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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編45 異界

「この国にもそういう昔話があるだろう。君たちが病院で話していた、迷い家もその一つだ」

「迷い家……」

 迷い家、異界。異能という超常を経験した身でもそんなものがあるなんて信じられないが、この期に及んでロキが嘘を言うとも思えない。

 異界、ここではない世界は、存在するのか。

「それは、どういう世界なんだ?」

「うーん、質問が抽象的で、どう答えたものかね。私も行ったことがある訳じゃないし、『こことは違う世界』としか言いようがないよ」

 お前も行ったことねえのかよ。

「なんだよそれ? 本当にあるのか?」

 聞いたことはあっても、見たことも行ったこともない世界。そんな場所の存在を信じろなんて、少し無理がある。

「あるのは間違いない。しかし、行ったことがある人間など、歴史を遡っても数えるほどだろう。浦島太郎や舌切り雀のお爺さんに話を聞ければ早いだろうが……」

 話になんねえな。

「…………ヘルがその、異界への移動を行なっているという根拠は?」

 ここまで説明してくれたロキには悪いが、異界の存在はあまりにも曖昧だ。まだヘルが瞬間移動できるって方が納得できる。

 ヘルが異界から来て、異界に帰って行ったというなら、その理屈を知りたい。

「伝承にもある通り、ヘルは冥界と呼ばれる場所と自由に行き来できる。長い歴史の中で間違って伝わってしまったが、冥界とは死後の世界ではなく、異界のことなんだ。ヘルの左半身は、その異界にある」

「っ⁉︎」

 ヘルの半身が、異界に?

 つまり、それがヘルの腐った左半身の秘密ってことか?

「さっきも言ったが、空間干渉には二箇所からのアプローチが必要。ヘルの空間干渉は、こちら側の右半身と、あちら側の左半身で行われているんだよ」

「あの腐った左半身が、その異界の証明とでも言いたいのか?」

 ギリギリで絞り出した結論に、ロキは頷きを返してきた。

「異界はこちらよりも異能が濃いのだろうね。その異界をホームにすることで、異能の薄くなったこちら側とも行き来できているんだ」

「…………」

 こちらの世界と異能の濃い異界。二箇所にヘルの体があるなら、今までの話を総合して、異界との行き来のための一応の理屈は通るように思えるが、矛盾がある。

 ヘルは最初、何を足掛かりにして異能の薄いこちら側へのトンネルを繋げたのか。

「最初は、誰かがヘルをこっちに呼んだってことか?」

 もともと異界にいたヘルにこちら側にいた誰かが呼び掛け、ヘルがそれに応えて異界とのトンネルが繋がった。その後は左半身を異界に残すことで自由な行き来が可能になった。そう考えるのがしっくり来る。

「…………」

 ロキは答えない。誰が呼んだのか分からないってことはないだろうに。

「いや。誰が呼んだのかなんて、聞くまでもないか」

 決まっている。大日異能軍だ。

 奴らが異界にいたヘルを戦力として呼びつけた。そう思ったのだが、

「いや、違うよ」

 ロキは、否定の言葉を口にした。

「じゃあ、誰が?」

 反射的に口から出た疑問。その答えに、俺は頭の中が真っ白になった。


「リルだよ。あの子が生まれたから、ヘルはこちら側に干渉するきっかけを得てしまったんだ」


「え?」

 間抜けな声を漏らし、言葉の意味を反芻するのに数秒を要する。

 そして、言われた言葉を理解し切る前に、ロキは言葉を重ねる。

「何の因果か、リルは初代フェンリルの生き写しのように色濃く異能を持って生まれた。フェンリルとの縁、兄妹という繋がりを辿って、ヘルはこちら側に戻って来たのだろう。そして、ヘルを発見した大日異能軍にスカウトされて、君たちの前に現れた」

「そんな、リルが…………」

 リルが生まれたから、ヘルは現れた。それじゃあまるで、ヘルの被害の責任がリルにあるようではないか。

 言葉を詰まらせた俺を気遣うように、ロキは手振りを交えて更に続ける。

「誤解がないように言っておくが、これは決してリルの責任ではない。全ての責任は、ラグナロクでヘルを遺してしまった私にある」

「遺したって……」

 確かに、ヘルには死の記述が無い。フェンリルとヨルムンガンドは死んだが、ヘルは生き残った。言わばロキの遺児だ。

「なんでそれが、お前の責任なんだよ?」

「私はヘルの最後を見届けてから死ぬべきだった。それが、()()()()()()()()私とアングルボザの責任だ」

 ヘルを、蘇らせた?

 コイツは何を言っているんだ? さっきから話が矛盾しまくっているではないか。

「お前、千年も幽霊やってて頭おかしくなったのか? さっき自分で、死んだやつは生き返らないって言っただろ?」

「非干渉への疑似的なアプローチは昔からある、とも言ったろう? 一時的な蘇生や疑似的な生命創造は、それほど難しくない。雪女のルーツも、その一つだ」

「雪女って……⁉︎」

 思い出した。

 マシュマロの実家で聞いた、雪女という異能生物の始まり。

 雪女は、氷を操る異能者が作った分身に意思が宿ったものが始まりだと、そう教わった。

 意思を持った分身が子孫を残して、雪女という異能生物は確立された。

 それは正に、命への干渉。生命の創造だ。

「なんで……? 命は、作れないんだろ?」

「厳密に言えば『命を作った』というわけではない。氷で形作った人形に、膨大な異能を込めた。もしそこに何かしらの因子、例えば、人間の体を構成していた脳や臓器を混ぜれば、氷をベースにしたホムンクルスになる可能性はある」

「ホムンクルス……確か。人造人間のことだったか?」

 人の手によって作られた、人工の人間。

 雪女は異能生物より、そのホムンクルスとやらに近い存在なのか。

「私たちは三体の怪物を作るとき、様々なものを媒介にしてそれに異能を込めた。フェンリルは狼、ヨルムンガンドは蛇。そしてヘルは、異界から持ち込まれた土と、アングルボザの子どもの遺体を使ったんだ」

「い、遺体?」

「ああ。私もまた、命への干渉を試みていたんだ。試験的な死者の蘇生。異界のモノを媒介にすれば可能かと思ったが、完全な成功には至らなかった」

 いや、成功には至らなかったって……。

「成功、してるだろ? ヘルは今も生きてるじゃないか」

 ヘルが生まれた、蘇ったのは神話の時代。今から何百年も昔だ。

 そんな大昔から生き続けているヘルが、失敗なはず無い。ヘルの存在はロキが非干渉を超越した証ではないか。

「生きていないんだよ。ヘルは生まれた時のまま、死んだままなんだ。アレは土と遺体を混ぜて異能を込められただけの、動く死体だ。私たちが込めた異能を失えば、土と遺体に戻るだろう」

「う、動く死体だって? いや、ヘルはあんなにしっかりと…………」

 しっかりと、動いている。しかし、それは生きているわけではないというのか?

「簡潔に言おう。ヘルを倒すのは容易い。内包する異能が無くなれば、あの子は自然に消えるんだ」

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