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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編27 真彩の価値

 幽霊。異能の資質を持った人間の、死後の残留した異能。異能を持たない一般人にはその姿も声も知覚できないが、人間の異能者よりも異能そのものに近く、異能との親和性が高い。

「幽霊という存在は、霊官の中では長らく軽視されていた。ごく稀に異能場の近くで幽霊化した場合は異能を取り込み過ぎて過剰個体になってしまうけど、その辺にいる幽霊はしばらくすれば構成する異能が霧散して消えてしまう。だからいてもいなくても同じと考えられてきたけど……」

 山水館の大部屋に集まった俺たちは、並んで諏訪先輩の話を聞いている。女将さんに引っ張られていった目黒を除く、この場に集まった霊官資格持ちたち。それと、一人で部屋にいることを嫌がった小月。

 全員の視線が、諏訪先輩の隣に浮いている真彩に集まっていた。

「大地が発見した、異能を強めた状態なら触れるという幽霊への干渉方法。それと適度に異能を取り込ませることで人間の異能者よりも異能を扱い易くなるという特徴。以上を踏まえて、私はたたりもっけの事件以降、真彩に異能術を教えてきたわ」

 えへん、と自信満々に膨らみの乏しい胸を張る真彩。諏訪先輩の教えとか、酷いことされなかっただろうか。心配だ。

「その結果分かったのは、異能使いになった真彩は異能術の才能が非常に高いということ。これが真彩特有のものなのか、幽霊に共通することなのか、それとも、たたりもっけから得た異能が関係しているのかは分からない。とにかく真彩には、強力かつ独特な異能術が発現したわ」

「……異能術が?」

 その言葉に一番顕著に反応したのは、烏丸先輩だった。烏丸先輩も詳しい話を聞かされていなかったらしい。

(独特の、異能術……)

 トシが烏丸先輩に教わった話の又聞きだが、異能術とは、ある意味では簡略化されたもの。異能使いは自分で異能術を編み出すのではなく、既に存在する異能術を覚えるものらしい。

 極端な話、諏訪先輩も烏丸先輩も強力な異能使いだが、ある程度異能の才能がある者ならば、二人と同じ異能術を覚えることが可能だということだ。

 しかし、人には得手不得手があるのと同じで、異能術にも合う合わないがある。

 俺のような異能混じりにはピンと来ないことだが、ゲームと同じで『炎属性・中ダメージの魔法』も使う者のステータス次第で大ダメージにも弱ダメージにもなり得るということだ。

 そんな中で真彩は、類を見ないオリジナルの異能術が使える。

 チラリと周囲を伺うと、俺以外の皆んなもそれがどういうことなのかピンと来ていないらしい。諏訪先輩は「見た方が早いわね」と言い、先程『楠の間』にあった日本人形を持ち出した。

「さっきも言った通り、この旅館にはこういう曰く付きのアイテムが山ほどあるわ。中部支部の各地から集められた物で、一つ一つは大した代物じゃないんだけど、異能は異能を引き寄せる性質を持っている。だから定期的に霊官が異能を発散させるの」

「異能を引き寄せるって、妖蟲みたいな?」

 人形や仏壇に虫が群がる様子など、あまり想像つかないが。

「別に妖蟲や異能生物に限った話じゃないわ。異能者が異能者を知覚するときに感じる無意識に垂れ流す異能もそうだし、そういった異能は霧散した後も完全に消えるものじゃない。一定以上の異能を持つモノは、そういう微細な異能を集めるものなのよ」

 砂の中に砂がある分には問題ないが、微細でも磁気を帯びたものが混ざれば砂鉄がくっつく、みたいな理屈だろうか。確かにそれなら、長い何月を経ていずれ大きな磁気を帯びた塊が出来上がる。

