行楽編番外 三日目
前提を間違えていた。
占い師を名乗る者が二人いれば、どちらかは人狼という先入観。
それが大きな間違いだった。
目黒の名乗りは、ブラフはブラフでも、ネコメを守るための見事なファインプレーだったのだ。
嘘の下手なネコメが役職持ちだと気付いた目黒は、自ら占い師を名乗ることでネコメとの対立の形を作った。ネコメと同じ占い師を名乗ったのは偶然だろうが、ともかくこれで、村人陣営以上に人狼たちを混乱させることに成功した。
人狼はお互いを認識し、目黒もネコメも人狼でないことを理解していた。ネコメを確実に退場させられるより、どちらが本当の占い師か分からない状況を作ることで狙いを絞れないようにした。
しかし、その機転を利用された。
全員が隣の人に投票するという、俺の考えたシステム。これは裏を返せば、一人輪を乱す者がいれば、確実に一人を狙って処刑できるということ。
人狼、小月はこの案を使い、占い師のネコメを退場させた。
魔女の蘇生薬が使えるのは人狼に襲われたプレイヤーにのみ。処刑された場合は使えない。
俺の案でネコメを退場させ、目黒の機転を台無しにしてしまった。
「昨夜、人狼に、襲われたのは、目黒君。目黒君は、キューピッド、でした」
目黒はキューピッド。ゲーム開始時に能力を発揮したあとは、恋人の二人を知るだけの村人。既に役目を終えたとして、ネコメの盾になろうとしてくれたのか。
大きな戦力を失ったが、分かったことも大きい。
まず小月は人狼。これは確定だ。
そして、ネコメが占った以上、八雲は村人側の何か。しかも俺の予想が正しければ、重要な役職持ちだ。
これで正体が分かっていないのは、諏訪先輩、烏丸先輩、鎌倉、石崎、真彩、里立。この中に、残り二人の人狼がいる。
「相談、開始」
カウントを始めるタイマー。俺は憎々しげに、最愛の妹を見る。
「やってくれたな、小月」
「何のことかな、兄さん?」
コロコロと笑いながらすっとぼける小月。旅館についたときは完全に萎縮していたのに、今は年上ばかりのこの場にも馴染んでくれているようで、兄さんは嬉しいよ。
「小月ちゃん、あなた次の投票で確実に処刑よ」
「ですよね。でも、人狼一人で占い師を倒せたなら、人狼の駒得だと思いませんか?」
一杯食わされて憤懣やる方ない様子の諏訪先輩の宣告も、小月はどこ吹く風。思った以上に俺の妹は物おじしない子だ。
そして悔しいが、小月の言う通りだ。
今夜の投票で小月、人狼を一人消しても、村人側も夜襲で一人減る。
明日には残りメンバーは七人。その内二人が人狼。人狼を一人倒すのに、村人側は五人やられたことになる。
「小月、残りの人狼はだれだ?」
「嫌だな兄さん、私は村人だよ?」
「…………」
言う気はないってことか。そりゃそうだよな。
今夜の投票で消されても、最終的に人狼が勝てば小月も勝つ。
これ以上小月を問い詰めても、時間の無駄だ。
「悪かったな、目黒。もっと早く気づけていれば……」
既に退場して発言できない目黒に謝っておく。イメージとしては、墓の前だな。
「モモには悪いが、次だろ次。今夜の投票は決まりとして、明日はどうするんだ?」
「そうだな。今日の投票は決まったも同然。今の時間は、明日の分も話し合った方が合理的だ」
結構ドライな鎌倉と烏丸先輩。先輩は分かるが、鎌倉はもう少し目黒をいたわってやれよ。
「……真彩、石崎、里立、三人は初日からあんまり喋ってないよな? 特に石崎と里立は、ほとんど」
「うん、そりゃあ喋ってないけど」
「人狼やったことねえからな。何喋っていいのか……」
「えー、お兄ちゃん、私を疑ってるの?」
「悪いが、妹には騙されたばっかりなんでな」
こういうゲームでは人の強かさを見くびってはいけない。小月が意外な牙を隠し持っていたように、誰が人狼で巧みに俺たちを騙しているのか分からないのだ。
