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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
222/246

行楽編30 鎌鼬

「らぁ!」

 異能具を振りかぶり、水子の頭を喰らうように突き立てる。幸い水子はもがくばかりで、こちらを攻撃しようとはしていない。

 無抵抗の赤子を殺す、そういう心理的な抵抗を除けば、倒すのは容易に思えた。しかし、

「なっ⁉︎」

 手応えが、無い。

 振るった異能具はまるで空を切ったように、何の抵抗もなくすり抜けた。

『効いてないぞダイチ!』

「分かってるよ!」

 リルに言われるまでもなく分かる。水子は俺の攻撃など気付いてもいないように、変わった様子もなく叫びながらもがく。

「下がってろ大神!」

 どうしたものかと考える俺の横を、異能を発現した鎌倉が駆け抜ける。

 鎌倉は、速い。まるで風だ。

 里立と小月を避難させてからも一瞬で戻ってきたし、そのスピードは俺の目から見て、ネコメよりも速い。

 一陣の風となり、鎌になった右腕を振りかざして水子を両断するが、またしても刃は水子の頭をすり抜ける。

「これならどうだ!」

 エアガンのセーフティを外したトシが水子に向けて引き金を引き、パァンッという乾いた音と共に発射されたBB弾が広い額を貫く。

『あぁ!』

 俺と鎌倉の攻撃には何のリアクションも起こさなかった水子だが、トシの銃撃には反応を見せた。

 弾が貫通した頭部を掻きむしるようにバラバラの腕を顔に押し付けるが、泣き声を上げる頃には頭部の傷はとっくに塞がっていた。

「どうなってんだ、こりゃ⁉︎」

「どうもこうも、見たまんまだろ」

 水子には、物理的な攻撃が効かないんだ。

 普通の幽霊である真彩も異能を強めなければ触れない。どういう理屈か知らないが、水子に攻撃するには幽霊に触れる以上に異能の度合いを高める必要があるらしい。

 トシの銃撃、異能を施されたBB弾は多少効いているようだが、それも致命打になるほどではない。

「武器の、異能が、薄い。もっと、武器に、異能を、乗せて」

 辛そうにしながらもそうアドバイスしてくれるマシュマロだが、薄いとか乗せろとか言われてもピンとこない。

「どうすりゃあいいんだよ⁉︎」

「『(テン)』の、応用技、『(シュウ)』の、理論」

「まず『(テン)』『(ゼツ)』『(レン)』『(ハツ)』を教わってねえ!」

 この期に及んで漫画に例えるな。基本の四つも知らんのに、応用もクソもあるか。

「実態の無い異能には、純度の高い異能を乗せた攻撃か異能術しか効果が無いわ!」

「じゃあその乗せ方教えとけよ!」

「幽霊や妖精と戦うなんて想定してないわよ!」

 逆ギレされた。そりゃあそっちの想定不備だろうが。

「トシ、お前烏丸先輩に異能術教わったんだろ?」

「教わったのは肉体強化と、あと一個だけ。攻撃にも使えるが、まずは隙を作らねえと……」

「使えねえな!」

『サトシ、使えない!』

「あんだとコラ⁉︎」

 俺たちがくだらない言い争いをしている間に、水子は俺たちを敵対認定したのか、バラバラの腕を振り下ろして攻撃を仕掛けてくる。

「おい、ケンカしてる場合じゃねえぞ!」

『あぁ!』

 鎌倉の声に反応し、俺とトシは左右に分かれて振り下ろされた腕をやり過ごす。直撃は避けたが、腕を覆う青い異能の光が少し掠った。

 空振りして地面に落ちた腕からは物理的な衝撃を感じなかったが、青い光が触れた箇所には体内の異能が乱されたような、妙な感触がある。

「なんだよ今の……」

「異能が、おかしくなりそうだったな……」

 俺たちの攻撃が効かないように、水子も俺たちの体には触れない。しかし、あの青い異能は俺たちの体内の異能には何らかの影響を及ぼせるらしい。

「直撃するのはやめたほうが良さそうだな」

 まともに食らえば異能が大きく乱されることになるだろう。俺の場合はそのせいで異能が暴走するかもしれないし、リルに悪い影響が起こる可能性もある。

『あぁ!』

「んなろ!」

 再び腕を振り上げた水子に対し、トシがセミオートに切り替えたエアガンの引き金を引く。

 パパパパパンッ、と連発するガスが爆ぜる音。細かい狙いを切り捨てた乱射だったが、運良くその多くが水子の体を掠めた。

 空いたそばから塞がる穴。しかし、一つだけ明らかに治りの早い弾痕があった。

「トシ、あそこ!」

「ああ」

 水子の腹部から封印の箱に伸びる管。そこの傷だけが、他の箇所が治り始めるよりも早く塞がっていた。

 まるで、管を治すことを最優先したかのように。

「そうか、臍の緒だ!」

「臍の緒?」

 臍の緒は胎児が母体の胎盤に伸ばす、栄養素を供給されるための器官。それを模しているということは、あの管は飾りじゃない。

「多分あの箱が異能の供給源になってるんだ。だからあの管を切れば」

 異能の供給が絶たれ、水子は体を維持できなくなる。その公算はかなり高い。

「狙えるか?」

