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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編24 山水館

 山を越え、トンネルを抜け、山の木々の緑の隙間から、青い海面が見える。

「うーみーだー!」

「危ねえだろバカ!」

 高速道路を走行中にも関わらず窓から身を乗り出す八雲に対し、俺は車の後方から声を張る。

 烏丸先輩が八人乗りのバンは、運転手の烏丸先輩、諏訪先輩、マシュマロ、ネコメ、八雲、トシ、俺、そして里立で満員だった。広々とした大型車とはいえ、荷物とリルと火車のケージ、さらに透けるとはいえ真彩も一緒となると既に鮨詰め状態。

 そこで俺は、急遽同行することになった小月の代わりに、この夏休みで免許を取得して購入したアメリカンタイプの普通二輪で行くことにしたのだ。

 たたりもっけのときに感じた機動力の不安を補える上、俺の趣味でもあるバイク。

 夏の湿気を吹き流す風を感じながら高速道路を走る爽快感、腹の底に響くエンジンの振動。最高だ。

 高速道路を降りてすぐ近くにあった百円じゃない回転寿司で昼飯を食べ、俺たちは目的地である海水浴場近くの旅館、山水館を訪れた。

 山水館は山を背にした趣のある古風な建物で、道路を挟んですぐに海水浴場の見える好立地。山水館の名前の通り、水も山も見える立派な旅館。だというのに、駐車場には俺たちの車とバイク以外には何も停まっていない。確かに海水浴のピーク時期は過ぎてるけど、一台も車がないのは不思議だな。

「ようこそいらっしゃいました、鬼無里校のみなさん。いつも愚息がお世話になっています」

 フロントで俺たちを迎えてくれたのは、和服を着こなすいかにもって感じの女将さん。背後では見慣れた顔が二つ、複雑そうに床に膝をついて頭を下げている。

「よろしくお願いします、目黒さん」

 代表して挨拶する諏訪先輩に、目黒と呼ばれたおかみさんは瞑目してから恭しく頭を下げる。目黒ということは、やはりこの女性は背後にいる目黒百男の母親か。

「百男、光生君、お客様のお荷物を運んで」

「はい」

「はい」

 ずっと頭を下げていた二人は女将さんに言われて顔を上げ、ニヤニヤする俺たちを見て顔を顰める。

「髪切ったんだな、目黒」

「ああ、お袋き切られた」

 目黒は以前のロン毛、スラダンの初期のミッチーみたいな髪から、これまた復帰後のミッチーみたいな坊主頭になっていた。

「当たり前です。あんな頭でお客様の前に出るなんて許せません」

 ピシャリと言い放つ目黒のお母さん。鎌倉もピアスを外しているし、結構厳しいみたいね。

「んじゃ、荷物頼むよー」

 俺は真っ先に鎌倉に着替えなどが入った鞄を預ける。あの鎌倉に接客されるとは、中々いい気分だ。

 俺のちょっとした愉悦が伝わったのか、鎌倉はじろっと睨んでくる。

「おいおい、お客にそんな顔すんのかぁ?」

「っのヤロウ……!」

「そんな言葉使いしちゃダメだよ鎌倉くん。はい、荷物お願いねー」

 俺に続いて八雲、それから皆んなも次々と荷物を預ける。

 バイト先にクラスメイトが来るってこんな感じになるんだな。仕事モードと普段モードの板挟みで見てて面白い。滞在中はオモチャにしよう。

「あ、そうだ。目黒さん、急遽一人増えたんだけど、大丈夫?」

 おっと、その問題があった。小月の分の部屋とかどうするかな。

「ええ、それは大丈夫ですけど、お部屋はどうします? 当館は主に三人様部屋と四人様部屋ですが」

 三人か四人。そうなると男三人、俺とトシと烏丸先輩は決まりっぽいな。真彩はまあ、その気になりゃ部屋間の壁くらいすり抜けられるし、好きなとこにいてもらおう。

「大地と悟志と、叶も男子部屋ね。ネコメと八雲と四季、私とましろと小月ちゃんってのでどう?」

 初対面の小月にも分かり易いように名前を呼びながら指差し、諏訪先輩は確認するように問いかける。

「えっと、できれば私は、兄さんと一緒の方が……」

 勢いで連れてきてしまったが、初対面かつ年上の連中ばかりで気遅れしているのだろう。小月は不安そうに腕に抱いたリルをモフりながらそう言った。

「あー、でもそれだと他のメンバーがな……」

 俺たち兄妹だけならともかく、もう一人誰かってなると困る。二人で一部屋使うのも何か違う気がするし。

「それじゃあ、あたし小月ちゃんとっぴー!」

 背後から小月に抱きつき、ゲットだぜと言わんばかりに八雲が宣言する。

「ネコメちゃんは小月ちゃんとちょっとお話ししたことあるし、あたしも小月ちゃんとお話ししたい! それで二日目は部屋替えしようよ」

 ビックリしてもがく小月を絡めとりつつ、八雲はそんな提案をしてくる。今日のところはネコメと八雲が小月と一緒、里立が先輩二人と一緒ってことらしい。

 一見ふざけているだけに見えるが、八雲はこういうときとても気が使えるやつだ。小月が打ち解けられるように、わざと馴れ馴れしく接してくれているのだろう。

「に、兄さん……」

 困ったように見てくる小月に、俺は笑いながら「大丈夫だよ」と手を振る。

「そいつはまあ、馬鹿だけどいい奴だから。ネコメ、八雲、小月をよろしくな」

「はい」

「わーい! あたし妹も欲しかったんだよねー! 小月ちゃん、『お姉ちゃん』って呼んでよ!」

「え? え⁉︎」

 自分より背の低い自称お姉ちゃんにしがみつかれ、小月は困惑しながら回る回る。腕に抱いたままのリルもぐわんぐわん揺れて……

「そういやリル、随分大人しいな?」

 バイクより車の方がいいと思って小月に任せたが、そういえば車を降りてから一言も声を聞いていない。ずっと小月の腕の中で、どこか遠くの一点を見つめるように固まっている。

『ダ、イチ……』

 遠くの一点を見たまま、ぷるぷると震える。負傷した体にありったけの食い物を詰め込んだ、カリオストロのときのルパンみたいに。

『気持ち悪い……!』

 あー、そういや犬って車酔いしやすいって……

「待て待て待て! ストップだ!」

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