行楽編17 東京の街
ネコメにの寝ている部屋にリルを預け、俺たち三人はようやく明るくなってきた東京の街に駆り出す。
あらかじめホテルの前に呼んでいた未だ時間的に割増料金のタクシーの後部座席に三人で乗り込み、人通りの少ない街を静かに進む。
「はあ……。せっかくのブュッフェが……」
俺の手の中には、未練がましくとあるチケットが握られている。宿泊客用の朝食バイキングの券だ。
六時半開始のビュッフェ形式のバイキングは、宿泊客はこのチケットも料金に含まれているが、一般客の場合は結構なお値段がかかる。
和食と洋食中心の色とりどりのメニューに、一流ホテルのこだわりカレー。デザート類も自家製で、昨日食べたケーキに負けず劣らずなスイーツが何種類もあるらしい。
「楽しみにしてたのにな……」
「もう、あたしたちも我慢して来てるんだから、そんな暗くなること言わないでよ」
八雲の苦言にトシもうんうんと頷いてるけど、でもお前らは自分で行きたいからコミケに行くんじゃん。俺違うからね。
「明日は絶対食べるからな。絶対だからな」
二日目のお供は絶対ネコメに行ってもらおう。俺がアニマルズの世話役だ。ホテルでゆっくりするんだ。
「あ、言ってなかったけど、明日はホテルじゃないよ。だからビュッフェも無し」
「お前ふざけんなよ、マジで!」
聞いてない。全っ然聞いてない。考えてみれば日程なんてまるっと聞いてないけど。
「そんなに嫌そうにしないで、折角なんだし景色でも見ようよ。東京の景色だよ」
「景色っつっても……」
東京タワーやスカイツリーから見るならともかく、タクシーの車内から何が見えると言うのか。しかもまだ店とかやってないし。
「コンビニくらいしか開いてねえだろ……」
赤信号でタクシーが止まったのをきっかけに窓の外に目を向ける。すると、夏だというのにボロボロのジャンバーを着た小汚いオッサンが資源ごみの中から空き缶を盗んでいるのが見えた。
「…………」
小汚いオッサンがデカいゴミ袋にパンパンに詰めた空き缶を曲芸のように自転車に括り付けた辺りでタクシーは動き出す。まばらに通る人も、オッサンのことはまるで視界にも入っていないかのように見て見ぬ振りだ。
広めの公園の横を通ると、朝靄の向こうにビニールシートや段ボールの上で人が寝泊まりしているのも見えた。
「……初めて見たな。ホントにいるんだ」
地元ではほとんど見たことなかったな、ああいう人。物価も地価も高い東京だけど、人が多い分ああいう人も多いのか。なんかもう帰りたくなってきた。
「…………」
視線を上に向ければ、ネコメが住んでいる物件より物理的にも値段的にも高いであろうマンション。下を見れば、住む場所も仕事も無い人。
貧富の差なんて、どこか遠い世界の話だと思っていたのに、地元からほんの一、二時間の場所にも、確かにある。
ガキの頃に来たときには気にも留めなかったが、これが東京、日本の首都の姿なのか。
「……こういうのってさ、いいのかな?」
思わず口から出た曖昧な言葉。トシと八雲は揃って首を傾げた。
「こういうのって?」
「色々、だよ。俺らはまだ高校生のガキなのに、その……こうして人の金で遊びに来てる訳だろ?」
一般人の運転手がいたので言葉を濁したが、今言った『人の金』というのは、つまりは税金のことだ。
俺たち霊官は国家公務員。収入はもちろん、異能専科の生徒でいる内は衣食住の食と住までが税金で賄われている。
生活が苦しくて、消費税率の引き上げにも苦心する人。税金で経営不振になる会社。そういった人たちが納めた税金で、俺たちは飯を食い、こうして遊びに来ている。
それは果たして、正しいことなのか?
「……大地くん達は、それに見合うだけのことをしてきてると思うよ?」
僅かに言葉を詰まらせた八雲は、『私達は』とは言わなかった。未だ、自分の過去に対して思うところがあるのだろう。
「霊……俺たちって、こんなことしてていいのか? ヒマしてる場合なのか?」
「夏休みだぞ? 遊んで何が悪いんだよ?」
「ただの高校生ならいいだろうけどよ……」
俺たちはただの高校生ではない。霊官、国家公務員だ。
明日の生活もままならずゴミを盗む人を尻目に、俺はついさっきまで豪華な朝飯が食えないことを悔しがっていた。
「…………」
車内を気まずい沈黙が支配する。俺の迂闊な発言が原因だが、口にしたことが間違っているとは思わない。
公務員の収入が税金で賄われる。それはいい。教師や役所員はもちろん、警察も自衛官も人の生活には欠かせない仕事だ。
警察官でも休息を取るなんて当たり前だし、自衛官が休みの日に何をしようと咎められる謂れはない。事件や荒事に対処する人たちは必要だが、そういう人たちはヒマであることに越したことはない。それは平和の現れだからだ。
しかし、俺たちはどうだ?
霊官は今、乱れている。
未知の勢力、大日異能軍の存在。それに加えて、霊官内部ですらも分裂とは言わないまでも、支部間の仲間意識が薄いように感じた。
こんな俺たちに、遊ぶ資格などあるのだろうか?
「あのよう大地、お前ももう少し楽しんだらどうだ? そんな肩肘張ってても疲れるだけだぞ」
「…………」
心の中にわだかまりを抱えたまま、俺は眠気も忘れた俺を乗せて、タクシーはレインボーブリッジを渡り、会場の国際展示場に向かった。




