かされて知っていた。

 それに、自分には参加する資格などないことも、よく理解していた。

(このまま帰るか……)

 こっそりと部室に戻り、荷物を持って学校を出よう。そう考えた。

 大地たちと合流して、自宅に戻り両親と今後の話をしなければならない。

 家を出て、鬼無里にあるという異能の学校に編入して、そして……。

(そして、どうするんだろうな?)

 分からなかった。

 バスケが楽しくて仕方なかった悟志は、自分からバスケを取ったら何が残るのか、何をするようになるのか想像もつかなかった。

 悟志はそこで考えることをやめ、踵を返して部室に向かおうとする。その背中に、

「おい、円堂」

 そう声をかける者がいた。

 声に振り向くと、そこにはバスケ部レギュラーの三年生、斎藤がいた。

「斎藤さん……」

 部長たちと共に校長室に向かったはずの先輩の登場に、悟志は少なからず動揺した。

「お前、さっきからなんか変だぞ。何か知ってるのか?」

「…………」

 部活が始まる前から滅茶苦茶なシュート練習をしていたことと、集団から離れて別行動しようとしていること。

 そして突然の大会への出場取り消しを受けて、斎藤は悟志に対して疑念を抱いていた。

 悟志が何かして、その結果大会に出られなくなったのではないかと。

 斎藤がそう疑い始めていることを、悟志は察知した。

(こんなこと、分からないほうがいいのに……)

 自らに宿った異能は、人の心を見透かす。

 それは単に相手の動きを読むものではなく、相手の不安や怒りといった負の感情も読んでしまうことに、悟志はこのとき気づいた。

「なんでだ⁉ 俺たちは勝ったのに、なんで県大会に出られないんだよ⁉」

 斎藤は三年生でレギュラー、大学のスポーツ推薦も狙えるはずだった。県大会にかける思いは部員たちの中でも一番だったかもしれない。

 しかし、県大会に出られないとなれば、推薦を取れる確率は大きく下がる。

 罪の意識を覚えた悟志だったが、それを説明するわけにはいかない。

「すいません。俺、何も知らないっす……」

 そういって歩みを進める悟志だったが、罪悪感は消えない。

 自分が異能なんかに出会わなければ。

 自分がレギュラーに選ばれなければ。

 自分が、この学校に来なければ。

 そう思わずにはいられなかった。

「待てよ! お前やっぱ何か知ってるんだろ⁉」

 斎藤の疑念は確信に変わりつつあり、逃げるような態度を取る悟志の腕を取って詰問する。

「ほ、ホントに何も知らないっす!」

「じゃあその態度はなんだよ⁉ お前が何かやらかしたから、大会に出られなくなったんじゃないだろうな⁉」

 斎藤の考えは大筋で間違ってはいなかった。

 しかし、大会への出場が取り消されたのは悟志の異能が原因ではあるが、そもそも地区予選を勝ち抜けたのは異能の恩恵であった。

 異能について口外することができない悟志には、それを説明することができない。

「さ、斎藤さん……!」

 斎藤に追い詰められる悟志の背後に、


「ん? お前、円堂か?」


 過去からの怪物が訪れた。


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