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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
236/246

行楽編40 真夏の夜の明晰夢

「モテるね、マイボーイ」

「……………………」

 目を開けるとオヤジがいた。否、オヤジと同じ顔をした胡散臭い男がいた。

 辺りを見回すと、真っ白なだだっ広い空間。そこには不釣り合いに豪奢な椅子とテーブルがあり、諏訪先輩の好みそうなティーセットが用意されている。

「私だって長い人生で間に子をもうけた相手は三人だというのに、マイボーイは中々どうしてプレイボーイでもあるんだね。パパンとしては嬉しいやら不安やら、複雑な気分だよ」

 ネコメとのことを言ってるんだろうな。見てやがったのかよ、あのやり取り。

「おい待て、プライベートなことだぞ! それも俺だけじゃなくて、ネコメの……!」

「どうせ私は君たちにしか干渉できないんだ。息子をからかう話のタネくらい提供してくれたまえよ、マイボーイ」

 嫌だな、コイツに四六時中見られてるの。すっげー嫌だ。

「しかし、あの状況で抱かないとは、マイボーイは不能なのかい?」

「ふざけたことぬかすな! 抱けるかよ、あんな状況で」

「据え膳食わぬは男の恥とは、この国の諺だろう?」

 どこで仕入れるんだろうな、日本の諺の知識なんて。少なくともコイツが生きていた時代にはそんな言葉無いだろ。あったとしても北欧まで伝来しているとは思えない。

「それで、なんの用だよ、ロキ?」

「パパンと呼んでくれたまえよ、マイボーイ。父親が息子と会うのに、顔が見たい以外に理由がいるのかね?」

「…………」

 この問答は無駄だな。前回でそれは明らかになっている。

 ここは俺とリルの精神の中。そしてコイツは、リルの父親、北欧神話の邪神ロキ。と言っても本人ではなく、リルの中に残された異能の残滓。真彩とは違うが、幽霊のようなものだ。

「ここのこと、完璧に忘れてたな。なのにお前のツラ見たら一気に思い出した」

 夏休みの最初、成長した異能をコントロールするために、俺はこの場所でリルと一緒にロキと戦った。生徒会の地下室で目を覚ましたときには何も覚えていなかったのに、今はまるでついさっきのことのように思い出せる。

「そういうものだよ。ここの記憶は一方通行だから、また目覚めれば同じように忘れてしまっているだろうがね」

「そういやリルは?」

 ここは現実と違い、当人のイメージで姿形や知覚できる情報が変わる。前に来たときは最初俺は全裸で、リルのこともイメージするまでは見えなかった。今回は二回目で慣れたのか服は寝る前に着ていた旅館の浴衣、しかし、キチンと意識しているのにリルの姿が見えない。

「あの子とは今、離れて寝ているのではないかな?」

「ああ、確かに」

 リルは小月と一緒、今夜は諏訪先輩とマシュマロと同じ部屋で寝ている。

「同じ部屋か、せめて隣の部屋くらいでないと一緒には呼べないよ」

「そういうもんか。って、それはおかしくないか?」

 納得しかけて、違和感に気付く。

「おかしい?」

「だってお前はリルの中にいるんだろ? なんで俺とリルが離れてたら、俺の方に出てくるんだ?」

 ロキはリルの中に残された残留思念。リルの中に出てくるなら分かるが、俺を単独でここに来るのはおかしい。

「やっぱり頭が切れるね。その違和感に気付くとは」

 ロキは愉快そうに笑いながらしきりに頷く。

「はぐらかすなよ。どんな理屈で俺だけを呼べるんだよ?」

「答えは簡単さ。今のパパンはあの仔の中ではなく、君の中のパパンだからだよ、マイボーイ」

 意味不明の言葉に、俺は首を傾げる。

「俺の中? なんで俺の中にお前が……」

「ヘル。あの子と会ったんだろう?」

「っ⁉︎」

 ヘル。大日異能軍の先兵として俺たちの前に現れた、体の半分が腐った化け物。

 フェンリルの妹にして、ロキの娘。

「私は生前、自分の子ども達に己の魂を残した。当然、あの子の中にも私はいた」

「…………アレは、やっぱりヘル本人で間違い無いんだな?」

 俺の問いにロキは確かに頷いた。俺は直感的にアレが子孫やその力を継いだ異能混じりではなく、ヘル本人であると確信していたが、裏が取れたな。

「聞きたいことは山ほどあるだろうね。ラグナロク以降ヘルがどこで何をしていたのか、なぜヘルが敵として君たちの前に立ったのか。しかし、前にも言った通りここでの記憶は向こうに持ち込めない。君たちは自力で答えを見つけるしか無いんだ」

「……それはいいが、俺は多分アイツを倒すぞ。場合によっては殺す」

 ヘルの思惑も行動理念も、俺は知らない。ここでロキに聞いても、覚えていられない。

 それでも確かなことは、アイツが俺たちの敵、大日異能軍のメンバーであるということ。

 異能軍も目的の知れない連中だが、異能を使って良からぬことを、それも人の命に関わるようなことを平然とやっている連中だ。

 霊官として対峙すれば、恐らく命のやり取りになる。

「そうなるだろうね。いや、むしろそうなることを私は望んでいる」

「……どういうことだ?」

「前に言った、心残りのことさ。私は、ヘルに相応しい死に場所を与えてやれなかったからね」

 ヘルの、死に場所。

 北欧神話において、ヘルには死の記述が無い。そもそも生まれたときから半分死んでいるヘルには、死の概念が当て嵌まるのかも微妙だ。

 しかし、神話とはいえ所詮はただの昔話。神もその子も、ただの異能者や異能生物だ。死なないなんてことはあり得ない。

「ここでの記憶はどうせ消える。しかし、話しておこうと思ってね。私が君たちに、なにを望むのか」

 そう言ってロキは椅子を引き、俺に座るよう促した。

「ゆっくり話そう、マイボーイ。お茶でも飲みながらね」

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