「そうやって異能を集めたモノは、物体の過剰個体。『付喪神』なんて呼ばれるものになるわ。神とは名ばかりの、異能具と異能生物の中間みたいな存在だけどね」

 付喪神。日本独自の信仰の一種、『物には魂が宿る』の派生。長い年月を経た道具が妖怪化するというもので、傘バケとかは有名だ。

「ちょっと待った。そもそもなんでこんな旅館にそんな異能グッズを集めてるんだ? 壊すなり何なり、やりようはあるだろ?」

「壊しても異能が消えるわけじゃないし、単純にそういう物を壊すっていうのは抵抗あるでしょ? だから一箇所に集めておいて、年一くらいのペースで異能を発散させるっていうのがセオリーなの」

 それはまあ、分からなくもない。

 人形とか人の形をした物は、それだけで捨てたり壊したりすることに抵抗がある。

 微細とはいえ異能を帯びた物を放置しておくのも良くないだろうし、集めておくのは妥当だと思う。

「その辺が厄介でね。壊すのは抵抗あるし、そもそも下手に異能者が手を出せば溜まった異能がどんな形で発散されるかも分からない」

 完治のできない病気みたいだ。直接的な不調には繋がらなくても、定期的な通院を怠ればいつの間にか手遅れになってしまうような。

「でも、真彩ならそれを何とかできるかもしれないの」

 そう言って諏訪先輩は、真彩に日本人形を手渡した。異能を帯びた人形は、すり抜けることなく真彩の腕に抱かれる。

「真彩、お願い」

「はい、師匠」

 真彩のやつ、諏訪先輩のこと師匠なんて呼ぶのかよ。何か嫌だな、妹分に悪い影響がありそうで。

 そんなことを思ったのも束の間、真彩が腕の中の人形の周りをそっと撫でると、人形が淡く光り出した。

 人形の周りの光を皿の様にした手ですくい取ると、光が人形から真彩の手に移る。そして、

「あーん」

 すくい取った光を、口に入れてしまった。

「はぁ⁉︎」

 驚愕する皆の目の前で、真彩は人形から取った光、人形に宿っていた異能を飲み込んでしまう。

「これが真彩の異能術、異能の吸収よ。幽霊にとってただ異能を取り込むだけなら難しくないけど、物に宿っていた異能を引っ剥がして、しかも自分に害がないように濾過してるみたいなの」

「異能の、吸収……」

 異能を取り込む力。これは、たたりもっけが幽霊を取り込んでいたのと酷似する。

「だ、大丈夫なんですか? 異能の存在が異能を取り込み過ぎれば……」

「安全に十分考慮した上で、私の家で何度も実験したわ。無尽蔵に湧き出る異能場の異能さえ、その気になれば全て吸収して、掌握できるという結果になった。実体の無い幽霊ならではの特性でしょうね」

「…………」

 小月以外の、その意味を理解した全員が、衝撃に言葉を失った。

 異能を取り込むこと自体は難しいことじゃない。異能場に沸く妖蟲もやっていることだし、異能の籠った食べ物を食べれることは既に実証済みだった。

 しかし、物に籠った異能だけをすくい取り、それをほぼ無尽蔵に吸収できる。それは、理外の能力だ。

「……それを、異能者にやったら、どうなるんです?」

「試したわ。異能を使い過ぎた時と同じで、貧血に近い症状を起こして気を失う。個人差もあるけど、長くても八時間ほどで目を覚ます。でも、数日は異能が万全にならないみたい」

 試したのかよ、と思ったが口に出せなかった。

 どう考えてもこれは、検証の必要がある能力だ。

 真彩にできることとできないこと、使うことでどんな結果をもたらし、どんな副作用が起こるのか。俺たちは詳しく知っておく必要がある。

 知っておく必要はあるが、納得はできない。

 この旅館にある忌み物に籠った異能を、片っ端から真彩に取り込んでもらう。恐らく諏訪先輩はその先に、異能結晶の存在を考えているのだろう。

「諏訪先輩、あんた真彩に異能結晶を壊させるつもりか? いや、まさかもう……」

 俺の推察に、諏訪先輩は笑みと共に答えた。

「ええ、実験は大成功よ。叶と悟志が押収した異能結晶は、全部真彩が壊してくれたわ。異能の残留もほとんど無し。確保してからの扱いが難しい異能結晶だったけど、これなら……」

