行楽編22 旅の締めくくり
猛暑の中コスプレをした二日目を終え、三日目はトシとセットで学ランを着せられてマシュマロの同人誌の売り子をさせられた。
学生の身には結構高価な焼肉屋での打ち上げにも同席させてもらい、二日目三日目とほぼ放置していたせいで不機嫌になったリルのためにお土産の弁当なんかも買った。
同人仲間の家に泊まるマシュマロを見送り、そうして、計四泊五日の東京旅行は最終日を迎えた。
夕方の新幹線までの間はアニマルズの世話を持ち回りしながら、黒川さんの案内で東京観光を楽しんだ。
八雲とトシの発案で秋葉原に買い物に行ったり、意外と渋い趣味なのかネコメは浅草の浅草寺を提案した。俺は今は無き築地場外市場で名物の玉子焼きやマグロの串焼きなどを食べ歩きし、時間はあっという間に過ぎていった。
「今度は冬コミ? 次はもっとゆっくりしてってね」
わざわざ東京駅まで見送りに来てくれた黒川さんに、俺たち四人は揃って頭を下げる。
「うん。そのときはまた泊めてくださいね」
「いや、俺は次はこないからな」
冬コミって確か年末だろ。年の瀬にまたあんな行列に並ぶのはゴメンだ。
「先輩も、学園祭いらしてくださいね」
「あー、都合つけば行きたいな」
夏休みも残り少ない。明けたらすぐに学園祭の準備だ。
二学期はイベントが多く、学園祭が終わればすぐに合同体育祭。それが過ぎれば、もう年末なんて目の前だ。
俺の抱えるモヤモヤや不安。そういったものを置き去りにして、時間はあっという間に過ぎていく。
時間は有限で、取り返しがつかない。
(こんなこと、思いもしなかったな……)
俺は、時間が惜しいと思った。
フリーターやってた頃は毎日ダラダラしていて、毎日が長く感じて、夜寝れば朝になるだけだと思っていた。
でも、考えることがあれば、時間はいくらあっても足りない。
毎日が惜しい。時間が過ぎないでほしい。
進路を考える時間が欲しい。霊官でいつづけることを考える時間が欲しい。それと同じくらい、何も考えずに皆んなと遊ぶ時間が欲しい。
俺のそんな矛盾した思考を察したかのように、ネコメたちと談笑していた黒川さんが俺の方を見て、笑った。
「悩んでるみたいだね、青少年」
「……三歳しか違わないですよね?」
「大学生から見たら、高校一年生なんて子どもだよ。まあ、その大学生も社会人から見たら子どもなんだろうけどさ」
「そう……なんですかね……」
俺はまだ、自分で思っている以上に子どもなのかも知れない。
初めて見たものに感化されやすくて、大人の言葉に揺らいでしまう。そんな、不安定で未熟な子ども。
「……大地くん、もしかして年上好き?」
「脈略がねえな!」
思い悩む俺の思考を素っ頓狂な言葉で掻き乱す八雲。本人がマジな顔してるのがなんか腹立つ。
「実のところどうなの、悟志くん?」
「俺に振るかね……」
困り顔のトシに「余計なこと言うな」と視線で釘を刺し、俺は深い溜め息を吐く。
この旅行では、本当に色んなものを目にして、色んな人に出会った。
考え方を、価値観を改める機会を貰った。
その中でも筆頭なのが、
「おーい、大神」
「え?」
呼ばれて振り向くと、そこは新幹線の改札口。券売機の近くにえらく目立つ人がいて、俺に向けて手招きしている。
「あ、あれって、この間大地と一緒にいた……」
そこにいたのは関東支部長、背の高いマッチョな老婆、大崎蘭さんだ。
「し、支部長⁉︎」
自分の所属する支部のトップの出現に、黒川さんは目を見開いたいる。いや、俺も驚いてるけどね。
「よお黒川、お前がこいつら泊めてたのか」
「は、はい。支部長、なんでここに?」
ずかずかと大股で歩みを進める大崎さん。夕方の混雑に見舞われていた東京駅だが、分かり易く人が避けるのですごく歩きやすそうだ。俺でも道を譲るね。
「ちょいと見送りにね。柳沢んとこの嬢ちゃんも、ちゃんと挨拶できなくて悪かったね」
「い、いいえ。こちらこそ、ご無沙汰しています、大崎さん」
