行楽編15 ごちそうさま
最後に運ばれてきたデザートは、夏蜜柑を使った爽やかなレアチーズケーキ。
正直今日食べた中でこれが一番美味かった。メインディッシュのステーキももちろん美味かったが、感動はデザートの方が遥かに上。昨今はコンビニでも本格的なスイーツが食べられるが、やはり高級ホテルのデザートとなると格が違う。
「アンタ甘い物好きなのかい?」
「結構好きだったみたいです」
元々別に嫌いではなかったと思うが、考えてみればあまり好んで食べてこなかった。最近ではマシュマロの実家の喫茶店で食べたくらいだが今後はもっと食べても良いかもしれない。新しい自分発見。
夢中で食べる俺に大崎さんは自分の分のケーキまで差し出してくれた。
「良いんすか?」
「アタシは甘い物は好きじゃないよ」
そう言われれば遠慮する理由はない。俺は躊躇わず皿を受け取り、あっという間に平らげた。大崎さんが隠さんの分を断らなければ、余裕で三皿食べられたね。
「ありがとうね、大神」
「はい?」
口に残る爽やかな余韻に浸っていると、大崎さんがそんなことを言ってきた。食事をご馳走してもらった上にデザートまで頂いた俺が言うなら分かるが、大崎さんが俺に何で礼を言うんだ?
「無理矢理連れてきちまったからね。急で悪かったと思うよ」
確かに、急だった。
考えてみれば今日の俺は急な出来事の連続。コミケの誘いを仕事と勘違いしてジャージのまま東京に訪れ、ホテルのレストランでは入店を断られ、ホテルの外で鉢合わせた相手は関東支部の支部長。そのまま地下駐車場で気絶させられたと思ったら、スーツを着せられてもう一人の支部長と会食と来たもんだ。とても数時間の内に起こった出来事とは思えない。
「……そういや結局、なんで俺を連れてきたんですか?」
隠さんが大日異能軍と繋がっていた場合は、大崎さんはこの個室で事を構えるつもりだったのだろう。そうなったときの戦力として俺を連れて来たのかも知れないが、それにしても他支部の、それもさっき会ったばかりの俺を連れてくる理由に足るとは思えない。
何より、大崎さんは柳沢さんを信用していない。そんな柳沢さんと多少なりとも関わりのある俺を味方に付けたいだろうか?
「お前は信用できる。少しやり合ってみてそれが分かった」
「なんの確証があって?」
「ンなもん勘だよ。女の勘」
勘かよ。
「この世界で長く生きてりゃ、相手が信頼できるかどうかなんて勘で分かる。逆に言や、そういう奴しか生き残れないんだよ」
その『この世界』というのは霊官の話だろうか? それとももっと別の、大崎さんが個人的に身を置く世界の話だろうか? 多分後者だろうな。
「隠の言った通りさ。アタシはアンタと繋がっていることをアイツに見せつけてやりたかった。勢力で最弱の関東支部が中部支部のウェアウルフを味方に引き入れたとなりゃ、うちほどじゃなくても戦力が足りてない四国は白旗上げると思ったんだけどね」
関東支部が勢力最弱というのにも驚いたが、俺一人を味方につけたくらいで勢力図が変わるものなのか?
「いくら生きた異能生物との異能混じりが珍しい異能でも、俺一人で……」
「アンタ自身というより、アンタの周りとも縁深いってアピールしたかったのさ。ただでさえ今の中部支部は戦力過多なんだ。柳沢は人当たり良さそうにしているが、それでも事を起こそうとしているとすれば無視できないだけの戦力がある」
「戦力過多ですか……」
確かに、御三家の娘で諏訪の姫巫女こと諏訪彩芽に、そのボディーガードの烏丸叶。二人と肩を並べる雪村ましろ。未だ学生の三人だけでも、とんでもない化け物の集まりだ。
「諏訪の娘たちだけじゃなく、変わり種の異能も多いと聞くよ。動物の異能に滅法強い獣の王。本来なら東北支部が外に出すはずのない座敷童。それに、藤宮が残した人工異能者もいるらしいじゃないか」
全員知り合いだった。しかも内二人は今同じホテルにいます。
「座敷童って東北が管理してる異能なんですか?」
「ああ。座敷童は戦闘向きではないが、力量に関係無く他者に大きな影響を与えるという意味では強力な異能だ。東北支部がおいそれと外に出す訳ない。だから今の東北はキナ臭いんだよ」
確かに、里立には俺も命を救われたことがある。座敷童の力の有用性は、身をもって知っているつもりだ。本来なら管轄地域の外に出そうとしないというのも納得できる。
大崎さんは先程、賛成派の中で柳沢さんを三番目に疑っていると言っていた。今の口ぶりからすると、二番目は東北支部の支部長ってことか。
「……たたりもっけ。支部が管理している敵対禁止指定異能生物が、そう簡単に大日異能軍に奪われる訳ないってことですよね?」
「ああ」
やっぱり。大崎さんは東北支部を、関西支部の次に怪しいと思っている。
しかし、東北支部には遠野さん、俺にとって一緒に戦った仲間がいる。遠野さんの上役が大日異能軍と繋がっているなど、あまり考えたくないことだ。
「お前が誰を信じるかはお前が決めれば良い。柳沢を信じるも良し、隠の誘いに乗るも良し。ただ、これだけは言っておくが、アタシはお前を気に入っている。それは本当だ」
そう言って大崎さんは破顔した。その容貌は厳しいのに、どこか親しみやすいおばあちゃんのような顔で。
「ホント言うとアタシも中部支部と揉めたくはないんだ。アタシの息子が中部支部にいるからね」
「息子さんが?」
大崎さんの息子ということは、ほぼ間違い無く俺よりも歳上。三十歳くらいだろう。ということは、母親が支部長を務める関東支部ではなく、わざわざ中部支部に所属している霊官ってことか。
「とんでもないバカ息子でね。組の跡目……いや、家業を継がせたかったんだが、こんな仕事はしたくないと言いやがって。ケンカしてそれっきりさ。中部支部で霊官の資格を取ったと聞いたが、今どうしてることやら……」
「…………」
家業の伝統を重んじる親と夢を追った息子みたいな感じ出してるけど、要は息子さん、ヤクザになるのが嫌で出て行ったんでしょ? そりゃ息子さんが正しいよ。
「大崎勝巳って名前なんだが、聞いたことあるかい? 今年で三十五になる男なんだが」
大崎勝巳、聞いたことない名前だ。
「いや、知り合いにはいないです……」
「そうかい。まあ、死んだって話は聞かないし、元気でやってりゃそれでいいがね」
大して気にした様子もなく、大崎はそれきり息子さんの話をしなかった。便りがないのは元気な証拠ってことかね。
食後のコーヒーは時間が遅いこともあり断った。ミネラルウォーターで口の中を洗い、会食は終了の雰囲気だ。
「アタシも名刺をやっとくよ。なんかあったら連絡しな」
「ありがとうございます」
二枚目の支部長の名刺。大崎さんにも隠さんにも色々と思惑はあるのだろうが、この名刺はきっと霊官としての俺の将来に役立つはずだ。ありがたく頂いておこう。
「ごちそうさまでした、大崎さん」
「おう。また会おうじゃないか、大神」




