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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編18 合流

「疲れた……」

 東京の主要駅をグルリと円環する緑色の電車、山手線。運良く空いていた座席にどっかりと腰を下ろし、俺はそれ以上の感想が出てこなかった。

「あ! 大地お前、下に紙袋置くんじゃねえ!」

「じゃあ自分で持てやこんなもん!」

 座席の前で吊り革に手を掛けるトシに紙袋を突っ返す。

 どこかのサークルで同人誌とセット販売されていた紙袋には、駐車禁止の標識みたいな斜線の入った丸印に数字の十八が書き込まれているロゴ入りの薄い本がギッシリ詰まっている。持って歩きたくねえよ、俺は。

「えっと、ケータイは……。ゴメン大地くん、ちょっとこの袋持ってて」

「…………」

 ポケットをまさぐるのに邪魔だったのか、八雲が渡してきたトートバッグにも同様に薄い本が詰まっていて重い。チラリと目に入った中身は、少年誌で連載されている漫画、の男キャラ同士の肌色多めな漫画。

「同類だと思われる……」

 いや、趣味嗜好は人それぞれだし、別にこいつらの好きなものを否定するつもりは微塵もないんだけど。でも自分が好きなものなんだから自分で持てよ。

 早朝に会場である国際展示場についた俺たちを待っていたのは、今までの人生で見たことない程の人混みだった。

 万単位の人間が列を成し、各々が開場の時を今や遅しと待ち望む光景。

 カタログのコピーを片手に回るルートの最終確認を行なっていたトシと八雲に言われて近くのコンビニに行ってみると、店内ではエナジードリンクやスポーツドリンク、ゼリー飲料にバランス栄養食が山のように積まれ、簡易な折り畳み机に他所の店から借りて来たと思しきレジが計五台も稼働していた。短期間とはいえコンビニバイトの経験がある身からすれば、地獄みたいな忙しさだろう。

 そんな行列に何時間も並び、開場と同時に人の波が雪崩れ込む。走ってはいけないというルールの下、競歩の選手のような一斉行進が繰り広げられた。

 異様な光景だった。

 そして、入場と同時に襲ってくる参加者の熱気と体臭。普段汗をかかない連中の汗臭さもキツかったが、思いの外ダメージを受けたのは女性参加者の中にかなりの量の香水をつけている人がいたことだ。自然発生しない臭いというのは、異能混じりの鼻には異臭として感じられる。

 人混みに揉まれ、臭いに当てられ、瀕死になりながらも俺はなんとか割り振られたサークルのブースを周り、驚くべきことに目当ての本を買い終えると、たった二時間程度でこうして会場を後にしている。

「一日目、あっという間だったな。いい買い物ができた」

「だね」

「……たった二時間の買い物のために……」

 たったそれだけのために、長野からわざわざ東京まで来たとは、信じられない。俺からすれば信じられない感覚なのに、二人は心から満足そうだ。腹立つ。

 俺は昨夜から今朝にかけての霊官に対する不安や今後の懸念も忘れ、今はただひたすらに休みたかった。肉体的にももちろんだが、精神的に疲れた。

「それで、この後はどこへ行くんだ? 今日泊まるのはホテルじゃないとか言ってたけど」

「今夜はあたし達の先輩の家に泊まるよ。ネコメちゃんは先に行ってるから」

「先輩?」

 あたし達の、ということは、ネコメと共通の知り合いに上京した先輩でもいるのだろうか?

「あ、降りるよ」

 ちゃんとした答えを聞く前に、山手線の停車駅で俺たちは降りることになった。ここは、台東区の巣鴨だ。

「ほらほら、早く」

 八雲に急かされ、人が多い車内からホームに出る。そのまま改札を出て、都営地下鉄に乗り換えだ。切符を買うのに手間取る俺を他所に、予め電子マネーカードを用意していた二人は先に行ってしまう。俺の分も用意しておいてくれてもいいだろうに。

 窓があるのに景色が見えないという地下鉄独特の違和感に晒されること数分、新板橋駅で再び乗り換えだ。人生初の巣鴨と、何気に人生初の地下鉄だったのに、感想を抱く暇もなかった。

 俺たちは再び地上に出て、スマホのマップを確認する八雲に先導され、少し歩いて近場の板橋駅に向かう。こんな近くなのに別の駅とは、路線を敷くときにもっと上手く出来なかったのか。

「しかし、東京ってのはどこもかしこも大都市ってイメージだったけど、こういう駅前もあるんだな」

 地元では駅前というのは繁華街、都会っぽいイメージだが、東京では山手線なんかの主要駅以外は閑散としたものだ。駅前に大きなビルがあるわけでもないし、人の数も地元と大差ない。

「東京にも場所によって違いはあるよ。駅が多い分施設は大きな駅に集中するし、青梅市とかなんて長野市より田舎だし」

 青梅市の人全員を敵に回しそうな言い草だ。

 そんな益体もない話をしつつ乗り込んだのは、埼京線の下り電車。北区方面に向かう電車だ。

 さっき乗った山手線とは比べ物にならないほど乗客は少なく、俺たちは座席にゆったりと座りながら電車に揺られた。

「って、どこまで行くんだ?」

 気づいた時には電車は板橋区、北区を越え、埼玉県に入っていた。山越えもなく県境を跨ぐ移動がこんな簡単にできてしまうとは、さすが関東。

「武蔵浦和だよ」

「……すまん、どこだか知らん」

 東京の有名どころならともかく、流石に埼玉の駅名なんて把握していない。大宮と春日部くらいしか知らん。浦和って地名の入ったサッカーチームがあったと思うが、俺サッカー詳しくないし。

「さいたま市。埼京線沿いは結構住みやすいらしいんだよ。家賃は安いし池袋まで直通だから。東京の大学行く人は結構この辺で家探すらしいよ」

「大学か……」

 大学、そう言われて、ふと昨日の会食のことを思い出した。

 四国支部の支部長で大学教授だという隠さんに、うちの大学に来ないかと誘われた。

 フリーター時代は将来のことなんて考えてもみなかったが、大学生とは一体どういうものなのか、少し興味はある。

 そんなことを考えている内に電車は目的地の武蔵浦和に停まり、俺たちは大量の荷物を抱えたまま降車する。

「そういや荷物は? ホテルからネコメ一人に運ばせたのか?」

「ホテルまで先輩が車で迎えに来てくれたから、一緒に積んで行って貰ってるよ」

 泊めてもらうだけじゃなく、ネコメと四人分の荷物、それに犬猫二匹まで運んで貰うとは、少しお世話になり過ぎな気がするな。

「いいのかよ、見ず知らずの俺らまでそんな世話になって」

「気にしなくていいよ。ちゃんとお土産は用意してあるんだし」

 そう言って八雲は俺が持ったままのトートバッグを指さした。同じ本を二冊も三冊も買わされたと思ったら、使いっ走りも兼ねてたのか。

「それに、ちゃんと宿代は体で払って貰うしね」

「…………」

 その一言に、なんだか不穏な空気を感じた。

「えっと、もう駅まで来てるみたいだね」

 不安がる俺を他所に、八雲はケータイで連絡をとりながら駅周辺をキョロキョロと見回す。すると、クラクションの音と共に一台の赤い軽自動車がパワーウィンドウを下げた。

「八雲ー!」

「亜利沙先輩!」

 名前を呼ばれた八雲は持っていた戦利品入りのトートバッグや紙袋を俺に押し付け、自動車の方に駆けて行く。

 あの人が、先輩とやらか。

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