「それを言ったら大神君も喋り過ぎじゃない? 人狼やったことないなら、もっと私たちみたいに大人しくしてるのが普通だと思うけど?」
「そうだぜ大神。あえて目立って人狼だと思われないようにしてるんじゃねえのか?」
「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんこそ、本当に村人なの?」
「…………」
それを言われると、俺にも潔白を証明する術は無い。
一日目の提案も見方を変えれば、人狼を削るチャンスを失って村人の人数を減らしたように思えるだろう。
自らの主張は認められず、誰もが怪しく見える。
疑心暗鬼、このゲームの真髄を見た気がした。
「大地は村人でほぼ間違いないと思うわよ。それと、ネコメが占った八雲もね。何を言われても私は人狼じゃないって言うから、私の中の人狼候補は叶と光生、それに喋ってない三人よ」
「俺はショウたちの言う通り、どうも大神は信用できねえが、疑ってるやつを上げるのは良いアイデアだと思うぜ」
「全員の中で『怪しい』が被ったやつに投票するってことか」
言わば予備投票。単純だが、悪くない案だ。
人狼ならばここで疑っているメンバーに仲間を組み込むとは思えない。投票を待たずして、それぞれが誰を疑っているのかハッキリ分かるってことだ。
「その案には賛成だ。でも、誰を疑うか言い合う前に、魔女のことをハッキリさせときたい」
「誰にいつ薬を使うか、だよね?」
八雲の言葉に頷く。
今明らかになっている役職は、ネコメの占い師と目黒のキューピッド。少女、魔女、狩人は名乗り出ていない。目黒が誰を恋人にしたのかは今となっては知るのは当人たちのみだが、ある程度は予想できる。
問題なのは、直接人狼を削れる魔女、そして最も警戒されているであろう少女。
ちょっと反則っぽいが、この二つの役職を最大限に活かすコンボは考えてある。
「少女が名乗り出てないってことは、明確な情報が取れてないってことだろ。確実なのは、少女には今夜しっかりと人狼の動向を見てもらう。そしたら人狼は少女を襲うから、今夜標的になったやつを魔女に……」
「それ、ダメ」
俺の考えた必殺コンボ。少女が覗き見た情報を確実に翌日に届けてもらうという考えだったが、進行役のマシュマロが口を挟む。
「少女は、子ども。薬の、副作用、耐えられない。生き返っても、死んじゃう」
「……そんなルールが?」
「今、考えた。ワンちゃんの、アイデア、ゲーム、つまらなくする」
「…………サーセン」
マシュマロは少しお怒りのご様子。さすがにこんなコンボはダメか。村人の完勝だもんな、これができれば。
「そうなると、魔女はいつ蘇生薬と毒薬を使うのがいいと思う?」
「蘇生薬は、魔女が確実に役職持ちと思っている人に使ってもらうしかないんじゃないですか? 当然、魔女が先に襲われれば自分に使うしかないですけど」
諏訪先輩の問いに里立が答える。そりゃそうだって感じだが。
「それを言うなら、毒薬も確実に人狼と思った相手に使うべきでしょうね。結局魔女次第じゃない」
結局はそういうことだ。魔女自身の判断に任せることになってしまう。
「問題は、魔女を明日うっかり処刑しないようにしないといけないってことだな」
結局、そんな当たり前の話しかできなかった。未だ多くが正体を隠している現状では、何を言っても疑心暗鬼を加速させるだけだろう。
それでも他にも何か話せることはないか、と口を開きかけたところで、鐘の音が響く。
「そこまで。投票に、移ります。せーの」
当然、小月以外の全員が小月に投票した。
全員に共通で村人側と思われているであろう八雲に小月が一票を投じたのは、投票からさえも情報を与えないという小月の意思か。
「夜に、なります。目を、閉じて」
そして、再び夜が来る。
人狼の蠢く、夜が。




