行楽編36 水着回
「俺はこの日を待っていた」
旅館の朝食は美味い。特に山水館は海の近くということもあり、朝から刺身が出たのでついお代わりまでしてしまった。
三馬鹿は朝食を食べてすぐに各々の家や仕事に戻り、俺とトシと烏丸先輩は男子部屋に戻って着替えだ。
「俺はこの日を待っていた」
「…………」
「…………」
トシってメンタル強いよな。普通は一回スルーすれば天丼ネタとして不成立だって理解してくれると思うのだが。
「俺はこの日を……!」
「そうか、分かった、もういい。烏丸先輩、こいつ置いてきましょう」
「そうだな。縛るか」
「澄ましてんじゃねえよ!」
くわっと目ん玉を見開くトシ。怖い怖い。
「澄ましてる訳じゃねえよ。お前のテンションに付き合いたくねえだけだ」
「海だぜ! 水着だぜ! MI・ZU・GI! どうしたってテンション上がるでしょうが!」
「……………………」
そう、これから俺たちは、海に行く。昨日は曰く付きアイテムの処理や水子との予定外の戦闘などで潰れてしまったが、もともとこの旅行は完全な遊び。今日は昨日の分も遊んでやろうと意気込んで、水着で海水浴だ。
山水館から道を挟んですぐのビーチは、一般的な海水浴場からは少し外れているのと山水館の噂もあって、ほとんどプライベートビーチらしい。
「水着……! 女子の水着……! 下着とほとんど変わらない布面積でありながら、合法的に視姦することを許された衣服! まさに神の与えたもうた至福!」
「視姦したら普通に違法だからな。それに、多分お前が思ってるほど水着は見れないぞ」
俺も一切期待していなかったと言えば嘘になるが、考えてみれば俺たちの仲間に水着のハードルはかなり高い。
「な、何でだよ⁉︎」
「ネコメは事情があって薄着できないんだよ。アルビノ体質のマシュマロは日焼け止め塗っても火傷するし。諏訪先輩は……」
諏訪先輩の事情に詳しいであろう烏丸先輩に視線を向けると、やれやれといった風に首を振った。
「当たり前だが、お嬢様は泳げない。水着など着るはずもないだろうな」
だそうだ。当然だろう。
トシは目と口をポカンと開け、わなわなと震えて畳の上に膝をついた。
「神も仏もねえのか……!」
「ねえよ。異能者やってりゃ常識だ」
たかが水着ごときで、テンションの高低が激しすぎる。情緒不安定か。
「そもそも今って泳げるんすか?」
「微妙だな。泳いで泳げないことはないだろうが、安全とは言い難い」
ですよね。
こりゃ泳ぐよりも浜辺で遊んでいる方が無難ではないだろうか。
「とりあえず、早く行きますか。水着に着替えないなら先輩たちは早いだろうし、待たせたら怖いんで」
「そうだな」
パパッと下を水着に履き替え、上にはシャツを羽織って着替え管理。トシもテンションを下げながら着替え、三人で荷物を持って部屋を出る。
受け付けで事務仕事をする女将さんと掃除に勤しむ鎌倉、目黒に会釈し、山水館を出て道を渡って浜辺に辿り着く。
幸い俺たちが一番乗りで、女子たちはまだ誰も来ていない。
烏丸先輩が荷物の中からデカいビーチパラソルを設置し、その下にビニールシートを敷く。俺はシートの上にクーラーボックスを置き、蓋を開けてコーラを取り出した。
「あっぢぃ……」
「当然だろう。夏の海は暑い」
「いや、そうなんですけど……」
何というか、海にイメージする爽やかな暑さとは違う、べったりして不快な暑さなのだ。潮風ってやつもベタベタしていて、髪や肌に張り付くような不快感を与えてくる。
キャップを捻ってコーラを一口飲むが、不快な暑さの中で甘い飲料というのは思った以上にそぐわない。口の中がネバつくような気がして不快感が増した。甘味のない炭酸水にするべきだったか。
「なんか、海も思ってたのと違くね?」
俺と同じようにクーラーボックスから飲み物漁りながらトシがボヤく。
「まあ、そうだな……」
砂浜には打ち上げられた木片や種類不明の食えそうにない海藻。漂着物っぽいビニールのゴミや砂だらけのサンダル。海自体もなんか泡だらけで茶色く濁っていて、沖縄なんかの白い砂浜や青く透き通る海とは似ても似つかない。
有り体に言って、超汚い。
「海水浴場とは離れているからな。手入れなどされていないのだろう」
「なんだかなぁ……」
夏休み最後の思い出がこの汚らしい海とは、悲しくなってくる。どうせなら東京に行ったときに少し足を伸ばして神奈川の湘南にでも行ければよかった。
「それでも海は海! 水着の女の子と砂浜があれば、それで夏の海なのです!」
