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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
旧友編
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旧友編10 友達の夢


『そう。間違いないのね?』

「はい。直接会ってはっきり分かりました」

 朝練に行くトシを送った後、話があるからと昼休みに学外で会う約束を取り付け、俺たちは分かれた。

 俺とネコメは近所の公園のトイレで私服に着替え、ヒガコーの近くにあるカラオケボックスにフリータイムで入室した。トシにも、昼休みになったらここへ来るように言ってある。

 リルはスクールバッグの中が居心地良かったのか、丸まって寝てしまっている。バレたら大問題になりそうだし、このまま寝ててくれ。

『支部に連絡して学校には手を回しておくわ。多分、数日で適当な理由をつけて県大会への出場が取り消されると思う』

 ネコメのケータイからスピーカーで聞こえる諏訪先輩の言葉に、俺は歯噛みした。

 円堂悟志は、異能混じりである。

 さっき会って、それがはっきり分かった。

 トシは特に何かに気付いている様子はなかったので、恐らく未だに自覚がないのだろう。

 俺だって最初は、耳や尻尾が現れるまでは自覚なんてなかった。

(これで……トシの夢は……)

 トシの夢、バスケで全国に行くことは、永遠に叶わなくなってしまった。

「はい。それでは、失礼します」

『うん。大地、余計なお世話かもしれないけど……』

 ネコメの報告を受けた諏訪先輩が、俺に言葉を向ける。

「なんすか?」

『……他の誰かより、あなたが伝えるのがいいと思うわ』

「…………はい」

 その言葉を最後に、通話は切られた。

 カラオケの狭い室内に、思い沈黙が流れる。

 通話の邪魔だと消音にしたカラオケ画面の中では、名前も知らないアーティストグループが何か話している。おそらく自分たちの曲の宣伝だろう。

 メジャーデビューして、有名になってCDをミリオンヒットさせる。そんな夢を持ちながら楽曲を作っていたであろう彼等は、その夢の一端としてこうして画面の中にいる。

 夢への足掛かりを、着実に進んでいる。

 そんなことが、たまらなく腹立たしかった。

「大地君、何か頼みますか?」

 経費で落ちるから、とネコメはメニューを差し出してくる。

 冷凍のクリームにイチゴジャムを乗せただけの安っぽいパフェ、レンジで温めただけの揚げたこ焼き。相場より高いメニューはどれも、喉を通りそうになかった。

「いらない」

「……そうですか」

 俺はいいから気にせず頼めよ、と促すが、ネコメも何も頼もうとしなかった。

「せっかくですし、歌いますか?」

「いいよ、気分じゃない。歌いたいなら好きにしてくれ」

「私、あまり曲とか知らないので」

 作り笑いを浮かべるネコメだが、無理をして盛り上げようとしているのが見え見えだ。

 ドリンクバーの薄い飲み物で喉を潤しつつ、ただ時間が過ぎるのを待つ。

「八雲ちゃん……」

 しばらくそうしていると、ネコメが沈黙を破った。

「八雲ちゃん、カラオケ行くと全然マイク離さないんですよ。私が歌ってても、勝手に入ってきちゃうんです」

「あいつ、そういうことしそうだな」

 東雲八雲、今は少し遠くに行っている、俺たちの友達。

 あいつがこの場にいれば、もう少し空気が良かったかもな。なんて益体も無い事を考えてしまう。

「多分、私にとっての八雲ちゃんみたいな人なんですよね。大地君にとっての円堂さんって」

「……そうかも、しれない」

 初めてできた、気を許せる友達。

 一緒に飯を食って、くだらない話で盛り上がって。

 趣味が合わなくても、性格が全然違っても、なぜか一緒にいると心地よい。

 そんな、不思議な関係。

「だったら少しだけ、大地君の気持ちも分かる気がします」

 俯き、プラスチックのコップに入ったオレンジジュースに目を落とす。

「私たちはこれから、大地君のお友達の夢を、壊すんですよね……」

「ッ‼」

 そうだ。

 俺はこれから、トシの夢を壊す。

 友達の積み重ねてきた努力を踏みにじるんだ。

「……なんで」

 自分のことなら、簡単に諦めがついた。

 異能専科に編入することも、成り行きで霊官を目指すことになったときも、割とあっさり受け入れられていた。

 でも、友達のことは、受け入れられない。

「なんで……トシが……‼」

 目元を覆い、奥歯を噛み締める。

 時刻は、午後十二時二十五分。

 トシからカラオケに着いたというメッセージが、俺のケータイに届いた。

「大地君……」

 心配そうに声を漏らすネコメに「ああ」と頷き、俺は部屋を出てフロントに向かう。

 フロントにはトシがいて、受付の人に先に友人が来ているという旨を説明していた。

「トシ」

「おう、大地。なんだよ、昼休みにわざわざ呼び出したりして?」

「中で話すよ」

 俺はフロントに伝票を出し、トシの分のフリータイムを追記してもらう。

「何飲む?」

「んー、コーラ」

 追加してもらったコップにトシのドリンクを注ぎ、部屋へ向かう。

「お前、泣いてんのか?」

 部屋へ向かう道すがら、トシはそんな事を言ってきた。

「……そんなんじゃねぇよ」

 やはり、無自覚に人の心象を受信しているのだろう。

 サトリとは、そういう異能なんだ。

「この部屋だ」

 俺はネコメの待つ部屋のドアを開け、トシを中に促す。

「座れよ」

 俺はネコメの隣に、トシは俺の正面に、テーブルを挟んで座る。

「改めまして、私の名前は猫柳瞳と言います。大地君のクラスメイトです」

 ネコメが自己紹介しながら頭を下げ、次いでトシも頭を下げる。

「あ、えっと、円堂悟志です。大地とは、中学の友達で……って、クラスメイト⁉ 大地、お前学校行ってんの⁉」

 予想外のところでトシは目を丸くした。

「ああ。色々あってな……」

 俺の話をするより、異能についての説明をした方が話が早いだろう。そう思って俺はトシに向き直った。

「トシ、大事な話があるんだ」

「……その、猫柳さんが妊娠したから、出産費をカンパしてくれって話か?」

 こっちが真剣な話をしようというのにふざけた事を言う悟志君に、本気で殺意が湧いた。

 ネコメはきゅっと顔を赤くして俯いてしまっている。

「……トシ、真面目な話なんだ」

 俺は語気を強め、トシを睨むように視線を険しくする。

 トシはその様子にはぁ、とため息を吐き、テーブルに肘をついた。

「分かるよ、なんかマジな話なんだろ? 分かるさ」

「…………そうか」

 そうだ、分かるんだ。

 詳しい内容までは予想できなくても、トシにはきっと、俺たちが重大な話をしようとしていることが分かる。

 俺たちの心情が分かるんだ。

 そしてそれが、自分にとっての明るい話ではないことも。

 手に取るように、分かるのだろう。



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