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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
244/246

夏休み編 エピローグ

 宿題。家庭学習。言い方は様々だが、用は放課後や休日に家でやる勉強のことだ。

 大学の課題やレポートならともかく、復習レベルの宿題には学力向上に繋がるほどの成果は得られないというのが最近の見解らしいが、そこは頭の硬い学校という組織。どんな研究成果が出ても、宿題が無くなるなんてのはまだまだ先のことだろう。

 当然、異能専科の夏休みにも宿題がある。あったのである。

 夏休みに入ってからの俺は、結構多忙だった。

 補習で他の人より休みの始まりも遅かったし、序盤には生徒会の仕事やら異能の訓練もあった。

 真彩のことと、たたりもっけや大日異能軍との事件に、予定外の東京旅行。そのあとはすぐに海に行き、帰ってみればこのザマだ。

 宿題のことはスポーンと頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

「……あのさ、写させてくれるとかあってもよくない?」

「ははは。やってないものを写させてやれる訳ないだろう?」

 旅行から帰ってそのまま二徹して、夏休み最終日の夕方になってようやく宿題を片付けた俺は、鬼無里の異能専科に戻ってきた。約三十日分の宿題をたった二日半で終わらせた俺は、正直言ってボロボロだった。精神的には戦闘の後よりキツい。

 心配してくれた小月と真彩に状況がよく分かっていないリルの世話を丸投げし、時折寝落ちも挟みながら四苦八苦して宿題を終えたというのに、寮についてみればルームメイトはこの態度だ。俺と同様に宿題をやっていなかったトシは、『忘れたというよりそもそもやる気がありません』のスタンスでベッドに寝そべってジャンプを読んでいる。腹立つ。

「リル、噛め」

『オウ!』

「なんでだよ⁉︎」

 トシのいる二段ベッドの上段にリルを放り込み、慌てた隙にジャンプを掻っ攫う。まだ読んでなかったんだよね。

「いてててて! やめろリル公! おい、やめさせろ大地!」

「静かにしてくれ。読書の邪魔だ」

「俺のジャンプじゃねえか!」

 宿題をやらずに夏休みを過ごした奴に『友情、努力、勝利』を語る資格は無い。

 ペラペラとページを捲るが、二徹の後ということもあり一気に眠気が襲ってくる。バスに乗る前にエナジードリンクを飲んできたのに、こりゃほとんど効いてないな。

「あ、そういや大地、真彩ちゃんは?」

 リルの顎に枕を噛ませて無力化し、トシはキョロキョロと辺りを見回す。ようやく真彩がいないことに気付いたらしい。

「真彩は、女子寮だ。まだ、部屋割り、決まってねえから、とりあえず、ネコメたちの……」

 マシュマロのような口調になりながらトシに答える。真彩は正式に異能専科に編入することになったが、編入先は自身の年齢に合わせたものではなく、俺たちと同じ高等部一年になった。

 いくら異能専科でも幽霊が在籍したという事例は無い。そのため当面の扱いは俺の使い魔ということになってしまったのは甚だ不服だが、柳沢さんも異例の采配の為に尽力してくれたらしいので贅沢は言えない。

