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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
242/246

行楽編46 ヘルの攻略法

 ヘルは、内包する異能が無くなれば、自然に消える。

 異能の供給を受けられない幽霊がやがて霧散するように。雪女の寿命が人間のそれより遥かに短いように。

 不完全な蘇生体であるヘルは、自然に消える。

「つまり、ヘルの蘇生、命への干渉は不完全で、お前の込めた異能が切れればヘルは死ぬんだな?」

「死ぬ、というのは正確ではないね。なしにろヘルは既に死んで……」

「言葉遊びはどうでもいいんだよ。でも、それって可能なのか? アイツは何百年も異能を切らさずにいたってことだろ?」

 ヘルはロキとアングルボザが異能を込めたことで動いている。蘇生が行われたのが神話の時代なら、とんでもない量の異能を内包しているってことだ。

 正直、どうやって異能切れを起こさせるのか、検討もつかない。

「彼女と相対した時、それほど強い異能を感じたかい?」

「え? いや、そこまで強いとは……」

 ヘルから感じた異能は、異質ではあったが強大ではなかった。異能者特有の気配、その大きさで言えば、間違いなく今の真彩より小さい。

「そう、ヘルの異能は決して膨大ではない。長年異能の濃い異界にいたことで、内に込められた異能を消費していないだけなんだ」

「えっと、それって水中で水が蒸発しないのと同じか?」

 ロキが頷く。なるほど、異能の濃い時代に幽霊が身近にあったのは、現代とは幽霊が消える期間が違ったってのもあるのかもな。

「つまり、異能の薄いこちら側で戦いを続ければ、そう遠くないうちに、異能が切れるのか」

「ああ。腐敗の権能を行使するだけでは自然に霧散するのと異能の消耗はさして変わらないが、今の彼女は異能術を覚えている。内包した異能の量が自然回復しない以上、異能術を用いて戦えば、いずれ必ず切れる」

 その理屈だと、戦闘に関わらず異能術を使えば切れるんだな。是非たくさん異能術を練習して欲しい。あわよくば戦う前に消えてくれるように。

「覚えているって、もともと使えなかったのか?」

「彼女の内包するマナには限りがあったからね。マナを消費してしまう魔法、今で言う異能術は教えなかった。こちら側に戻って来てから教わったのだろう。大日異能軍には優秀な魔法使い、君たちの言う異能使いがいる」

 誰だか知らんが、余計なことをしてくれたもんだ。ただでさえ厄介なヘルに、異能術まで教えるなんて。

「お前、ヘルの中で大日異能軍の動向を見てたんだろ? そっちも教えてくれ」

 ヘルも大きな問題だが、それ以上に厄介なのはやはりヘルを使役している大日異能軍だ。奴らの目的、それに構成メンバーやアジトなど、知りたいことは山ほどある。

「話してあげたいのは山々だが、残念ながら私もそれほど多くを知っている訳ではないんだ。この国の地理には詳しくないからアレがどこだったのかは分からないし、彼らはいつでも例の外套を着ていて、よく見えないからね」