ビシッと姿勢を正すネコメと、呆気に取られる八雲とトシ。そういえば何で俺が大崎さんと一緒だったのか話してなかったな。話す暇もなく連れ回したのはコイツらだけど。
「大神、ちょっといいかい?」
くいっと顎をしゃくって人気の少ない通路の奥を示す大崎さん。
黙って頷き、リルの入ったケージをネコメに預けて歩き出した俺の首周りに、フワッと何かが掛けられるような感触があった。
(八雲……)
これは、振動で音を伝える八雲の糸。俺と大崎さんの会話を盗み聞きしようって魂胆らしい。
八雲だけでなく、トシは心が読めるし、ネコメは耳がいい。この三人に対して隠し事や内緒話はほぼ不可能だ。
「帰り際に悪いね」
「あー、それはいいんですけど、これって人に聞かれちゃマズい話ですか?」
仲間同士で隠し事をするのは避けたいが、世の中には知らせることで相手を危険に晒すような話なんてザラにある。
八雲の糸を外し、ネコメの聴覚の範囲外まで離れる必要がある話なら、そうするべきだ。トシには後で口止めする。
「……なるほどね」
大崎さんは察したように目を細め、「そんな大した話じゃないよ」と言った。
「アタシはアンタに話す。ただそれだけだ。その話をアンタが誰に話すも話さないも、勝手にしたらいい」
「……分かりました」
盗聴には気付きつつ、それを知らん振りして話しても問題無い内容ってことか。それとも、あえて俺の仲間にも聞かせることで情報操作をしようってことなのか。
支部長クラスの考えることなんて、俺には分からない。
「大神、アタシはアンタを気に入っている。異能の希少さだけじゃなく、アンタそのものをだ」
「…………」
これは、リクルートの続きなのか?
隠さんに続き、大崎さんも俺という、リルという希少な異能を欲している。
異能は関係ないみたいなことを言われても、鵜呑みにはできない。
「……今は信用できなくていい。でももしも、アンタが本当にどうしようもなくなったときは」
懐に手を入れ、手のひらサイズのカードを手渡してくる大崎さん。受け取ると、先日貰った名刺とは違うものだ。
「そこに書いてある場所へ行って、そのカードを見せればいい。捨てずに待ってな。役に立つ時が来なけりゃ、それが一番だ」
カードには郵便番号と住所が書かれていた。意外なことに、そこは東京ではなく長野だ。
「貰っときます」
霊官同士で勢力争いをする他支部の支部長を、盲目的に信用する訳にはいかない。しかし、少なくとも大崎さんからは悪意らしいものを感じない。
義理立てというわけではないが、緊急時の連絡先の一つくらい貰っておいてもいいだろう。
俺が受け取ったカードを財布に仕舞うのを確認すると、大崎さんは少しだけ笑った。
「次会うとしたら、合同体育祭だ。関東の学校にも骨のあるやつがいるよ」
「俺あんまり興味無いんすよ、合同体育祭」
これは偽らざる本音だ。もともと俺は合同体育祭に参加させられるのが嫌でテキトーな部活に入ろうとしていたくらいだからな。生徒会に入ってしまった今となっては関係無いが。
「ははは、そう言ってくれるんじゃないよ。学生の中にはアレが楽しみだってやつもいるんだから」
変わってんなあ、さすが異能者。異能有りの体育祭なんてリアルにスマッシュブラザーズみたいになりそうなのに、そんなのが楽しみとか。
「……またな、大神」
「うす。またそのうち」
新幹線の時間が近い。俺の東京旅行も、そろそろ終わりだ。
手を上げて颯爽と去っていく大崎さんの背中を見送り、不思議な感覚を覚えた。
初めての経験をたくさんした。少しだけ価値観が変わった。
旅行は行く前が一番楽しい、なんて勝手な言い分もあるが、準備や事前連絡がほとんどなかった今回は、そんな感覚も無い。
強いて言うなら、結構楽しかった。
旅行で一番楽しいのは、旅行本番でも準備しているときでもなく、
終わって、思い出に浸るときなのかも知れない。




