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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
220/246

行楽編28 封印

 それからは作業だった。

 俺たちで手分けして真彩の元に曰く付きのアイテムを運ぶ。髪の伸びる人形に、絵の動く幽霊画の掛け軸。個人的にはたまに調理場から包丁を持ち出すというアンティークドールが一番怖かった。

 次々と運ばれるそれらに籠った異能を、真彩は全て平らげた。

 異能が無くなりただの物になってしまったそれらも、女将さんの意向でインテリアとして旅館に飾られ続けることになった。これはこれで雰囲気作りに役立つらしい。俺から見れば客足が遠のく原因としか思えないが。

 山水館は目黒の家が代々続けてきた旅館で、異能の籠った物を家集する影響なのか、何代かに一人目黒のような異能混じりが生まれやすいらしい。

 そんな話を聞きながら客室と大広間を往復すること数回、ほとんどの部屋の異能アイテムを片付け終え、残すは俺たちの柳の間に封印されている仏壇風のやつだけになった。

 見るからに重たそうなこれだけは運び出すのが面倒だったので、柳の間に移動して異能を処理することにした。しかし、

「異能、感じませんね」

「だね」

 ネコメと八雲の言う通り、この扉からは全く異能を感じない。封印とやらがしっかり効いているからだ。

「うーん、これじゃ食べられないよ?」

 この扉はあくまでも封印。異能が籠っているのは中に仕舞われた物なので、当然このままでは真彩は異能をすくい取ることができない。

「そりゃそうよね。でもこの南京錠……」

 諏訪先輩が頑丈そうな南京錠をつまみ上げると、本来なら鍵穴があるはずの箇所は錆びた鉄で覆われていた。

「錆びて塞がったって感じじゃないな」

 どう見てもこれは、鍵穴に鉄を被せて意図的に塞いだものだ。

「大地、この鎖壊して」

「雑ぅ……」

 即断即決にも程がある。まあ確かに、この様子だと壊すしか無さそうだが。

「小月、リルを寄越してくれ」

 当然だが素の俺じゃこの鎖はビクともしない。異能を使う必要がある。

『物みたいに言うな!』

 抗議の声を上げるリル。そんなリルの様子を見て、小月は首を傾げた。

「あ、あの、諏訪さん。このメガネでも、リルちゃんの声は聞こえないんですか?」

「ああ、リルの声が聞こえるのは大地だけなのよ。リルは幽霊の真彩とは根本的に違うものだから」

「そうなんですか……」

 少ししょんぼりしながらリルを渡してくる小月。

「小月、リルと話したいのか?」

「うん。動物とお話ししてみたい」

 考えてみればリルと話せるのは俺だけ。他の皆んなもリルと会話したことはない。今度リルに字の書き方でも教えてみるかな。

「リル。行くぞ」

『オウ!』

 腕の中から重さが消え、リルの異能が俺の中に宿る。

 この状態でも鎖を引き千切るのは無理そうなので、荷物の中から異能具を出して構える。

「ちゃんと鎖だけ壊すのよ」

「分かってるよ。トシ、ちょっと鎖持っててくれ」

「おっかねえな……」

 巻かれた鎖の(たわ)んだ部分を持たせ、トシに当たらないように慎重に狙いを定める。

「ッ!」

 上段から振り下ろす右手と下段から突き上げる左手。それぞれに握られた異能具は鎖で交差し、派手な音と火花を散らす。

「っぶねえな!」

 鎖を持っていたトシの悲鳴。しかし、

「マジかよ……」

 鎖は切れなかった。それどころか滑った異能具がトシの顔スレスレを掠め、互いに嫌な汗をかく。

「これ切れねえのか?」

 俺も全力というわけではなかったが、異能具を用いた一撃で壊れないとは思わなかった。ただの鎖がそこまで頑強とは思えないし、この鎖自体も異能具なのか。異能は全く感じないのに。

