追憶編1 大神大地、十三歳
この辺り一帯には、有名な公立中学が三つある。
地域住民やPTAに『スリーS』などと揶揄されるその三つは、三光中学、佐久間ヶ丘中学、星央中学。その三校に共通する有名な点は、不良生徒の質が非常に悪いこと。
高校のように同等のレベルの者同士で集まるものとは違い、公立中学は地域ごとに、家に近い場所に行くのが一般的である。にも関わらず毎年不良生徒の数が一定を下回らず、しかもその質が最悪というのには、先輩生徒の悪いところをそのまま後輩が世襲してしまうという理由があった。
先輩の悪影響を受け、その影響を次の年にそのまま後輩に与える。そんなことを繰り返し、教師も解決策を見出せないまま、その三校は有名な不良中学になった。
今から三年前、その中の一つである三光中学に、とある生徒が入学した。
中学一年生にしては恵まれた体格を持ち、校則を最初から守る気のない金髪と着崩した制服。粗暴で刃の欠けたナイフを彷彿とさせる荒々しい目つき。
大神大地である。
入学式から一週間丸々学校をサボった当時の大地は、現在よりも五割増しで目つきが悪かった。席は教室の最後列の通路側で、授業中はほとんど空席。珍しく席にいるときも、寝ているか机に足を乗せて椅子をギシギシ鳴らしているかのどちらか。
無論そんな大地とはクラスの誰もが、担任の教師でさえも関わろうとしなかった。出欠の際に名前を呼ばれて返事をしなくても、授業中におもむろに立ち上がって教室を出ても、誰も大地を止めなかった。
教室にいれば緊張感が増し、いなくなれば空気が弛緩する。そんな破裂寸前の風船のような扱いを受けていた大地に、ある朝のホームルーム前、唐突に声をかける者が現れた。
「お前か、調子こいてる一年ってのは」
「…………」
教室に現れるなり、その男子生徒は大地を睨みながらそんなことを言った。それは三年生の、見るからに模範的ではない生徒。不良の上級生だった。
三年生は下級生のクラスにズカズカと足を踏み入れ、大地に詰め寄る。先月まで小学生だった一年生達にとって、中学三年生というのは途方もないほど圧倒的な存在。『大人』にも等しく見えるものだ。
当然クラス中は現れた三年生に気圧され、当人はそれによって萎縮する生徒を見て優越感に浸っている節まである。
「ウチじゃあお前みたいな一年は、まず先輩に挨拶するところから始まるんだよ。来な」
くいっと顎をしゃくり、三年生は大地を連れ出そうとする。しかし、当の大地は不機嫌そうに眉を顰め、相手が上級生であることなどお構い無しに不遜な態度を取った。
「それって、なんの決まりっすか? 生徒手帳のどっかにかいてあんすか?」
机の上に足を乗せ、後ろの二本の脚で椅子を支えながら、大地はふてぶてしく言い放つ。
その態度が気に入らなかった三年生の行動は、早かった。
足で椅子を蹴り、大地はバランスを崩して床に倒れる。大きな音が教室中に響き、巻き込まれないように見て見ぬふりをしていたクラスメイトたちの視線も集まる。
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。さっさと……⁉︎」
立ち上がるやいなや、大地は自分と一緒に倒れた椅子の脚を掴んで持ち上げ、躊躇うことなく三年生の頭を殴打した。
「ッ⁉︎ て、テメェ、いきなりなにを……!」
ガンッ、再びの殴打。三年生は倒れ、頭から出血した。
「全部こっちのセリフだタコ。人のことをなぁ、いきなりコカしといて、なにふざけたこと言ってんだコラァ⁉︎」
二度、三度と大地は椅子を振り回し、三年生の体を滅多打ちにする。
度重なる暴行に三年生が両腕で顔を守るようなポーズを取ると、大地は椅子を手放し、自分の机を持ち上げた。
「ひっ⁉︎」
教科書の類など一切入っていない机は軽かったが、それでも今まで殴打に使われていた椅子よりは遥かに重い。
まさか、と目を見開いた次の瞬間、大地は一切の躊躇なく、両手で持ち上げた机を三年生の頭に叩きつけた。
「っ⁉︎」
意識を失うまでは至らなかったが、その一撃で三年生の心は完全に折れてしまった。
大地は相手が戦意を失ったのを確認すると、硬直しながらも防御の姿勢を取る三年生の襟を掴み、ズルズルと引き摺って教室の端、ベランダ側に連れて行った。
数年前まで三光中学では校舎の一階に一年生、三階に三年生の教室があった。しかし、学年が上がるに連れて不良生徒の過激さも増すため、ベランダから机や椅子などが落ちてくるという事件が多発し、三年生と一年生の階を入れ替えることになった。
すなわち、大地が三年生を連れて行こうとしているベランダは、三階のベランダである。
「お、お前、何を……⁉︎」
「先輩の教室一階でしょ? わざわざ三階までご苦労さんです。帰りは階段使わなくていいようにしてやるよ」
ガラッと窓を開け、空き缶をポイ捨てするかの様な気軽さで、大地は三年生の体を窓の外に放ろうとした。
「や、やめ……⁉︎」
「死ねやカス」
自分と同等以上の体格である三年生を窓から放るために、大地は腰を落として体を引き、腕にありったけの力を込める。
三年生の襟を掴んだ腕を振りかぶった瞬間、大地の後頭部に強い衝撃が訪れる。
「っ⁉︎」
それが殴られた痛みだと気付いたのは、振り返った先に居た人物が拳骨を振り抜いていた姿勢で大地を睨みつけているのをみた時だった。
「お前、何をやっとるんだ大神!」
「…………うるせえよ」
ケンカと、それに伴う暴力。
相手が誰であっても不遜な態度を崩さないふてぶてしさ。
それが、十三歳の大神大地だった。




