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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
追憶編
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追憶編 プロローグ

 中学時代、俺こと大神大地は問題児とされていた。

 ケンカの相手を必要以上にブチのめし、いまだ病院から出てこれねえヤツもいる。イバルだけで能なしなんで気合を入れてやった教師は、もう二度と学校へ来ねえ。料金以下のマズいめしを食わせるレストランには、代金を払わねーなんてのはしょっちゅう。

 なんてことは流石に無いが、それに準ずる悪事をしてきた自覚はある。教師は確かに一人辞めたが、それは本人のせいだった。

 トシと再会した時にも蘇ってしまった記憶だが、そんな思い出したくもない中学時代を語る上で、外せない人物が三人いる。

 友人である円堂悟志。

 敵対していた大木トシノリ。

 そして、恋人の桐生香澄。

 何の面白味も無い三年間だったが、香澄と過ごした数ヶ月だけは楽しかった。

 本当に、本当に楽しかったんだ。

「以上でホームルームを終わります。みんな、改めてよろしくね」

 俺たちのクラス、一年一組の新しい担任として現れた香澄は、そう言ってホームルームを締めくくった。

 この後はロングホームルームを挟み、体育館で始業式をやって今日は終了だ。

「なぁ、大地……」

「香澄っ!」

 当時の事情を知るトシが声をかけるのを無視し、俺は一直線に教壇にいる香澄の元に向かう。ホームルームの間ずっとヤキモキしていて、もう居ても立っても居られない。

 自分が今どんな顔をしているのか、分からなかった。

 戸惑いに歪んでいるかも知れない。怒りに満ちているかも知れない。

 会えたことに、喜んでいるかも知れない。

「香澄…………!」

「大ちゃん…………」

 香澄は、微笑んだ。

 あの頃と変わらない、優しくて温かな笑み。

 その顔を見ただけで、俺は泣きそうになった。

「お前、お前、なんで……!」

 何て声をかけるつもりだったのか、自分でも分からない。

 何でここに、異能の学校に香澄がいるのかと問いたかったのか。

 それとも、どうして俺の前からいなくなったのかを問い正そうとしたのか。

「…………うん。少し、話そうか」

 そう言って香澄は教室を出る。俺はリルに教室で待っているように言いつけ、トシにリルのことを任せる。香澄との話は、トシにもリルにも聞かれたくない。

「大地君、どうしたんですか?」

「桐生せんせーと知り合いなの?」

「お兄ちゃん?」

 何事かと近寄ってきたネコメと八雲、真彩に、俺は「悪い、また後で」とだけ言って香澄の後に続く。

「どこか、二人で話せる場所知ってる?」

「ああ、こっち」

 人に聞かれずに落ち着いて話ができる場所には、心当たりがある。生徒会役員用の部屋でもいいが、ここからでは少し遠い。あそこにしよう。

「……友達、多いんだね」

 歩き出してすぐに、香澄が口を開いた。ネコメたちのことを言っているのだろう。

「まあ、それなりにいる」

「名簿貰ったときはビックリしたよ。大ちゃんに、円堂君の名前まであるんだもん」

「俺も、トシが来たときはビックリした」

「あの幽霊の子、大ちゃんが助けたんだよね?」

「一応な。使い魔的な扱いだけど、妹みたいなもんだ」

「…………学校、ちゃんと来てるんだね」

「…………まあ、こんな学校だしな」

 並んで歩きながら、そんな話をする。

 時折歩調に合わせて揺れる手が触れ、その度に俺は、胸の中から何かが溢れそうになる。

 嬉しい。

 また香澄に会えて、こうして話が出来ることが、たまらなく嬉しい。

「ここなら大丈夫だろ」

 俺が話の場所に選んだのは、校舎と体育館の間にある空きスペース。編入した日に鎌倉たちに連れ込まれた、隠れ家的な場所だ。

「不良って本当にこういう所見つけるの得意だよね」

 呆れながら笑う香澄に「俺が見つけたんじゃねえよ」と笑い返し、俺は改めて香澄を見つめる。

 髪は短くなっているし、顔立ちも少し違う。老けたなんて言ったら烈火の如く怒るだろうが、歳を重ねたことで魅力が増していると思う。

「背、伸びたね」

 俺が見つめていたように、香澄も俺のことを見つめてそう言った。

 香澄は少し背伸びして、スッと手を伸ばし俺の頭を撫でる。まるで、子どもをあやすように。

 昔は簡単に届いた手が、今は背伸びが必要なくらいになってしまった。その事実が香澄と離れていた時間を実感させ、少し切なくなる。

「もう私より大きくなってる。それに、顔も昔とは違うね」

 俺と同じ気持ちが少しはあるのか、香澄は悔しがるように、少し乱暴な手つきになりながらも撫でる手を止めない。

「……自分じゃ、よく分かんねえけどな」

 照れ臭くて恥ずかしかったが、今ここには俺たちの他に誰もいない。もう少しだけ、こうしていて欲しい。