「いいえ、異能が漏れてるわ。封印自体は弱まってるから、もう一回やってみて」

「オス」

 諏訪先輩の言葉に頷き異能具を構え直す。

「ちょい待った! 怖いんで誰か代わってください!」

「よし、持ってろトシ」

「話を聞けぇ!」

 無理矢理に鎖を握らせて再び異能具を構える。

「ちょっと待って、お兄ちゃん!」

 集中しようとしたところで、真彩が割って入った。

「どうした、真彩? トシは見ての通り頑丈だから、ちょっと刃が当たるくらい平気だぞ?」

「平気じゃねえよ!」

「そうじゃなくて……」

 トシを心配してのことかと思ったが、どうやら違うらしい。

「あの中から出てる異能、なんだか嫌な感じがするの。食べたくないっていうか、食べられないっていうか……」

「?」

 真彩の言葉に首を傾げた、その瞬間、

『ぁんあぁ……!』

 封印された扉の中から、不気味な声が聞こえた。

「な、なに、今の声?」

「すっごくヤな声だったね……」

 その声に、部屋にいた誰もが不穏なものを感じた。

「……諏訪先輩、この中って何が入ってるか……」

「聞いてないわ。古すぎて、目黒さんも知らないみたい」

 目黒のお袋さんも知らないとなれば、この封印は十年やそこらのものではない。そんな長い間異能を漏らさず持続するとは、かなりの強度の封印だぞ。

「お嬢様、この封印は開くにはいささか危険ではないですか?」

「でも大地のせいで弱まったわよ。このまま放置したら、ちょっとしたきっかけで封印が解けちゃうかもしれないじゃない」

「待て待て待て。俺のせいってなんだよ⁉︎」

 確かに俺が一発かましたから封印が弱まったが、そりゃアンタがやらせたんだろ。

「あやめ、とりあえず、場所、移そ。ここだと、いざってとき、戦えない」

 俺もマシュマロの意見に同感だ。

 もし万が一、この封印を破ってヤバいやつが出てきたら、屋内な上に人が密集した部屋の中では、各々が思うように立ち回れない。

 何より、異能者でない小月にとって危険過ぎる。

「そうね、とりあえず旅館の裏庭を借りましょう。大地、悟志、光生、運んで」

「へーい」

 異能具をホルスターに収め、鎖の巻かれた箱を引っ張り出す。デカくてかさばるが、見た目ほど重くはないな。

「ったく」

「よいしょっと」

 鎌倉とトシが引っ張り出した箱を支えると、

『あぁ、あぁ……!』

 また声がした。しかも、ガタガタ震えた。

「……怖え」

 何この箱、超怖い。

 時折り声や震えが起こる箱をおっかなびっくり持ち出し、途中で捕まえた目黒の案内で裏庭に運ぶ。裏庭は結構広く、ここならもしものことがあっても対応するのに十分な広さだろう。

 念のために異能具持ちは全員異能具を装備し、小月と戦えない里立には離れたところにいてもらうことにした。鬼が出るか蛇が出るか分からないが、もし鬼並みのモノに出てこられたら即座に逃げてもらう。

「それじゃあ大地、悟志、お願い」

「ええ……」

「やっぱり俺かよ……」

 渋々異能具を構え、トシの持つ鎖に狙いを定める。

「リル、今度はちょっと本気で行くぞ」

 あまり異能を強め過ぎると、物事を深く考えられなくなってしまう。異能を強めるのは一瞬にして、即座にクールダウンだ。

『ちょっとなのか? 本気なのか?』

「なんとなくで察しろ!」

 こまっしゃくれたこと言いやがって。

神狼(リル)…………」

 右腕を上段、左腕を下段に構え、狼の顎をイメージする。

 神の子、神狼フェンリルの、神をも殺す一噛みを再現する。

咬叉(バイツ)ッ!」

 轟音の中で腕に感じる確かな手応え。牙が鎖に食い込み、断ち切る。

「硬ってえ……!」

 ウェアウルフの能力のおかげで痛みは感じないが、手が痺れているのは分かる。こんな硬い鎖、ただの鉄じゃないぞ。鬼より硬かった。

「怖えよ……」

 目の前で異能具による必殺の一撃を見て、トシは腰を抜かしてしまった。まあ、そりゃ怖いよね。

「……立ちなさい、悟志」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。何か全身から嫌な汗が……」

「来るわよ!」

 諏訪先輩が叫んだ、その瞬間、


『あんぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!』


 封印されていたそれは、産声を上げた。

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