「あ、そういやさっきクラスの奴に聞いたんだけど、新しい担任って若い女らしいぜ。しかもかなりの美人だとか」

「へー…………」

 やばい。本格的に眠い。

「若い女教師ってだけでも充分けしからんのに、オマケに美人とか……って、聞いてんのか大地?」

「んー……………………」

 トシの言葉に相槌を打つのも億劫になり、そのまま俺は睡魔に敗れ、瞼を閉じた。


 ・・・


「あんの薄情者っ!」

 目を覚まして、ケータイで時間を確認して、ソッコーで身だしなみを整えて、着替えて、未だ夢の中のリルを抱えて部屋を飛び出す。ここまで五分。

 二学期初日から、思いっきり寝坊した。

 夏休みのクセでケータイのアラームをセットし忘れていた俺も悪いが、それでもトシの奴は薄情過ぎる。起こしてくれてもいいだろう。

 ホームルーム開始は九時で、時刻は既に八時五十六分。予鈴も鳴っていて、普通なら遅刻確定だ。

「リル! 起きろリル!」

『うにゅ?』

 そう、普通なら遅刻。生憎と俺は普通じゃない。

 そもそも本当に遅刻確定ならここまで焦って部屋を出たりしない。ギリギリ間に合う可能性があるから、焦っているのだ。

「異能使うぞ!」

『なんで⁉︎』

 寝起きのリルには悪いが、事は正に一刻を争う。同意も待たずに異能を発現し、階段を無視して寮の窓から飛び降りる。

「っ!」

 普通なら怪我する高さでも、異能を使っていれば大した事はない。俺は着地と同時に駆け出し、既に全く人気の無い校舎への道を疾走する。

『なんなんだよ大地!』

「寝坊した! 初日から遅刻したくない!」

 頭の中で非難の声を上げるリルに雑な説明をし、校舎に飛び込んで靴を履き替える。ここにも全く人気が無い。みんな時間通り真面目に登校してんだな。

「よし、ここからなら……!」

 中庭に出れば二階にある教室は目視できる。ベランダのような物ないが、幸い異能専科は高い標高によって市街地より気温が低く、エアコンのような設備が無い。つまり、この時期なら窓が開いている。

 俺の所属する一年一組の教室の窓までは、およそ五メートル。届かない高さじゃない。

「よしっ!」

 意気込んだ瞬間、ホームルーム開始を告げるチャイムが響いた。チャンスは一度。失敗は許されない。

「オッラァ!」

 助走をつけて全力で異能を発現し、大きく飛ぶ。

 届いたのは僅かだったが、教室の窓の縁に人差し指と中指が掛かった。

「ふんっ!」

 指で懸垂し、窓枠まで体を浮かせる。オリンピックの体操で行えばメダル確実の動きだ。

「ギリギリセーフッ!」

 チャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に窓から体をねじ込み、着地と共にセーフのポーズ。

『…………』

「あー、お騒がせしましたー」

 クラスメイトたちの奇異の視線を全身に浴びつつ、異能を解除してそそくさと席に座ろうとする。

「大地……! おい大地……!」

 足元に現れたリルをおすわりさせていると、隣の席からトシが小声で話しかけてきた。

「ん?」

 トシは驚いているやら焦っているやら、妙な顔で教室の前方、黒板側を指差している。

 俺はトシの指差す方を、教室をぐるりと眺めるようにして向いた。

 ネコメ、八雲、里立、鎌倉、目黒、石崎、休み中も絡みのあった連中から、久し振りに顔を見るクラスメイトまで。そこには夏休み前と同じ、異能専科の一年一組の面々が揃っている。

 その中に一人、異物がいた。

「アウトです。それにその入り方、危ないよ」

 出席簿にチェックを入れながら俺をたしなめたのは、トシの言っていた新しい担任。スーツ姿の若い女だった。

 ホームルームが始まる前から、黒板に名前を書いて自己紹介の最中だったのだろう。

 書かれたその名前を、俺は知っている。

「……本当に、キミだったんだね」

 ドクン、早鐘のように心臓が跳ねる。

「か、か…………⁉︎」

 記憶にあるより短く切り揃えられた黒髪と、少し歳を重ねて『大人の女性』になった顔。

 一瞬だけ懐かしむように目を細めたが、すぐに黒板に向き直ってしまい、その顔を伺うことができなくなる。

 その姿が、あまりにも鮮明に俺の記憶を刺激した。

 もう振り返ってくれない。

 もう笑いかけてくれない。

 もう会えない。

 また、会えなくなる。

 そう思ったとき、思わず口から彼女の名前が溢れた。

「かすみ……?」

 俺の呼びかけに、彼女は振り向いた。

 その人の名前は、桐生香澄。


「…………久しぶりだね、大ちゃん」


 桐生香澄。歳は確か、今年で二十三歳。

 職業は教師。前からそうなりたいと言っていた。


 俺の、恋人だった人だ。


1年半にも及ぶ長い長い夏休みが終わりました。

飽きずに着いてきてくれた皆さん、本当にありがとうございます。


次回から新章です。

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