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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編25 柳の間

 到着早々エントランスでワンコがリバース、という事態を危ういところで回避し、改めて俺たちは割り当てられた部屋に案内された。

「ここが男子部屋な」

 男子三人分の荷物を抱えた目黒が案内してくれたのは『柳の間』と書かれた部屋。

「悪い大神、手え塞がってるから襖開けてくれ」

「おいおい目黒、お前は客に襖を引かせるのか?」

「…………」

 ぺい。目黒の奴、俺の鞄放り捨てて襖開けやがった。

「テメこのやろ!」

「うっせえ! 客だからって偉そうにすんじゃねーよ、バーカ!」

「お袋さんに言いつけちゃおっかなー?」

「ず、ずりぃぞ⁉︎」

「お前ら、馬鹿やってねえで部屋入ろうぜ」

 くだらないやり取りをする俺と目黒を尻目に、トシと烏丸先輩はさっさと部屋に入ってしまう。

 俺も目黒で遊ぶのはこの辺にして、部屋でゆっくりお茶でも飲むとしよう。

 放られていた鞄を持って部屋に入ると、三人部屋にしては随分と広い。四、五人は余裕で泊まれそうだ。

 実家も寮も洋室だから和室の畳の匂いは新鮮。部屋の中央には大きなちゃぶ台に、お盆に乗ったお茶と饅頭。これぞ旅館って感じだな。

「目黒、これ何茶?」

「焙じ茶。横の菓子は温泉行く前に食えよ」

 温泉に入ると血行が促進され、空腹の低血糖状態で入ると危険なので旅館には血糖値を上げるための菓子が置いてあるんだって何かで読んだな。何にでも理由はあるもんだ。

「いい部屋だな」

「そうか?」

「そうだろ。やっぱり旅館はこうじゃないとな」

 部屋の奥のスペース、広縁の窓からは海が見え、備え付けの椅子と小さなテーブルには将棋の盤駒まである。

 雰囲気、調度、どれをとっても完璧な旅館だ。

「生まれたときから住んでると、別に何とも思わないけどな」

 本当に何でもないように言いながら、慣れた手つきで押し入れから出した座布団をピッチリと並べる目黒。勿体無いな。こんないい雰囲気の旅館なのに。

「聞きづらいけど、何でこの旅館俺たちしか客いないんだ? 貸し切りって訳じゃないんだろ?」

「うちは中部支部の管轄で、ほとんど異能関連の客しか来ないんだよ。海水浴やスキーのピークにはもう少し忙しいけど、今年はもう過ぎたからな」

 中部支部の管轄。つまりマシュマロの実家や東京のホテルのような、異能者御用達の施設ってことか。

「何でそんなとこの息子が霊官アンチやってたんだよ……」

 すっかり忘れてるが、もともと目黒は霊官嫌いの鎌倉の腰巾着だったはずだ。

「いや、霊官の客って何か偉そうだったし、光生君の話聞いたらムカついて……。それなのにお袋は客には頭下げろって言うし……」

 反抗期かよ。

「それに地元じゃ変な意味で有名で、あんまり客は寄り付かないんだよ。あ、ここ開けるなよ」

 そう言って目黒が示したのは、入り口のすぐ横にある物入れの扉。座布団でも入っていそうな扉だが、座布団は押し入れから出してたよな。

「何があるんだ?」

 ガバッと、目黒の言いつけも聞かずトシが開けてしまう。

「あ、バカ!」

「…………」

「…………」

 扉を開けたトシと揃って絶句する。

 そこには、地元の客が寄り付かない理由があった。

 まず目につくのは扉。扉の中に扉。観音開きの、桐製の仏壇のようなものがある。


 固く閉ざされている扉はゴツい南京錠とぶっとい鎖がぐるぐる巻きになっており、扉全体にベタベタと無数のお札が貼ってある。極め付けにそのお札の上には、子どもがイタズラしたような赤い手形がいくつもあった。


「……こういうデザインだ」

「嘘つけっ!」

「んな訳あるか!」

 曰く付きっていうか、どう見ても呪われている。

「あーあ、また手形ついてるよ。この間拭いたばっかなのに……」

 ボソッとボヤく目黒。

 え、なに? この手形って拭いても拭いても現れるの?