「ふざけんな!」

 思わず荒げてしまった声。大部屋の中は、静まりかえった。

 ゆっくり立ち上がり、俺は諏訪先輩に詰め寄る。

「ふざけんなよ。実験だと? 何の保証も無い不確実な検証に、真彩を使ったのか?」

「……実験も検証も必要なことよ。そんなことアンタにも分かるでしょ?」

「俺に何の了承も無くか? 独自の異能術なんて何が起きても不思議じゃねえってのに……」

「何でアンタに許可取らなきゃいけないのよ。それに安全には十分考慮したって言ったでしょ」

「その考慮が十分だって保証がどこにあった⁉︎ 結果的に何も起こらなかったってだけで、真彩の身に何かあってもおかしくなかったんだぞ!」

「や、やめてお兄ちゃん!」

 口論する俺と諏訪先輩の間に、当の真彩が割って入る。

「私が師匠にお願いしたの! 私にできそうなことなら、何でもやらせてくださいって!」

 真彩が、自分からそんなことを?

「……なんで、そんなこと言ったんだ?」

「だってお兄ちゃん、この前は私のためにいっぱい頑張ってくれたでしょ? 偉い人にも私のことを説明してくれて……。だから私も、自分にできることがあるならって……」

「…………」

 確かに俺は、真彩のことで便宜を図ってもらえるように支部長である柳沢さんに条件を出した。真彩に、鬼無里校の席を与えて欲しいと。

 俺からすればその程度のことは当然だったのに、真彩はそれで、俺に対して負い目を感じていたのか?

「大地、アンタいつまで真彩の面倒を見る気?」

 小さくない衝撃を受ける俺に諏訪先輩がそう聞いてきた。

「いつまでって……」

 いつまで、俺は真彩を世話するつもりだったのだろうか?

 真彩が大人になるまで、と思い至って、自嘲する。真彩はずっと今の姿のままだ。

 考えてもいなかったが、真彩はいつまでこうして俺たちのそばにいてくれるのか。

 普通の幽霊は体を構成する異能が霧散していずれ消えてしまうが、外部から異能を取り込む術を得た真彩はこれには当て嵌まらない。

 真彩は生きていれば小月とほとんど変わらない歳で、精神年齢はそちらに近いが、それはつまり、これから何年、何十年と、今の姿のままで真彩は在り続けるということなのか?

「真彩はこの先、恐らく半永久的に『生きた異能』として存在し続けることになるわ。しかも他に例を見ない異能術を持っている。真彩という戦力を巡って争いが起こることもあるだろうし、悪用しようとする輩だって出てくる」

「それは……」

 言われてみれば、充分あり得る。

 諏訪先輩に異能術を教わり、ほぼ無尽蔵に異能を蓄えられる存在。それは最早、存在一つで勢力図を塗り替えることもできる、核兵器のようなものだ。

「もちろん私は真彩をそんなことに利用させるつもりはない。でも、私だって不老不死じゃない。諏訪家の力で真彩を保護しようとしても、私の言葉が何世代にも渡って力を持つという保証もない。だから真彩には、自分の権利を自分で守れる力と、それを通せるだけの実績が必要なのよ。その為には、少しくらい危険な橋を渡る必要もあるでしょう?」

 これからずっと先、俺たちがいなくなってからも、真彩が不当な扱いを受けないための準備。諏訪先輩は、そこまで真彩のことを考えてくれていたのか。

「そりゃあ時間をかけてみんなで相談すれば、真彩を守る手立ては思いついたかもしれないけど、それは真彩の為にならないと思ったのよ」

「そう、ですね。すいませんでした、諏訪先輩」

 俺は謝罪して、頭を下げる。

「いいのよ。確かにアンタに一言あっても良かったかもしれないし」

 情けない話だ。俺は真彩を守る事ばかりを優先しようとしていたのに、諏訪先輩は真彩を育てる道を探してくれていた。

 真彩は自分からやれることを探し、諏訪先輩の期待に応えてみせた。

 他でもない俺が、一番真彩のことを甘く見ていたって訳だな。

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