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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編26 オバケ旅館

 妖蟲よりも、鬼よりも、北欧神話の神の子よりも怖いもの。怒った諏訪先輩。

 全身余す所なくボッロボロのけちょんけちょんにされた俺たち三人は、軋む体で旅館の廊下に正座させられていた。

「いや、ほんと、マジですいませんでした……」

「ごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」

「俺は悪くないっすよね? だってこいつら止めようと……」

 ズガンッ! 言い訳しようとした鎌倉が諏訪先輩の異能術で横っ飛びに廊下を転がり、旅館の制服っぽい作務衣でセルフ雑巾掛け。

「み、光生くーん⁉︎」

 廊下にこだまする目黒の悲鳴。鎌倉は突き当たりの壁に激突し、動かなくなった。

「全員首を出せ」

 端正な女顔を憤怒の形相に変えた烏丸先輩が剥き身のポン刀を突き付ける。結果としてだが大切なお嬢様のお着替えを覗かれて、いたく御立腹らしい。

「烏丸先輩、常に死と隣り合わせの霊官は軽はずみな冗談で死を口にしないと……」

「軽はずみな冗談だと思うか?」

 ヤバい。マジギレっぽい。

 目黒が引きずってきた鎌倉が元の位置に戻され、俺たち三人の下手人をきちんと浴衣を着た諏訪先輩が見下す。

「選ばせてあげるわ。叶にスライスされるのと、私に捻じ切られるのと、ましろに冷凍肉にされるの、どれがいい?」

 理不尽な三択。

「生存という選択肢をください」

 バッと手を挙げて懇願。

「黙れ」

 一蹴。ひどいね。

「……いや、そもそもさ」

 これは下手に出るのは逆効果。なので開き直ってやろう。まさか本当に殺されるようなことはないだろうし、騒いで有耶無耶にしてやれ。

「ノックもなしに飛び込んだのは悪かったけど、そりゃ飛び込むって話だろ⁉︎ こっちはこんな旅館なんて聞いてなかったんだぞ⁉︎」

 覗きから論点をずらし、このまま押し切れるか、と思ったが、

「言い訳してんじゃないわよ」

「大地君、それはよくないです」

「うん。開き直っちゃだめだよ」

「覗いたのは事実なんだから、ちゃんと反省しないと」

「ワンちゃん、それと、これとは、べつ」

「お兄ちゃん、覗きは悪いことだよ」

「兄さん、私家族から犯罪者が出るのは嫌だよ」

 味方がいねえ。真彩や小月まで、女性陣が皆して俺を悪者にしてくる。小月なんて真彩の姿も見えないし声も聞こえないのに、同じようなこと言ってくるし。

「そ、そういうことじゃ……!」

「先輩、こいつ逆ギレして有耶無耶にしようとしてます! 俺はマジで反省してます!」

「あ、トシ、テメェこの野郎!」

 トドメに、いつの間にかイヤリングを外して俺の思考を読んでいたトシがあっさりと俺を売る。

「こいつが思ってること全部教えるんで、俺だけはもう許してください!」

「異能の乱用で逮捕だテメェ!」

「うるっさい!」

 マジでこの裏切り者を張り倒してやろうかと思ったところで、諏訪先輩が一喝。体をすくませる俺たち。

「まあ、確かに私の説明不足が原因と言えなくもないから、あと五、六十発殴るだけで済ませてあげるわ」

 俺たちマジに死ぬんじゃねえか?

