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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編19 黒川亜里沙

「自分の荷物なんだから自分で持てよ……」

 赤い軽自動車の元に駆け寄り談笑する八雲。それはいいが人に荷物を押し付けるなと言いたくなる。

 結構な重さの戦利品に四苦八苦しながら車に近寄ると、運転席の女性はにこやかに手を振ってきた。

「大神君と円堂君だね。八雲から話は聞いてるよ。ここあんま長いこと停めてると文句言われるから、早く乗って」

 そう言って女性は後部座席を指差し、俺たちは挨拶もそこそこに車に荷物を積み、自分たちも乗り込んだ。

 助手席に八雲、後ろに俺とトシ、荷物を座席の後ろに積むと、軽自動車はゆっくりと発進した。

「私は黒川亜里沙。今年の三月に鬼無里校を卒業して、今は東京の大学に通ってるよ」

 赤信号で停車したタイミングでそう名乗った女性は、ダッシュボードから出した缶入りのドロップを一つ口に含み、隣の八雲に缶を渡す。

 次いで八雲から缶を渡され、俺とトシも一つずつ頂く。疲れた体に甘いものは有り難い。と思ったが、発進の揺れと共に缶からはハッカ味が出た。

「…………」

「大神君、ハッカ戻したらおねーさん怒るよ」

「はい……」

 ミラー越しに釘を刺され、仕方なく白濁したそれを口に放り込む。食べてみるとマズい訳じゃないんだが、何でこんなに忌避してしまうんだろうな。

 独特の風味に眉をひそめながらミラーに映る顔を見ると、慣れた手つきでハンドルを操る黒川さんは、当然だが見慣れた同級生よりも大人っぽい。

 短く揃えられた茶髪に薄い化粧。見るからに都会慣れしてきた大学生って感じだ。

「でも、学年三つ違いの知り合いって珍しくないですか?」

 トシは缶を八雲に返しながらそう問いかけた。確かに、普通は同じ学校でも三つ違えば接点なんて無い。中高一貫の異能専科とはいえ、校舎は結構離れているし例外ではないだろう。現に俺も中等部の知り合いなんてほとんどいない。

「私は去年まで漫研で、学祭では毎年同人誌の即売会やってたんだよ。私が高等部一年のときに中等部一年の八雲が即売会に来て、本の感想くれてから仲良くなった感じ」

「それに同じ頃から霊官のお仕事でも色々教えてくれたから。ネコメちゃんともその頃ですよね」

 オタク趣味の繋がりだったのか。八雲の多趣味は昔からなんだな。

「つーことは、黒川さんも霊官なんですか?」

「うん、そうだよ」

 学生のときに既に霊官で、進学と同時に中部支部から関東支部の管轄地に引越し。そんなこともできるのか。

「つーか、今日泊まるのって黒川さんの家ってことか?」

「うん、そうだよ」

 さも当然のように言ってのける八雲。その答えに俺とトシは、軽くない動揺をきたす。

「えっと、黒川さん、ご家族は?」

「チワワが一匹。可愛いよ」

 ああ、ペット可の物件だからリルや火車を連れ込んでオッケーなのか。じゃなくて!

「そ、それってマズくないですか? 一人暮らしの家に……」

 一人暮らしの女子大生のお宅にお泊まり。クラスメイトの女子が一緒とはいえ、さすがにマズいだろう。

「じょ、女子大生の、お姉さんの、お家……!」

 隣でトシが変な鼻息になっている。やめろバカ。

「気にしなくていいよ。広いとこ借りてるから部屋は余ってるし。それに、ちゃんと宿代は体で払ってもらうつもりだから」

 先ほどの八雲と同じようなことを言いながらニンマリと笑う黒川さん。トシは「か、体で……!」と興奮しているが、多分そんな色っぽい展開にはならないと思うぞ。なんとなくだけど。

 複雑な心境で車に揺られること数分。駅前から続く大通りから少し脇道に入ると、辺りは閑静な住宅街になった。この辺は道一本隔てるだけで雰囲気がガラッと変わるらしい。

 車は住宅街の中でも結構上等そうなマンションの、砂利の敷かれた駐車場に入って停車する。

「ほい到着。このマンションの五階ね」

 ドアを開けて運転席から降りる黒川さん。鍵を抜く動作が無かったので気付いたが、この車はキーレスタイプらしい。まだ車内からは新車独特の臭いがしたし、高校卒業と同時に買いがちな中古車ではないようだ。

 住んでいるマンションも月五万のワンルームには見えないし、やはり霊官は羽振りがいいようだ。

「うおー! おっきいマンション!」

「そんないいもんじゃないけど、手頃なの見つかったんだ。大学までは一時間もかからないし、都内じゃ高いからね」

 そんな話をしながら先に行ってしまう女性陣。荷物持ちは男の仕事ってことですねコンチクショウ。

 軽やかな足取りの二人と、重い荷物を抱えた俺とトシはマンションのエントランスからエレベーターに乗り、五階に上がる。

 近くに立ってみて気付いたが、黒川さんは女性にしては背が高い。さすがにトシよりは低いが、俺とは大差無い。軽く百七十以上センチはありそうだ。

「…………あれ?」

 エレベーターを降りると、違和感に気付いた。

「どうした、大地?」

「いや…………」

 通路には先に来ているらしいネコメの匂いが残っている。リルと火車の匂いもだ。

 それと、よく知っている匂いが一つ。元々体臭が薄い体質なのだろうが、その程度でウェアウルフの鼻が勘違いするはずない。

「悪い、俺帰っていい?」

「ダメに決まってるじゃん」

 八雲、即答。俺、戦慄。

「待て待て! なんでアイツがここに居るんだ⁉︎ いや、そういや来るとか言ってたけど、だからってなんで……」

「往生際が悪いよ、大地くん。言ったでしょ、体で払って貰うって」

「まだ泊まってない! よって支払う対価は無い!」

 理論武装を掲げて逃げ出そうとする。が、踵を返したところでジャージの襟を黒川さんに掴まれた。

「鼻がいいって本当だったんだね。家入る前に気づかれちゃった」

「離してください!」

「ダーメ」

 荷物をトシに押し付けて全力で逃げようとするが、全然ダメ。この人ビクともしない。

 確かにタッパはあるが、それにしたってこの力は異常だ。昨夜の大崎さん程の馬鹿げた腕力ではないが、これは、黒川さんの異能か?

 襟を掴まれたままネコのように持ち上げられ、黒川さんはまるで重さを感じてないような足取りで部屋に向かう。

「無駄だよ、私の腕力は人間の五百倍はあるから。燃費悪いけどね」

 ジタバタともがく俺にそっとそう告げ、ドアを開け放った部屋に放り込む。そこには、

「ワンちゃん、いらっしゃーい」

 マシュマロ、雪村ましろがいた。

 俺とトシと烏丸先輩でBL同人誌を描いていたマシュマロが、そこにいた。

「帰してくれぇ!」

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