 やがて撫でる手が止まり、手は頭から俺の顔に。もう片方の手も顔に添えられる。

「…………!」

 香澄は俺の首に手を回し、強く抱き寄せた。

「香澄……」

「大ちゃん……! 会いたかった。ずっと、会いたかったよ……!」

「香澄……!」

 俺も、俺だって、会いたかった。

 香澄がそばにいてくれたら、俺はきっと真面目に生きていけた。普通に中学を卒業し、普通に高校にいっていただろう。

 だから、込み上げてくる喜びの中に、確かな怒りもあった。

「なんで……! なんでいなくなったんだよっ⁉︎ なんで、俺と一緒に、いてくれなかったんだよぉ……!」

 香澄の体を抱き、思いの丈を吐き出す。

「ごめんね……。本当に、ごめん……」

「香澄…………」

 香澄の体からは、良い匂いがした。

 ウェアウルフの嗅覚がなくても分かるであろう、甘くて懐かしい匂い。昔から俺は、この人の匂いが好きだった。

「実は、あのとき…………」

 香澄が俺の疑問に答えようとした、そのとき。

「っ⁉︎」

 常人以上の嗅覚が、異臭を捉えた。

「大ちゃん?」

 体を離し、匂いのする方を睨む。

「アイツら…………!」


 ・・・


 空きスペースにいる大地と香澄の様子を陰から伺いながら、悟志はこの場に来たことを酷く後悔した。

 視線の先には熱い抱擁を交わす友人と、その元カノ。悟志の隣には、同じように息を潜めながらネコメと八雲、真彩が二人の姿を見ていた。真彩は興味津々といった様子で。ネコメと八雲に至っては、なんだか、生気の失せた目で。

「…………」

 そろりそろりと、悟志はその場をゆっくり離れる。この場にいることが大地にバレれば無事では済まないし、目の死んだ二人からも何やら不穏な気配を感じたからである。

 一歩、また一歩と後退し、バッと踵を返して遁走を試みる。

 瞬間、足が何かに絡め取られ、地面にすっ転ぶ。

「どこ行くのかな、悟志くん?」

 いつの間にか展開していた糸を手の中でキリキリと鳴らしながら、八雲が悟志を見下ろす。遁走は呆気なく失敗した。

「ひぃ⁉︎」

 怯える悟志の視線の先には、首を斜に構えながら「あぁん?」と口を開ける八雲と、口を引き結び無言の圧をかけるネコメの姿。悟志には仁王像に見えた。

「悟志君、あの人は大地君の、何ですか?」

「か、勘弁してくれ! 下手言ったら大地にボコボコに……ッ⁉︎」

 シュッと首に糸を巻かれ、それ以上の言葉を止められる。

「言えば少なくとも今ここでボコボコにされることはないよ?」

(どの道ですか⁉︎)

 戦慄する悟志に、八雲とネコメがにじり寄る。後退しようにも、首に巻かれた糸のせいで逃げることもできない。

「ねえ、悟志くん?」

 八雲の本気が伺えるように、その瞳が赤く染まり、髪が金髪と黒の縞模様になっていく。ネコメもまた感情が昂っているのか、頭の上にぴょこっとネコミミが現れた。

 前門の八雲とネコメ(トラ)、後門の大地(オオカミ)である。

「やめろ」

 窮地の悟志に救いの手を差し伸べたのは、他ならぬ大地であった。この距離でウェアウルフの鼻を誤魔化せるはずがない。そんな初歩的なことでさえ、この時の二人は失念していた。

「だ、大地君……」

「あー、これは、そのー」

 言い訳しようと口籠る二人に嘆息し、大地は八雲に糸を解くようジェスチャーで示す。

 言われるまま八雲は糸を解き、悟志は解放されてホッと一息ついたのも束の間、大地の形相に再び戦慄する。

「大地、お、俺は止めたんだぞ?」

「……リルはどうした?」

「さ、里立ちゃんに……」

 大地は再びため息を吐き、不安そうに成り行きを見守る真彩、戸惑うネコメと八雲を一瞥し、静かにその場から立ち去ろうとした。

「大ちゃん……」

 その背中を、香澄が呼び止める。

「先に教室戻る。里立がぶっ倒れないうちにな」

 犬好きなのにアレルギーを持つ四季の身を案じ、大地は改めてその場を去る。最後にネコメ、八雲、真彩の顔を順に見て、悟志に諦めの混ざった言葉を掛けて。

「これ以上詮索されても面倒だし、話したきゃ話せ。ただ、俺の口からは何も言わん」

 そう言って立ち去る大地。その姿が見えなくなるまで待ってから、悟志はバツが悪そうに香澄に向き直った。

「いいよ。大ちゃんがああ言ってるし、みんな大ちゃんのお友達なんでしょ?」

 柔らかく微笑み、香澄もまたその場を後にする。残された四人はしばらくそこにいて、やがて悟志はゆっくりと口を開いた。

「これから話すのは、まあ、かなりプライベートなことで、本当は、本当に俺が言うべきことじゃないんだ。それに、俺自身が直接見た訳じゃない話も含むから、全部が全部俺の認識通りとも限らない」

 それでもいいか、と問う悟志に、三人はしっかり頷いた。

「……昔の大地は、今とは比べ物にならないほどイカれてた。見た目も中身もな。そんな大地が唯一心を開いてた大人が、教育実習に来てた桐生ちゃんだったんだよ」

 そして悟志は語り出す。

 大神大地の過去を。

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