「大地と悟志、あと小月ちゃん以外には事前に言ってあったけど、この旅館は中部支部と提携している霊官関連の旅館なの。部屋にはそれなりの異能が籠ったものが置いてあるから、無闇に触らないようにしなさい」

「マジで先に言えよ……」

 あんな物がそこら中に置いてあるとか、最早この旅館は軽い異能場ではないか。

「なによ、鬼や幽霊の真彩は平気なのに、こんな物が怖いの?」

「それこそ別問題だよ。蜂の子やイナゴは珍味だけど、ゴキブリは食わねえだろ」

 県外の人間に言うと本気で引かれるのだが、長野には虫を食う文化がある。常食しているわけではないが、店とかでたまに食べると結構イケるのだ。

「私は蜂の子は食べるけど、イナゴは好きじゃないわ」

「論点そこじゃねえよ……」

 俺が深いため息をついていると、「あの……」と小月がそっと手を挙げた。

「どうしたの?」

「あの、私、帰っていいですか?」

 小月は腕の中のリルと火車をぎゅうっと抱きしめながら、涙目でそう言った。アニマルセラピーで現実逃避しようとしてるらしいが、そろそろリルたちが本気で苦しそうだ。対抗して噛んだり引っ掻いたりしていないのは立派だな。あとでオヤツをあげよう。

「え、なんで?」

「怖いからですよ!」

 そういやそうだった。

 小月は見えない真彩がいるだけで部屋に閉じこもってしまうくらいに、オバケの類が苦手だった。

 ハッキリ見える俺からすれば怖くも何ともない、とか思っていたが、この旅館のやつは俺も怖い。だっていかにもなんだもん。

「諏訪先輩、異能者やってると忘れそうになるけど、普通はオバケって怖いもんなんだぜ?」

「オバケっていっても正体不明の呪いとかじゃないのよ? ただの物に宿った異能じゃない」

 ダメだ。話が合わねえ。

「見えない小月からすれば、異能は正体不明の呪いなんだよ。真彩をウチに置いとく時にも一悶着あったのに、こんないかにもな異能グッズがあるとこだと……」

 一人で電車に乗せて帰らせるわけにもいかないし、ここは俺が連れ帰るか、どこか俺と他の宿を探すしかないか。俺もここに居たくないし。

「見えればいいのよね?」

「はい?」

 何を言っているんだ、と思ったのも束の間。諏訪先輩が烏丸先輩を促し、椚の間に置いてある諏訪先輩の荷物の中から何かを取り出してきた。

 烏丸先輩が小月に渡したそれは、メガネケース?

「小月ちゃん、そのメガネ掛けてみて」

「え?」

 ケースを開けると、そこにはシンプルなデザインのメガネが入っていた。見た感じ度は入っていないが、

「……異能具か?」

「正解」

 メガネからは確かな異能を感じた。感じる量は微かだが、それでも八雲が抱いていた呪いの日本人形よりは多い。

 戸惑いながらも小月がメガネを掛けてみると、

「えっ?」

 諏訪先輩の横に浮いている真彩を見て、小月が驚いたような声を上げる。

「も、もしかして、あなたが真彩ちゃん?」

 リルと火車を下ろしてスッと手を伸ばす。当然真彩の体に触れることは叶わないが、これは、

「真彩のこと、見えてるのか?」

「う、うん。浴衣を着た、女の子……」

 しっかりと、真彩と目を合わせる小月。

 真彩はパッと顔を輝かせて小月の周りを飛び、そんな真彩に戸惑いながらも小月はしっかりと笑みを見せた。

「……幽霊を可視化する異能具」

「異能を強めれば幽霊に干渉できる度合いが増える。これはアンタが発見したことよ。それなら、異能の力を込めたレンズを介せば視認できるかもしれないし、耳の付近に異能を込めれば声も聞こえるかもしれない」

「大丈夫なのか? 異能者でない小月に、異能具なんて」

 異能生物や妖蟲は、異能を求めて喰らう。

 異能場の力を求めて光に群がるように、このメガネの異能に集まってきたりしないだろうか。

「普段は異能を漏らさないあのケースに入れて、掛けるのは近くに異能者がいる時だけにさせなさい。そうすればあんな微弱な異能には寄ってこないわ」

 そう言って諏訪先輩はじゃれ合う俺のシスターズの間でパンと手を打ち、その場を治める。

「まだお互いによく知らない人も多いし、話したいことがあるのは分かるけど、先に面倒事を片付けましょう」

「面倒事?」

 なんだ、この旅行はただの海水浴じゃないってことか?

「幽霊、残留異能に関する実験を行うわ」

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