 例の外套、異能による認識を阻害する、あれか。あの外套はトシの読心だけでなく、俺の嗅覚やネコメの聴覚といった異能による知覚の全てを阻害するらしい。

「場所も顔もほとんど分からない。それに、ヘル自身にも多くは語られていないんだよ。彼女は兄に、君に会わせるという言葉だけで大日異能軍に与しているからね」

「……それが、ヘルの目的か?」

 兄に、俺とリルに会うことが、ヘルの目的。

 会って何をしたいのかは知らないが、アイツのターゲットになるのは俺たちってことか。

「兄妹が会いたがることに理由は要らないよ。親が子の顔を見たいことに理由がないようにね」

 そんな理由でテロや殺人に加担するとか、浅慮にもほどがあるだろ。

 何も考えていないのか、あるいは、長い時間の中で考えられなくなってしまったのか。

「…………そろそろ夜明けだ。お別れの時間だよ、マイボーイ」

 ロキがそう言うと、世界の白が急激に濃くなっていく。以前と同様の、この世界からの離脱の前兆だ。

「おい、ちょっと待てよ! まだ山ほど聞きたいことが……!」

「どうせ一切覚えていられないよ。自力で情報を集めたまえ」

「ひと事だと思ってこの野郎!」

 簡単に言ってくれるが、事態はいつ動くか分からないんだ。

 一日も早く、一つでも多くの情報が欲しい。

 ロキは腕を組んで少しだけ考える素振りを見せ、「ああ」と手を打った。

「そういえば一つだけ。彼らはたたりもっけを集める前にこんな会話をしていたよ。『祭りの前に、なるべく戦力を揃える』とね」

「ま、祭りだと?」

 それは異能専科の祭り、学園祭のことか?

 学園祭は八つある異能専科の全てで同じ日に開催される。異能専科の卒業生や支部の霊官も集まる日に事を起こすとは考え辛いが、逆に言えば異能者が集まっている日でもある。霊官に勝る戦力を有しているなら、それは大きな打撃になるぞ。

 何より、学園祭は普段異能者しかいない異能専科に、父兄などの一般人が訪れる日でもある。ただ襲撃に対処するのと、異能を持たない一般人を守りながら戦うのとでは、意味が全然違う。

「せめて、どの学校を狙うとか、場所は言ってなかったか?」

「言っていなかったが……もし八校全てをターゲットにしているなら、それは恐るべき戦力だね」

 さすがにそれは無いだろう。プロの霊官やその候補が何人もいる異能専科一つだって、十人やそこらで落とせる戦力じゃない。全国八ヶ所に戦力を分散するなんて、できるとは思えない。

「何とかして、学園祭が狙われてるかもって情報だけでも持って帰れないかな…………」

 大崎さんを始めとする支部長も、学園祭の開催には懐疑的だった。警備を怠るとは思えないが、狙われている可能性が高いのなら、やはり中止も視野に入れるべきだろう。

 それもこれも、俺がこの情報を持ち帰らなければ意味が無い。

「腕に文字を刻むのはどうだい? スタンド、ベイビーみたいな感じで」

「マジでどこで仕入れてくるんだよ、そういう知識……」

「ラリホー」

 呆れる俺と、戯けるロキ。こいつマンガとか好きだよな。

 しかし、今のはいいアイデアかもしれない。この世界での変化は、現在の肉体にも多少の影響を与える。サインペンで書くくらいじゃダメだろうが、傷として文字を刻んでそれを消さなければ、目が覚めてもミミズ腫れくらいは残るかもしれない。

 俺はイメージでナイフ……は扱い辛そうだったのでやめて、彫刻刀を出す。こっちの方が細くて使い易そうだ。

「随分イメージを使いこなせるようになってきたね。異能を使うのも、スムーズになってきたんじゃないかい?」

「え? あー、あんまり実感ねえけど…………」

 以前ほど気張らずに使えているような気もするが、単に異能を使うことに慣れただけのような気もする。そもそも、前にここに来てから異能を使っての戦闘って二、三回だろうし。

 そんな話をしながら左腕の袖を捲り、抵抗感を飲み込んで、腕に彫刻刀を突き立てる。

「痛ってぇ……!」

 当たり前だが、痛い。体内に異物が刺さる感触に、焼かれるような激痛。超痛い。

 あまり多くは刻みたくないので、シンプルに『祭』とだけ刻む。これを見れば、何かしらの記憶は蘇ると信じたい。

「さて、そろそろ本当にタイムリミットだ。次いつ会えるかは分からないが、それまで元気でね、マイボーイ」

「あ、ああ。その……色々ありがとう。覚えていられないかもしれないけど、助かった」

 一段と、世界の白が濃くなる。肉体の目覚めが近いのだろう。

「またね、マイボーイ。今度こそパパンと呼んでおくれ」

「オヤジと呼ぶ事はあっても、その呼び方だけは絶対しねえよ」

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