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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編14 疑惑

「支部長の中に……」

 大日異能軍の内通者がいる。

 大崎さんの考察を、俺はゆっくりと飲み込む。

「……動揺しているようには見えませんね。予想してましたか?」

「いや……」

 予想していたとは言えないが、正直言って、驚きは少ない。

 腐敗女、ヘルは俺のことを多少知っていた。これは藤宮からの情報ではなく、内通者によるもの。それは先月の邂逅でのヘルの態度から確信しているし、報告もしている。霊官か異能専科の中に大日異能軍の内通者がいることは、俺の中でほぼ確定していた。

 しかし、支部長の中にも内通者がいるとなると、話は違う。

 霊官のトップ、支部長。その中に大日異能軍の内通者、いや、メンバーがいるなら、大日異能軍はただの犯罪集団じゃない可能性も出てくる。

「大日異能軍は単なる異能犯罪集団じゃなく、霊官の一部が結託することで生まれた組織。アタシはそう睨んでいる」

 大崎さんの考えは、俺とほぼ同じだ。

 支部長なんて役職の人間をただ取り込める訳がない。当人が率先して組織したと考える方が納得がいく。

 何より、大日異能軍を組織した発起人は霊官の藤宮。霊官の中に賛同者がいて、同調したと考えれば至極自然だ。

 そうなると、俺が初めて柳沢さんと話した時の内容も思い起こされる。

 霊官の中には藤宮の考え、軍事力としの異能を肯定する者もいる、と。

「……柳沢さんを、疑ってるんですか?」

 話の根幹はそこだ。

 学園祭と合同体育祭の開催に賛成した支部長。その中でも大崎さんは、中部支部の柳沢さんを疑っている。

 俺は柳沢さんのことを信頼している。

 ネコメの保護者で、俺たちの上司。そして、支部長という立場にありながら、あの日病院でまだ霊官ですらない俺に頭を下げた。

 ネコメや三馬鹿たち、若い人材を守ったことに、深い感謝を示してくれた。

 大崎さんが柳沢さんに敵対するなら、俺も相応の心持ちで挑まねばなるまい。

「三番目だ」

「三番目?」

「賛成派の五人の内、アタシは柳沢のことを三番目にクサイと睨んでいる。まあ、反対派の中で一番疑わしいのはそこのタヌキだけどね」

 ギロリと睨みを効かす大崎さんに、隠さんは「ひどい誤解です」と戯けてみせた。

「では、なぜその疑わしい私を会食の相手として招待したのですか?」

 隠さんはテーブルの上で手を組み、一つの疑問を投げかけた。なぜ疑っている自分と会っているのかと。

「一番クサイのはあの女狐だ。お前はお隣さんだろ? 知ってることがあるなら、洗いざらい全部話せ」

「女狐?」

 誰のことだろう、と考えを巡らせ、一つの可能性に思い至る。

 隠さんが支部長を務める四国支部。その隣といえば、九州か関西だろう。そして、関西の狐といえば、恐ろしく有名な異能がある。

「……九尾の妖狐?」

 俺が口にした異能生物の名に、二人の支部長はあからさまな反応を見せた。

「大神、この場でならまあいいが、外でその名をおいそれと口にしないことだ。奴の使神(ししん)はそれこそ日本中にいる」

「支社が全国にあるという意味でもあります。支部の管轄の枠を超えて、彼女は日本中の情報を得ることができる」

 ここに来て初めて、二人は同じ意見を口にした。

 奴とやらに気をつけろという意味の、忠告を。

「……関西支部の、支部長ってことですよね?」

 今までの話を総合すればそうなる。

 大崎さんが大日異能軍との関与を疑う、五人の賛成派支部長のうちの一人。

「関西支部支部長、九重珠枝。九尾の妖狐を封じた、九重家の現当主だ」

「九重家……」

 九重家は異能の御三家、諏訪先輩の諏訪家、遠野さんの遠野家と並ぶ家だ。

 そこの当主が、大日異能軍と繋がっている可能性がある。

「大神君は九重家についてはどの程度ご存知で?」

「名前以外は、ほとんど何も……。古い家で、異能の御三家ってことくらいしか……」

 それでも、大方の察しはつく。日本一有名と言っても過言ではない妖怪、九尾の妖狐。京都の狐神を祀る稲荷大社との関係は疑う余地もない。

「知らされていないなら、わざわざ話すこともない。九重のことは諏訪の娘にでも聞きな」

 俺の思考を遮り、大崎さんは再び隠さんに向き直る。今度は更に、語調を強めて。

「それで、あの女狐はどうなんだ? アイツの動きは管轄地域の外にほとんど出てこないが、隣のお前なら何か掴んでいるだろ?」

 隠さんは組んでいた手を広げ、やれやれというように首を振った。

「残念ながら、四国と関西はほとんど交流がありません。と言うより、あの人と交流のある方なんていらっしゃるんですか?」

「タヌキとキツネだ。仲良いだろ?」

「良くないですよ。そもそもキツネは有能でタヌキはダサい、みたいなイメージってありません? 私はキツネが嫌いなんです。もちろん九重さんのことも。研究対象としては興味ありますけど」

 隠さんの返答を聞き、大崎さんは深い溜め息を吐いた。どこか、緊張を解いたようにも見える。

「アテが外れたね。悪かったよ隠」

 微かに口元を緩めた大崎さんに、隠さんも笑みで返す。こう言ってはなんだが、隠さんの笑顔ってちょっと気色悪い。

「私としても関東と敵対するつもりはありません。その意思を確認できただけでも来た甲斐がありましたよ。それに……」

 そこで隠さんは俺の方を見て、その笑みを深める。

「例のウェアウルフ。大神君と知り合えたことも幸運でした。大神君、気が変わったならいつでも連絡を下さい。私は君のことを歓迎します」

 そう言って隠さんは名刺をくれた。大学の教授という肩書きの、霊官とは無関係の名刺だ。

「ど、どうも……」

 戸惑いながらも差し出された名刺を受け取る。話は面白いんだけど、やっぱりどこか気味悪いんだよなこの人。

 俺が名刺を受け取ると、隠さんはスッと立ち上がる。

「帰るのかい? 部屋を用意させるよ」

「お気遣いなく。これでも忙しい身ですので、帰る足がある時間なら帰らせていただきますよ」

 そう言って隠さんはドアを開け、個室を後にした。最後に、

「あ、狼くん、お肉が食べたいのでしたら私の分をどうぞ。肉料理は胃がもたれて苦手なんです」

 そう言い残して。

『ダイチ、あの人良い人だな!』

 ステーキを食べる権利を貰ったリルは尻尾を振りながらテーブルによじ登り、夢中で皿に向かって行った。

「いや、微妙だろ……」

 ステーキ一枚で籠絡されやがって。このチョロワンコ。

 しばらくして皿を下げに来たウェイターさんに、大崎さんが「デザートは二人分でいいよ」と告げた。

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