旧友編7 円堂悟志
俺、大神大地の中学時代を語るにおいて、外せない人物が三人いる。
その中でも最も付き合いが長く、俺の数少ない友人と呼んで差し支えないのが、円堂悟志だった。
中学入学時に学年で最も背が高く、三年間の中学生活をその高身長を活かしたバスケットボールに捧げてきた男。
人当たりがよく、だれとでも仲良くなれる男で、それなりに顔立ちも整っていたが、なんというか、性格が別方向に残念な男だった。
テンションが高く、お調子者。スケベで、他の友人の影響もあってアニメや漫画といった二次元やサブカルチャーにも詳しい。三枚目、とでもいうような男だった。
当時オヤジとの不仲が原因ですでに荒んでいた俺は、クラスでもロクに人とコミュニケーションを取ろうとしなかった。しかし、一年の一学期に席が前後だったというだけの理由で、円堂悟志はそんな俺によく絡んできた。
休み時間のたびにデカい図体で人の目の前に陣取り、肩を組んで笑いかけて来る。自分の好きなバスケや漫画の話をしてきて、俺が一言「面白そうだな」と相槌を打てば、翌日には頼んでもいないのに体育館に引っ張って行ったり、その漫画を全巻貸し付けてくる。
そんな円堂悟志のことを最初は疎ましく思っていた俺だが、次第にその裏表のない人柄の良さに惹かれていった。
俺もこいつのような性格になれれば、もっと上手く生きてこられたかもしれない。そんな憧れじみた感情もあった。
一度どうしても気になり、聞いてみたことがあった。
『お前、何でそんな俺に構うんだ?』
円堂悟志は人当たりがよく、友人も多かった。
にもかかわらず、クラスで浮いていた俺に事あるごとに絡んできた。
その理由が、知りたかったのだ。
『だってお前、いつもつまんなそうにしてんだもん。もうちょっと楽しそうにしろよ』
『はあ?』
大きなお世話だ。心からそう思った。
円堂悟志は人格者で、周りの人間にも恵まれていて、とにかく俺とは違う。生まれながらに幸せを約束された人間なんだ。
俺は家庭の事情で、明るく過ごすことなんてできない。そんな風に不貞腐れていた。
しかし、あるときアイツの話を聞いたとき、俺の考えは変わった。
アイツの家は小さな自動車工場をやっていたが、経営はあまり上手くいっていなかった。
両親は遅くまで工場で働いており、弟や妹の面倒は全て悟志が見ていたらしい。
家に帰っていなかった時期に悟志の家に泊めてもらったことがあったが、アイツは多忙だった。
夕方まで部活の練習に参加し、家に帰ってから家族の夕食を作る。宿題を片付けてから自宅の一階部分の工場で両親の仕事を手伝い、狭い裏庭でバスケの自主練をする。朝は早く起き、家族の朝食を作ってから部活の朝練に向かう。
そんな生活を続けながら、アイツは楽しそうに笑っていた。
『全部好きでやってるんだから、忙しいなんて思わねえよ』
狭い裏庭で俺とワンオンワンの真似事をしながら、アイツはそう言って笑った。
バカで、お人好しで、愚直で、真面目で、カッコイイやつだった。
やがて二年になり、俺はとある理由でサボりがちだった学校に真面目に通い始め、きちんと進路と向き合うようになっていた。
『お、大地はヒガコー受けんの?』
『まだ決めた訳じゃねえけど……トシは?』
『んじゃ、俺もヒガコーにするかな』
『真面目に決めろよ。お前ならもっと、バスケの強いとこ行きゃいいだろ?』
二年になり、円堂悟志、トシはバスケ部のレギュラーになっていた。
もっと好きなバスケに打ち込める環境に身を置くべきだと思ったが、トシは笑いながら首を振った。
『学費高い私立行く余裕なんかねえよ。それに、俺がヒガコーのバスケ部を強くすりゃいいだけだろ?』
そうして俺たちは、一緒の高校を受けることにした。
しかし、そこで俺の中学時代を語る上での二人目のキーマン、当時ヒガコーの一年生だった大木トシノリがとある事件を起こした。
その事件は俺とトシ、さらには多くの無関係の人間まで巻き込む大事件になった。結果、俺は以前にも増して家にも学校にも寄りつかなくなり、次第にトシとも距離を置くようになっていった。
後にトシは予定通りヒガコーに進学し、俺と最後に会ったのは今年の五月の頭。俺がリルと混じる二週間ほど前のことだ。
バイトの足を格安で譲ってもらうために、自宅の工場のジャンクから原付を一台組んでくれた。
『俺、そのうちバスケで全国行くからさ、新聞見といてくれよ』
『新聞?』
『一面ニュースになるよ。弱小県立バスケ部を全国に導いた天才ルーキーってな』
『それは、楽しみだよ』
そういって笑い合った日々は、俺の宝だ。
異能と無関係の、ただのガキだった頃の思い出。
そしてそんな思い出は、異能によって汚された。
アイツの夢、弱小公立高校バスケ部を全国に連れて行くという夢は、永遠に叶わなくなった。
過去編って難しいですね~