「部屋変えろ! チェンジだチェンジ!」

「落ち着け大神」

 落ち着き払った様子で、烏丸先輩が淹れたてのお茶を啜りながら俺を制した。

「いや、落ち着けって、これどう見ても……」

「少しでも異能を感じるか?」

「あ……」

 言われてみれば、こんなあからさまな封印なのに、一切異能を感じない。こんな身近にあれば、部屋に入ったときから異能を感じて当たり前なのに。

 烏丸先輩の言葉にトシがポンと手を打つ。

「なるほど、つまり本当にただのデザイン……」


「封印は万全ということだ。まあ、それだけ厳重に封印する必要があるということでもあるが」


「ネコメぇ! 八雲ぉ! 部屋変わってくれぇ!」

 トシと揃って部屋を飛び出し、匂いを頼りに女子部屋を目指す。

 バタバタと走り、何度か廊下を曲がって辿り着いたのは、ネコメたちが居るであろう『楠の間』という部屋。隣の『椚の間』は諏訪先輩たちの部屋っぽい。

「助けてくれ!」

「ど、どうしたんですか、大地君⁉︎」

 半狂乱で飛び込んできた俺とトシにギョッとするネコメ。その横では八雲が、

「見て見て大地くん。ほら、お人形ー」


 赤い着物を着た日本人形を抱いていた。不自然に髪が長いやつを。


「や、八雲、お前、それ……」

「いっぱいあるんだよー」

 コレクションを展示するように、壁際の棚一面に同じような人形がズラッと並んでいた。こっちは封印とやらが施されていないのか、バリッバリに異能を感じる。

 部屋の隅でリルと火車を抱きしめて怯えて丸くなっていた小月を脇に抱え、トシと並んで部屋を飛び出して隣の部屋を目指す。

「な、何だお前ら⁉︎」

 部屋の前にいた鎌倉を蹴り飛ばし、襖を開けると同時に叫ぶ。

「すぅぅぅわぁぁぁあぁぁぁやぁぁぁめぇぇぇっ!」

「ちょっと先輩、どうなってんすかこの旅館⁉︎ 何処もかしこも呪いグッズだらけじゃ……!」

 飛び込んだ部屋の中では、

「よいしょ。ごめんなさい、私一人だと着替えられなくて」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「あたし和服って初めてかも」

「うっわ、雪村先輩胸おっきい……。羨ましい……」

「おっきいと、それは、それで、大変、だよ? ブラとか、可愛いの、少ない」

 一瞬の沈黙ののち、部屋にいた五人と目が合った。

「バカお前ら、今入ったら半殺しに……!」

 慌てて鎌倉が部屋に入って忠告するが、遅い。

 部屋の中では目黒のお袋さんが諏訪先輩に、里立がマシュマロに浴衣を着せていた。

 体が不自由で一人で着替えられない諏訪先輩が目黒のお袋さんに介助を頼んだのは想像がつくが、マシュマロは浴衣着たことないのかな? 和装慣れしてる様子の里立が着せている。そんな着付けの様子を、幽霊特有の服装変換で浴衣姿になった真彩が興味深そうに見ていた。

 つまり、諏訪先輩とマシュマロは、半裸だった。

「……大地、悟志、光生」

「俺も⁉︎」

 スッと目を細める諏訪先輩と、とばっちりで戦慄する鎌倉。

「ちょっと皆んな! 光生君も、何してるのよ!」

 慌ててマシュマロの前に立って体を隠す里立と、目黒のお袋さんも「あら」と諏訪先輩の浴衣の前を閉じる。

「ワンちゃん、トシくん、みっくん……」

 マシュマロが里立の向こうで浴衣の前を閉じる。帯が結べていないから、手で抑えているようだ。

 白い肌が赤く染まっている。ぽんやりしていてもやっぱり人並みの羞恥心はあるんだな、なんて益体の無いことを考えてしまうくらいには、俺は思考放棄していた。

「…………えっち」

 その言葉を契機に、俺たちは恐怖を見た。

 封印された扉や呪いの日本人形なんか目じゃ無いほどの恐怖。

 諏訪の姫巫女の、怒り。

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