先程のトシに負けず劣らずのテンションで浜辺に現れたのは、八雲。新品っぽい水着を見せつけるようにポーズを取る。
「どうかな?」
八雲の水着は布面積の少ない大胆なビキニ。八雲の纏う可愛らしい雰囲気をより一層増すフリルと、低身長に不釣り合いな大きめの胸というアンバランス感。つい胸元に目が行くのは仕方ないと思える程に、よく似合っていた。
「超似合う!」
キラーン、と歯を見せながらサムズアップするトシ。一瞬でテンションが戻った。
「ああ、似合ってる」
「似合ってるな」
俺と烏丸先輩も、聞かれたので一応感想は言っておく。
「……先輩と大地くん、もうちょっと気の利いたこと言えないの?」
無茶言うなや。トシのテンションを真似ろってのか。
「男子に服装の感想を求めるものじゃないわよ。そういうのはもっと大人にならないと身につかないの」
砂の地面に苦心しながら車椅子を押すマシュマロと、一歳しか違わないくせに大人ぶったことを言う諏訪先輩も浜辺にやってきた。諏訪先輩の膝の上には暑さで思いっきりぐったりしたリルもいる。
「そんなもんですかねー」
不服そうな八雲。悪かったね、気の利いたこと言えなくて。
案の定というか何というか、先輩方は姿ではない。しかし私服というわけでもなく、脚は素足にビーチサンダル、上はマシュマロが長袖、諏訪先輩が半袖の薄手パーカーを着ている。
「パーカーの下、水着なんすか?」
「まあね。私は泳げないけど、せっかくの海だし気分だけでもと思って」
「マジっすか!」
くわっと目を見開くトシ。そんなガン見してもパーカーは透けたりしないぞ。
「私は、した、はだか」
「え?」
「マァジっすかぁ⁉︎」
眼球カッサカサになるくらい目を見開くトシ。もしパーカーのファスナーに手を伸ばそうとしたら殴ろう。
「うそ」
「まじすか……」
がくん、と肩を落とすトシ。気付けよ、遊ばれてるって。
「悟志君、分かりやすいですね」
「だね。男子ってみんなあんな感じなの?」
最後にネコメと里立、真彩と小月がやってきた。
ネコメはやはりTシャツを着ているが、その下は水着っぽい。里立はライムグリーンのセパレートタイプの水着。鎌倉が仕事で見れないのが可哀想なくらい似合っている。小月は、残念ながら急なことで水着の持ち合わせがなかったらしく、学校指定のスクール水着だ。異能具である眼鏡の奥で恥ずかしそうに目を伏せている。
そして真彩は……
「このバカちんが!」
真彩の姿を確認した瞬間、俺は激怒する。
「お兄ちゃんが怒ったぁ!」
「当たり前だ! 何だその格好は!」
手を挙げんばかりの勢いで怒鳴りつけると、真彩は小月の後ろにサッと隠れてしまう。
「お、お兄ちゃんが、喜ぶって……」
小月の肩から顔を出してそんなことを言った。
「喜ぶわけねえだろ、そんな格好!」
真彩は幽霊。自分の意思で服装を変えられる。誰かの水着を真似るか、ケータイで画像でも検索すれば適当な水着に着替えることができる。
そんな真彩の格好は、ビキニ。それも両胸と下半身を覆う布全てを合わせても折り紙一枚程度しか面積のない、極小の水着。いわゆる、マイクロビキニを着ていた。
「つーか誰だ⁉︎ 真彩にこんなモン教えたのは⁉︎」
まだ幼い真彩がこんな水着を知るはずないし、仮に知っていても絶対に自分では選ばないだろう。
ジロっと辺りを睨みまわすと、八雲がサッと分かりやすく目を背けた。
「お前か八雲⁉︎」
「だって、ロリっ子にはマイクロビキニって決まってるでしょ⁉︎」
「決まってるかそんなモン!」
俺の妹分にこんな痴女みてえな格好させやがって。
「大地くん、分かってないよ。夏の乙女にとって肌面積は武器なんだよ?」
「真彩は小学生だ!」
「精神年齢はもっと上でしょ? それにマイクロビキニはむしろ小学生が着るものだよ!」
「平行線かコンチクショウ⁉︎」
話が噛み合わない。目の前に広がる雄大な水平線ですら地球が丸い以上緩やかに弧を描いているというのに、この話に関して八雲とは永遠に分かり合える気がしない。
「大地くんなんて放っといて、ホラ、みんな泳ごう!」
八雲がネコメと小月の手を取って駆け出し、里立と真彩もそれに続いて海に入ろうとする。
「わっ、八雲ちゃん!」
「ま、待ってください」
砂に足を取られながら引っ張られる二人。
「待て! 真彩は水着変えなさい!」
俺の言うことなど一切聞かず、真彩は八雲たちに追従して海に入って行ってしまう。
「っ!」
そして、悲劇は起きた。




