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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編41 魂の行方

 真っ白な空間にテーブルが一つ、椅子が二つ。俺とロキは対面に座り、紅茶の満たされたティーカップを挟んで向かい合う。紅茶と言ってもイメージでポンと出されたものだが、話し合いの雰囲気作りには役に立っていると思う。

「重ねて言っておくが、私が君の中にいるのはあの仔、フェンリルの影響ではない。今のこの私は、ヘルの中に残っていた私だ」

 カップを傾け、ロキはそう切り出した。俺も口を開く前に喉を潤すが、なんとも雑な味の紅茶だ。諏訪先輩の淹れてくれたものとは月とスッポンだな。

「ヘルの中のロキが、何で俺に?」

 苦くも甘くもない紅茶を飲み込んでそう返すと、ロキは組んだ手をテーブルに乗せてゆっくりと語り始めた。

「順を追って話そう。私が生前に己の魂、君たちの言う異能を分け与えた数は全部で四つ。フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル、そしてスレイプニル。皆私の可愛い子ども達だがナリとヴァーリには残せなかった。もっとも、ヴァーリはとんだ親不孝者になってしまったがね」

 ヴァーリはロキがシギュンとの間にもうけた二人の子の一人で、長い間ロキを拘束する要因となったモノだったはずだ。

「それは自業自得だろ。お前は北欧神話じゃ完全に悪役なんだし」

「それは私が負けたから悪役になったというだけのことさ。私がアース神族を滅ぼして勝利を収めていれば、私は善神で悪神はオーディンたちの方だった」

 それはまあ、そうかも知れない。

 歴史とは勝者が紡ぐもので、当時の思惑がどうであれ、後世には敗者が悪だったと伝わるものだ。正義が勝つのではなく、勝った方だけが正義を語れる。

「話を戻そう。フェンリルたちに残せて、ナリとヴァーリに残せなかった理由は、君なら察しがつくかね?」

「…………」

 フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル、スレイプニルの共通点。そしてナリ、ヴァーリとの相違点を考えれば、ある程度予想はつく。

「ナリとヴァーリは人間の異能者、文字通りお前の子ども。他の四体は、お前が作った異能生物だった」

「正解だよ、マイボーイ」

 俺の答えにロキは満足そうに頷いた。

 フェンリルは狼、ヨルムンガンドは毒蛇、ヘルは怪物、スレイプニルは馬。この四体の共通点は、人の形をしていたという記述が無いこと。

 神話を曖昧な御伽噺として見れば人から動物が生まれても不思議はないが、実際の歴史として見れば当然見方は変わる。

 ロキは皆を子どもと呼ぶが、血の繋がった実子という意味では、本当の子どもはナリとヴァーリだけということだ。

 だからこそ、異能生物である四体には生み出す際に己の異能を込めることができた。

「四つの魂の内、今も生きているのは二つ。フェンリルに残した魂は今代のリルにまで継がれているし、ヘルはまだ存命だ。ヨルムンガンドとスレイプニルに残した魂は、残念だがあの子達の死と共に消えてしまった」

「スレイプニルには子孫がいたはずだろ?」

 スレイプニルはオーディンの愛馬。確か、グラニという名の牡馬がスレイプニルの血を継いでいたはずだ。

「血は継いだが、残した魂は引き継がれなかった。今代まで残っている私の魂は、リルの中と、そしてヘルから君に移ったこの私だけだ」

「その、俺の中に移ったてのは、どういう意味だ?」

 話の大元はそこだ。俺とロキに直接の繋がりは無い。ロキのいるこの精神世界に俺が呼ばれるとすれば、それは本来リルも一緒のはずだ。

 俺だけがここにいる。俺の中にも、ロキがいる。

「先日ヘルと君たちが対峙した際、彼女の中にいたこの私は、ここ、君の中に移った。逃げ込んだと言ってもいい」

「逃げ込んだ?」

「ヘルの中に、既に私の居場所は無かった。あの子が私の存在に気付いていたのかは定かではないが、ともかくヘルは長い年月の中で私を拒絶してしまっていたんだ。君にはリルの影響で私との繋がりができていたので、ヘルから逃げ出した私を受け入れるだけの縁があった。そして私の魂は、君とリルを仲介して統合された」

 つまり、ヘルの中にあったロキAはリルの中にあるロキBと混ざって、俺とリルの中にそれぞれロキABがいるってことになるのか。

「それぞれの私が分けられてから見聞きした情報も統一された。だから私は、ヘルがラグナロクから今までどこで何をしていたのか、彼女が大日異能軍と繋がって何を成そうとしているのかを知っている」

「なんだと?」

 ヘルの、大日異能軍の情報。それは値千金、とんでもない情報源だ。

「大日異能軍のこと、教えてくれるのか?」

「それは構わないが……」

 前のめりになって情報を欲する俺に、ロキは口をへの字に曲げながら難色を示した。

「まあ、そうだよな…………」

 そうだ。ここでの記憶は、向こうには持ち込めない。

 ここでロキから大日異能軍の話を聞いても、目を覚ませば忘れてしまう。

「ぬか喜びさせるつもりはなかったのだが、そうだね、記憶というのは理屈のみで語れるものではない。ひょっとしたら、少しくらいは覚えておけるかも知れないよ」

「本当か⁉︎」

「ああ。人の脳、記憶とは細分化されているもので、一度忘れたからといって永遠に忘れているものでもない。現に君は、私から聞いた幽霊の概念を覚えていただろう?」

「そういえば、幽霊のことはお前に聞いたんだったな……」

 幽霊、人の異能の残留の話を聞いた俺は、真彩と初めて会ったときにもその話を覚えていた。ロキの存在や、ロキに聞いたという記憶は無いままで。

 人は他人との思い出を忘れても、そこで得た知識や学んだことは覚えていたりする。記憶喪失になった人も赤ん坊のようにならず、読み書きや計算ができるのと同じ理屈だ。

「可能性はゼロではない、という程度だが、話しておくよ。ヘルのことを」

 説明を始めようとするロキを「ちょっと待て」と制し、俺は先に気になっていることを聞いてみる。

「理由を先に聞かせろ。何でお前は、俺たちがヘルを殺せるように仕組むんだ?」

「…………」

 仮にも父親であるロキが、娘であるヘルを俺たちに殺させる。そこには何かしらの理由があるはずだ。

 息子であるリルに肩入れしているというなら一応の筋は通るが、それならば倒す道ではなく、ヘルを仲間に引き込むように促してもいいはずだ。

 ロキは自らの意思で、ヘルの死を望んでいる。しかし、ヘルを嫌っている様子は無い。

「……ヘルは、この世界にいてはいけない。死を撒き散らすことしかできないあの子は、消えるべきなんだ。本来それは親である私の役目だが、今の私にその力は無い。せめて肉親である君たちの手で、そう思ったんだよ」

「死を、撒き散らすか…………」

 触れたものを腐らせる半身。それは人も動物も植物も区別なく、その命を朽ちさせる。

 生態系、命のバランスを一人で崩してしまう力。

「生みの親としての責任を果たせないことを心苦しく思うよ。だからこそ、君にはできる限りの助力をしたい」

「分かった。聞かせてくれ、ヘルのことを」

 ロキは紅茶で口を潤し、語り始めた。

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