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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編31 妖精

 それが何かしらの要因による死産でも、都合による堕胎でも、生まれることができなかった胎児には葬儀を行うことはあまりなく、遺体も病院が処分するものだ。

 本来なら、胎児の遺骨が外に出ることはあり得ない。

「どんな経緯かは分からないけど、生まれてこれなかった子の遺骨が流出して、それに異能が宿ってしまったのね……」

 再び大広間に集まり、俺たちは布で包まれた水子の骨を囲んでそんな話をしていた。皆は復調したが、小月にはショックの強い光景だったらしく部屋で休ませている。心配だが、里立がついてくれているので大丈夫だと思いたい。

 不幸と偶然が生み出した強大な水子。強い相手ではなかったが、敵と呼ぶにはあまりにも悲しすぎる存在だ。

「ところで、なんでネコメたちは水子に強い影響を受けたんだ? 俺たちは平気だったのに」

 水子が現れたときの不自然な不調。もし異能者としての強さで影響の度合いに違いが出るなら、諏訪先輩やマシュマロ、烏丸先輩に影響が出て俺たちに出ないのはおかしい。

「水子は、赤ちゃんの、幽霊。赤ちゃんは、お母さんを、探してる」

「?」

 ゆったりと説明をしてくれるが、マシュマロは相変わらず異能の説明に向いていない。この人が饒舌になるのはBLの話してるときだけなのか。

 俺たちが頭にクエスチョンマークを浮かべているのを察して諏訪先輩が補足してくれる。

「水子は幽霊、だけどその性質は妖怪よりも妖精に近い異能なの。妖精はそれぞれが独自のルールを持っていて、戦闘の強さよりもルールの強さに依存した異能を持つわ」

 妖精とルール、そう聞くと真っ先に思いつくのは、ネコメのケット・シーだ。

 ケット・シーは白い猫の王様。王様故に他の動物に命令できるというルールを持っている。諏訪先輩曰く、俺は単純な戦闘力ならネコメより上。しかし、万一ネコメと戦うようなことになれば、絶対に勝てない。

「水子は母親の愛を受けられなかった幽霊。そのルールは、母親や母になり得る者への制限。つまり、」

「女性への圧倒的優位ってところか」

 俺の答えに諏訪先輩が頷く。

「支配力、と言い換えてもいいわ。戦闘の強さに関係無く相手を制圧できる異能」

 女性への支配力。これは、信じられないほどに強力な異能だ。

 ネコメの有するケット・シーの支配力が及ぶのは、動物やそれに類する異能のみ。この場では俺とトシ、鎌倉がその対象になる。異能混じりは異能者の中で最も数が多いが、八雲のような虫タイプの妖怪は対象外だ。

 対して水子のルールに該当するのは、この世の女性全て。単純に三十億人以上に優位を取れる異能だ。

 もしあの水子が普通に戦う術も持っていたとしたらなんて、考えただけで怖気がする。

「でも、それじゃあどうして烏丸先輩も水子の影響を受けたんすか? その女が……」

「っ!」

 トシが『その女顔のせいか』と言いかけたところで烏丸先輩の眼光が鋭くなる。

「何も言ってません!」

 この人の女顔をイジるのはリスクが高いが、俺も気になるところだ。

 なぜ男であるはずの烏丸先輩が、水子の影響を受けたのか。

「それは……」

「構いません、お嬢様」

 諏訪先輩が弁明しようとしたのを、烏丸先輩が遮る。何か、言い難い理由があるのだろうか?

「諏訪家と烏丸家の因縁、烏丸家にかけられた龍神の呪いのことは話したな」

「はい」

 烏丸家の呪い。

 かつて異能の覇権を争い対立していた二つの家。諏訪家と烏丸家。

 烏丸家の犯した姫巫女の暗殺という罪に対し、諏訪の守神である龍神は滅びではなく呪いを与えた。

 呪いという罰を烏丸家に下した。

 優れた異能の家系である烏丸家からは異能の才が失われ、やがて一人だけ異能の才を持つ者が生まれ、その者が諏訪の姫巫女を守る役割を担ってきた。

 当代のその役が、烏丸先輩だ。

「烏丸家は腐っても半異能の家系で、本来なら異能の才能は遺伝する。だから、烏丸家で生まれる異能者は、異能が強く遺伝しないように生殖能力が弱いんだ」

 生殖能力が弱い。つまり、烏丸先輩は男性としての子孫を残す能力に難があるってことか。

「昔は呪いの一言で片付けられていたが、今は学術的な判別ができる。私の場合はそこまで深刻ではないが、X染色体過剰症。いわゆる、クラインフェルター症候群だ」

「えっくす? くら?」

 聞き慣れない単語に首を傾げていると、意外なことにトシがその単語を補足してくれた。

「クラインフェルター症候群。男の染色体はXYで、女の染色体はXXなんだけど、たまにXXYや、XXXYっていう女性的特徴の強い男性が生まれることがあるんだ。こいつは必ずしも性同一性障害と併発するものじゃなくて、分かりやすく言うと男なのに女性ホルモンが強い人ってことだ」

「お前、よく知ってるな……」

 医者の諏訪先輩ならともかく、成績が残念なトシがこんな博識なことを言うなんて、意外過ぎる。

「おとこの娘が現実に存在するかで色々調べた!」

「オレの感心を返せ!」

「つまり烏丸先輩はおとこの娘⁉︎」

 八雲が興奮したような声を上げる。

「斬られろお前ら!」

 話を本題に戻したい。えっと、どこまで話したっけ?

「その、水子のルールの判定はどこまで有効だと思います? 例えば上原さんとか」

 中部支部の霊官、上原スネイク(偽名)は性同一性障害の女性、いわゆるオネエだ。

「どちらの場合でも水子の影響はあるでしょうね。体が女性でも心が女性でも、女性という要素がある以上ルールは適用される」

「…………」

 水子は消えた。それはいい。

 この遺骨は諏訪先輩の取り計らいでキチンと供養してもらえるそうだ。

 俺の懸念は、別のところにあった。

 霊官の中に猫柳瞳という妖精の異能混じりがいるように、俺たちの敵である大日異能軍に水子の異能混じりがいたら。

 もし水子を使って、その能力を孕んだ異能結晶を作られたとしたら。

 俺の知る限りの戦力では、確実に霊官は負ける。

 俺の知る最高戦力。諏訪彩芽、雪村ましろ、烏丸叶。そして水辺なら諏訪先輩よりも強いという東北支部の遠野イチイさんに、圧倒的な強さを見せた関東支部支部長の大崎蘭さん。

 全員が、水子のルールの支配下にある。

 やり方次第では国一つ滅ぼせそうな戦力なのに、たった一つの異能で必敗となる。

 ルールを強制し、支配下に置く異能。妖精。

 敵として現れないことを、祈るばかりだ。

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