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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編23 夏休み最後の思い出

「大地くん、おっはよー! さあ、今日からは海だよ!」

「前々から思ってたけど、お前頭おかしいんじゃねえの⁉︎」

 八月十七日。三泊四日の東京、埼玉の夏コミ旅行から帰って来た、その翌日。

 駅でサヨナラしてから丸一日と経たず、八雲、ネコメ、トシの三人が俺の家にやって来た。夏休み丸出しの装いで。

 昨日は何も言ってなかったのでてっきり病院での話は聞き間違いだと思っていたのだが、間違いではなかった。

 今日から、海に行く。

 東京から帰って、一日と空けずに。

 馬鹿じゃねえの?

「どんなスケジュール管理してりゃそんな弾丸ツアー組めるんだよ!」

「高一の夏休みは一度しかない! 特に俺たちは夏休みの前半は異能絡みの事件で遊びが足りていない! これ以上説明がいるか⁉︎」

「うるっせえ、バーカ!」

 朝からケータイが鳴り止まないのでまさかとは思った。思ったから、ずっとシカトしてた。そしたら家まで押しかけて来た。

 馬鹿だコイツら。主にこのクモ娘。

「大地君、海は前々から決まってたじゃないですか。早くいきましょう」

「何でお前までノリノリなんだよ⁉︎」

 昨日の今日で息継ぎ無しに旅行。マトモなネコメなら八雲を止めてくれると思ったのに、まさか向こう側だったとは。

「兄さん、どうしたの?」

「さ、小月……」

 玄関先で騒いでいるのが気になったのか、背後から小月がひょこっと顔を出し、三人の来訪者を見て思いっきり顔を顰めた。

「……えっと、誰?」

「えーと……馬鹿?」

 胸元をはだけさせた派手なアロハシャツに額にグラサンを乗せたトシ。

 シンプルなワンピース姿に火車が入っているであろうケージを持ったネコメ。

 ノースリーブにホットパンツ、頭には麦わら帽子と水中眼鏡、手には虫取り網と魚を獲る銛。首から下げた虫カゴに浮き輪まで装着した八雲。

 最後の馬鹿のせいで『馬鹿』以外に形容する言葉が浮かばない。まさか駅前のマンションからその格好で来たのか?

「兄さんのお友達?」

 信じたくないが、これが俺の友達だ。本当に信じたくないけど。

「あ、もしかして大地くんの妹ちゃん⁉︎」

「お電話ではお話ししましたよね。私、お兄さんと同じクラスの猫柳瞳と申します」

「……大地、妹さんを紹介してくれるか?」

 バタン。俺は家のドアを閉めた。

「いいの、兄さん?」

「いい。さすがに旅行から帰った次の日にまた遊びになんて……」

 約束をすっぽかす形になるが、今回の海はパスしよう。そう思った瞬間、

「だ・い・ちー!」

「っ⁉︎」

 突然の叫声。聞き覚えのある声だ。

 慌てて窓から家の前を見ると、見慣れない大型のバンが停まっていた。

「出て来なさい、大地!」

「近所迷惑だからやめろ!」

 開けられたドアから大声で俺を呼ぶのは、諏訪先輩。避暑地で休暇を楽しむセレブみたいなデカいサングラスの奥で、その目を苛立ちの色に染めている。

「早くしなさい! お昼は向こうでお寿司食べるんだから!」

「寿司なんざ長野にもあんだろ!」

「途中で花火とかスイカとかも買うんだから、時間無いのよ!」

「会話する気ねえな⁉︎」

 いつものことだが、本当に理不尽だ。

 昨日まで東京にいたとか、そういうこっちの事情はお構い無し。いや、ネコメたちと諏訪先輩の横で手を振るマシュマロも昨日まで東京にいたけど。

「大神、早くしろ。お嬢様を待たせるな」

 パワーウインドを下ろし、運転席の烏丸先輩が急かす。普段通りキリッとした雰囲気出してるけど、トシみたいにアロハシャツ着てる。結構浮かれてるな、この人も。

「あぁ……」

 これは、行かなきゃならない流れだ。

 いや、もともと東京の方が予定外。海に行くことは決まっていたんだし、横紙破りが良くないのは分かる。

「兄さん、またどこか行くの?」

「いや、その……」

 そう。俺一人の問題なら、気怠い体に鞭打って海でもどこでも行こう。

 しかし、小月がいる。

 何年も会っていない妹と再会しての夏休みなのに、俺はまるっきり小月のことを放っておいている。

 せっかくの夏休み、もっと小月と一緒にいてやるべきだったんじゃないだろうか?

「お仕事?」

「いや、今回は完全に遊びなんだよ……」

 東京もほぼ遊びだったと思うが。

「そう。そりゃあ兄さんもお友達と遊ぶ予定、あるよね。行ってらっしゃい」

「小月……」

 笑顔でそう言ってくれる小月。しかし、この笑顔が本心とは思えない。

 普通は中学生の妹なんて、高校生の兄貴のことをウザがって距離をおこうとするものかも知れない。しかし、俺と小月の関係は普通の兄妹とは違う。

 正直言って俺は、小月との距離感を測りかねている。

 昔のように、カルガモの雛のように俺の後ろをついて回っていた頃のままの感覚で接していいのか、普通の兄妹のように多少距離を置くべきなのか。

 夏休みという時間があれば、その距離を確かめるためにお互いを知ることもできたはずなのに、俺は霊官の仕事、異能絡みの案件にばかりかまけて、小月を放っておいてしまった。

「なあ、小月……」

 だからこれは、俺から少しだけ距離を詰めようというだけのこと。

 断られたら断られたというだけの、ただの戯言だ。

「なに、兄さん?」

「お前も一緒に、海行かないか?」

 意外そうに見開かれる目。その奥に見える、確かな喜びの光。

 これは夏休みの、最後の思い出。

 妹と友達との、ちょっとした海水浴だ。

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