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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編21 二日目

「あっぢぃ……」

 気温三十八度、湿度八十パーセント。地獄の呵責のような暑さと不快指数。陽炎揺らめく広場には、季節感も機能性も無視したトンチキな格好の人々が集まっている。俺も、側からみればその一人だ。

「すいませーん、こっち視線いですか?」

「はーい」

 この地獄を提供してくれた連中は、心から楽しそうにカメラを構える人の群れに向けてポーズをとっている。

「暑い……死ぬ……」

「大地君は長袖なだけで、まだいいじゃないですか。私はこんな冬服みたいなセーターなんですよ……」

 俺たちのグループどころか、この広場でこんな浮かない顔をしているのは俺とネコメくらいのものだろう。

 今日は夏コミ二日目。ここはコスプレ広場。

 黒川さんが俺たちに要求した宿代とは、つまるところコスプレ参加。自作の衣装を着てこの広場に行くというものだった。

 このコスプレがかなり本格的で、衣装のサイズ合わせはもちろん、ウィッグやカラコン、ハリウッド映画でも撮影するのかと思うほどの特殊メイクまで施された。しかも汗でメイクが崩れるといけないとかで、体の至る所をコルセットで締め上げて汗を抑えている。

 俺たちのコスプレは人気ソーシャルゲームの、とあるエピソードに登場するキャラクターのものだそうだ。

 俺の白い襟詰めが主人公のやつで、ネコメはそのエピソードのキーパーソンの女の子。マシュマロがゲームのメインヒロインの女の子で、トシがそのエピソードのラスボスらしい。

「やっべ、カーターだ!」

「うっわ、凄……!」

 カラス頭のトシは、なぜか大人気だ。

 頭がカラスなだけで服は親父さんから借りてきた普通のスーツなのに、一番カメラを向けられている気がする。

「ネコメちゃん、こっちこっち」

 ネコメと同じような服と、死人のように真っ白顔なメイク、頭には鬼のような角の特殊メイクを施した八雲がネコメを引っ張っていく。ネコメがコスプレしてる子のの友達らしい。

「コスプレはどう? 結構楽しいでしょ?」

 ネコメと入れ違いにやってきた黒川さんは、エラいイケメンになっていた。引き摺るほど長い黒のコートには、十字の意匠と特徴的な肩。フランス王朝時代の死刑執行人のキャラクターらしい。黒川さんの推しだそうだ。

「楽しくないわけじゃないですけど……」

 俺もネコメも、なんだかんだ言いながら結構楽しんでいる。

 普段なら絶対にしない格好も、メイクも、お祭り感があって気分が上がるのは確かだ。作品を知らなくても楽しい。

 だからこそ、俺は困惑している。

「……黒川さん、聞いていいですか?」

「なに?」

 カメラの波がひと段落ついたところで、俺は昨日から気になっていたことを聞いてみることにした。ネコメたちには、あまり聞かれたくない話だ。

「黒川さんは中部支部の霊官だったんですよね? それが今は、関東支部に移籍してるってことですか?」

「え? ああ、うん。確かに今は関東支部の所属だけど、それが?」

「霊官が支部を移籍するって、できることなんですか?」

 霊官の、支部間の移籍。

 支部同士は決して仲良くはない。互いが互いを疑い、一触即発とまではいかなくとも、ちょっとしたことで仲違いを起こしそうな関係だ。それは昨日の会食の席でよく分かった。

 霊官という一つの組織ではあるが、支部は各地方が保有する独立した異能の戦力として考えた方がいい。

 霊官の支部間の移籍とは、つまり戦力の漏洩になるのではないだろうか。

「うーん、私は特に功績があるわけじゃないヒラの霊官で、異能自体も別に珍しいものじゃないから、移籍の手続きは簡単だったよ。ましろやネコメちゃんみたいな、強力だったり珍しかったりする異能を持ってる人は大変かもね」

「やっぱり、そうっすか……」

 俺の異能、フェンリルは、間違いなく希少な異能だ。

 俺自身はそこそこ戦えるつもりだが、霊官として貴重な戦力というほどの実力があるのかは分からない。少なくとも生徒会の先輩たちより強いということはないだろうが、果たして俺は、隠さんの誘いを受けることができるのだろうか?

「大神君、県外への進学考えてるとか?」

「ちょっと遠いとこの大学教授から誘われてるんですよ。推薦状とかも書いてくれるとかで」

 支部長同士の会食に参加したことは、言っていいのかわからなかったので濁した。まあ大学教授なんてやってる霊官が隠さん以外にいるとは思えないので、黒川さんが隠さんのことを知っているなら大して意味のないことだが。

 俺の身に宿る異能、フェンリル。

 リルと混ざったこと、異能と出会ったことを不運だと思うつもりはない。

 そのせいで怪我もしたし、命の危機にも瀕したが、危険を差し引いてもお釣りがくるくらいの出会いにも恵まれた。何より、宙ぶらりんだった半端者の俺の人生に、風穴を開けてくれた。

 しかし、その異能のせいで人生の選択肢が狭まったとしたら、果たして俺は異能に対して真摯でいられるのだろうか?

「……大神君さ、今ちょっとモヤモヤしてるでしょ?」

「え?」

「分かるよ。初めて来た場所とか、初めて会った人とかに感化されて、今までの自分の考え方が揺らいじゃう感じ。昨日誰かに会ったんだよね?」

 歳上ゆえの経験からか、黒川さんはどこか遠い目をしながらそんなことを言った。

「……旅行で自分探しとか、そんなのガラじゃないですけどね」

 縁もゆかりもない土地に行って感化される。そんな曖昧な自分探しなんて、俺は無関係だと思っていた。

 でも、実際は違う。

 会ったことのない人に会い、見たことない景色を見る。それは今までの狭い視野を壊すには充分なものだった。

 霊官。

 異能。

 進路。

 将来。

 鬼との戦いなんかよりも何倍も現実味があって、何倍も陳腐で、何倍も不安に思える難題。

 俺は、どうなりたいんだろうか?

 炎天下の茹るような頭では、答えは出せなかった。

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