「……細くて難しい。一度接近できれば異能術が使えるけど、その前に殴られたらどうなるか分からん」

「マジに使えねえな!」

「殴る蹴るしかできねえお前も大概だろうが!」

「銃持ってるのに近づかなきゃならねえ奴よりマシだ!」

「うるっせえぞ役立たず共! どいてろ、俺がやる」

 そう言って言い争いをする俺たちを押しのけ、鎌倉が前に出る。

「揃って引っ込んでろやザコども。俺が今片付けて……」

 ゲシッ。言い方がムカついたので、トシと一緒に鎌倉の尻を蹴っ飛ばす。

「テメェら刻むぞ⁉︎」

 前のめりにすっ転びながら目を見開く鎌倉。その寸前に、

「鎌倉、後ろー」

「危ねえぞー」

 水子の腕が迫っていた。

「どぅわぁ⁉︎」

 鎌倉はバネ仕掛けのオモチャみたいに跳ね上がり、わたわたと手足を振り回しながら回避する。その隙に俺たちは悠々と水子との距離を取る。

「待てお前ら! ちょ、待てってオイコラ!」

 テンパって態勢を立て直すこともままならない鎌倉。立て続けに振り下ろされる水子の腕をまるで曲芸のように避ける。面白い。

「すっこんでろっつったのお前だろー?」

「ザコどもに頼らなくても片付けられるんだろー?」

「マジに刻むぞテメェら⁉︎」

 ブチギレながら全力で水子に背を向け、鎌倉遁走。カッコ悪い。

「んで、お前あの臍の緒切れるのか?」

 トシが撃っても臍の緒はすぐに修復された。傷をつける程度じゃなく、完全に断ち切る必要がありそうだが。

「ああ。十……いや、五秒稼いでくれりゃあな」

 準備時間がいるなら一人でやるとか言うなよ。

「そんじゃ、時間稼ぎしてやりますかね」

 残念だが俺では水子の体に全くダメージを与えられない。鎌倉にやりようがあるというなら、ここはやれる事をやろう。

「トシ、援護してくれ」

「弾に当たんなよ」

「いや当てんなよ!」

 それはお前の裁量だろうと、ツッコミを入れながら駆ける。

 水子との距離を一息に詰め、即座に後方から響く三つの発砲音。さすがに誤射するようなミスは無く、BB弾は水子の頭部、腹部、臍の緒を見事に撃ち抜いた。

 先程と同じように、まずは臍の緒の傷が治り始める。俺は治り切る前に臍の緒を異能具で殴りつけるが、やはりというか何というか、手応えは無い。

「だあ、もう、焦れってえ!」

 暖簾に手押し、糠に釘。殴っても効かないというのは中々にストレスだし、手応えも無いのにあまり力を入れては肩が外れそうになる。

 俺は咄嗟に足元に落ちていた鎖、箱の封印に使用されていたそれを手に取る。俺の異能具の形状は刃のついたメリケンサック。他の物を手に取っても、異能具を落とすようなことはない。

 これだけの異能を内包する水子を封印し、一切の異能を遮断していた鎖だ。ただの鎖のはずがない。

「やめなさい大地!」

 後方から諏訪先輩の声が響くが、遅かった。

「っ⁉︎」

 鎖を握った瞬間、電気ショックでも食らったかのような衝撃が腕全体に走る。

 慌てて鎖を手放すが、腕は痺れたように力が入らない。

「それは異能を霧散させるわ。触っちゃだめ!」

「そういうことは早く……!」

 早く言え、と思って振り向くと、諏訪先輩は車椅子からずり落ちて地面に伏せていた。

 ネコメも八雲もマシュマロも立っていられない様子で膝をついているし、真彩に至っては烏丸先輩に守られながら痙攣を起こしている。

 これは、早くしないとまずい。

「鎌倉!」

「どいてろ大神!」

 既に時間は十分稼いだはずだ。俺の声に応えた鎌倉を信じ、大きく離脱する。

 鎌倉は、右腕の鎌を体の左側に隠している。まるで、居合いの構えのように。

「不可知の刃、風の如くーー」

 ポツリと呟からた鎌倉の言葉。

 一瞬、その場の風が凪いだように感じた。

鎌居断(カマイダチ)ッ!」

 それは、風の刃。

 切れ味を持った風。目に見えない斬撃が飛び、水子の臍の緒を両断する。

『あぁ⁉︎ あ、ぁぁぁぁ……!』

 異能の供給を失った水子は声を上げる。それは産声ではなく、断末魔。

 声が消え入ると同時にその姿は薄らぎ、水子は消えて無くなった。

 それはまるで泡沫。その名の通り、水に消える泡のように、跡形もなく。

「……終わったか」

 未だ痺れが残る腕を庇いながら異能を解く。不思議と普段あるような意識の高揚や興奮を感じなかったな。

『ダイチ〜』

 異能を霧散させるという鎖に触れたのが良くなかったのか、リルは普段よりも幾分疲れた様子で足元にへたり込んでしまった。

 ヘロヘロのリルとは対照的に水子の声が消えたことで皆は不調が治ったらしく、諏訪先輩も烏丸先輩に肩を借りながら車椅子に座り直す。

「大地、その箱の中に何か無い?」

「箱の中?」

 鎖が千切れて半開きになっていた封印の箱を開けると、中には手のひらに収まるほどの、小さな楕円形の白い物が納められていた。

「これって……」

 それは、小さな小さな、骨。

 生まれる前の胎児の、頭蓋骨だった。

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