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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編13 霊官動乱

 八千万円という金額は、言うまでもなく大金だ。超大金だ。人間の生涯賃金が二億円なら、その内の四割。

 無論、一介の高校生に対してポンと出すような金では無い。

「何で、俺にそんなことを……?」

 八千万円出してでも、隠さんは俺を自分の管轄下に収めようとした。大崎さんは、俺にそれだけの価値があると言い切った。

 日本に八人しかいない霊官のトップの内、二人が俺にそれだけの価値を見出した。

 全くもって、意味が分からない。

「……まあ、知らぬは本人ばかりってか。いいだろう、話してやるよ」

 何もわかっていない俺に呆れたように、大崎さんは張り詰めた雰囲気を収めて椅子に座り直した。

「穏便に済めばよかったのですがね」

「真っ先に荒立てたやつが、どの口で言うんだい!」

「おやおや、彼をこの場に連れて来ること自体が荒立つ原因になったとは思いませんか?」

 次いで座った隠さんは飄々と大崎さんの罵声を躱す。

 俺の価値とやらの話をしようとした寸前、個室のドアが開かれ、再びウェイターが現れた。話に夢中で忘れかけていたが、今は会食の最中。コース料理を楽しんでいるはずだ。

 運ばれてきたのはメインディッシュ。分厚いステーキだ。

『お肉!』

 肉の匂いを嗅ぎつけ、テーブルの下からリルがひょっこり顔を出す。

「お前のじゃない!」

 つーかお前はさっきステーキ食っただろ。前菜もスープもすっ飛ばして。

『おかわり!』

「コース料理におかわりはねえ!」

 ギャンギャンと言い合いしながらテーブルによじ登ろうとするリルを床に押し戻す。話には全然加わらなかったクセに、食い意地ばっかり張りやがって。

「……本当に、会話できているのですね」

「アタシもこの目で見るまでは信じられなかったよ」

 俺とリルのやりとりを見て、二人の支部長はそんなことを言った。

「えっと、リルのことっすか?」

 首の後ろをつまんで持ち上げるリルを指して問うと、隠さんがしげしげとリルを見つめる。観察するように。

「人語を解し、完全な意思の疎通ができる狼の異能生物。そうそうお目にかかれるものではありません」

 テーブルに身を乗り出し、超至近距離でリルを見続ける隠さん。その視線が嫌だったのか、リルは、

『アウ!』

「あ痛!」

 ガブっと、隠さんの鼻っ柱に噛み付いた。

「あ、こら! いきなり何すんだお前!」

『なんか嫌だった!』

「そんな理由で人を噛むんじゃありません!」

 仮にも支部長、俺より超偉い人なんだぞこの人は。

「す、すいません、隠さん!」

「いえいえ、お気になさらず。……唾液の採取ができました」

 隠さんはさして気にした様子もなく、ポケットから取り出したあぶらとり紙のような物で噛まれた箇所を拭っている。

「大した度胸だね。気に入ったよ」

 大崎さんは俺の腕からリルを取り上げ、朗らかに顎を撫でる。

「大神、お前の相方が、このチビが普通の異能生物でないことは、見れば分かる。それを中部支部が意図的に隠していることもね」

「…………」

 やっぱり、リルがフェンリルの末裔であることは秘密にされているのか。

 諏訪先輩の意思か、それとも柳沢さんが働きかけたのか。あるいは、両名の総意なのか。

「異能者が、自分や仲間の異能を秘密にするのは、そんなに珍しいことなんですか?」

 他人の異能を詮索するのはマナー違反、俺はそう教わった。異能を知られることは、弱点が露見することに直結する。だから異能の正体は極力隠し、仲間内にだけ共有するのが当たり前だ。

「そう言う訳じゃないよ。霊官は決して一枚岩じゃないし、人間なんて腹の中で何考えてるか分かったもんじゃない。異能を隠すのは当然と言えば当然だ。しかし、有名過ぎる異能を隠すのは解せない。ウェアウルフなんて、多少の差異はあれど世界中に似た逸話がある」

 それは、確かにそうかも知れない。

 俺も異能に出会う前から狼男の存在は知っていたし、漫画や映画などでネタにされるくらいにはその能力も弱点も有名だ。わざわざ秘密にするほどの異能ではない。

「実を言うとね、今日本の霊官全体が浮き足立ってる。大日異能軍という、過去に例の無い規模と思われる異能集団のせいだ」

 大崎さんは切り分けたステーキをリルに与えながら、ゆっくりと語り出した。

 霊官の現状、そして、俺の価値を。

「大日異能軍の奴等は、日本全国はおろか、どうやら海外の異能者も引き入れている。日本中で騒ぎを起こしていることから、その規模は計り知れない」

「日本中で?」

 俺の知る限り、大日異能軍の絡んだ事件は長野と岩手、つまり、中部支部と東北支部の管轄だけのはずだ。

「たたりもっけの他にも、大日異能軍が関与していると思われる事件がここ数ヶ月で急増している。一番多いのが、行方不明になった若者が異能者になって霊官を襲うという事件だ。先月お前が相手した鬼成りの娘もその一人だよ」

「あんな奴が、他にも……」

 鬼成り、鬼に成りかけた人間。

 俺が戦ったあのボクサーの女は、相当の強さだった。

「その若者に共通しているのが、肉体に何かしらの疾患を抱えていたという点です。大日異能軍は若者に健康を与え、その見返りとして手駒として利用している。それが霊官の見解です」

「体が不自由だったってことっすか?」

 頷く隠さん。その言葉に、俺は少なからず衝撃を受けた。

 人生を謳歌している若者にとって、健康な肉体はある種当たり前のものだ。

 失った健康を取り戻せるなら、浅慮に大日異能軍に加担してしまうのも分からないではない。

 人の弱味につけ込む、卑劣なやり方だ。

「大日異能軍の行動は、まだ謎が多い。その目的の一つが霊官に対する攻撃なら、今後霊官やその候補が集まるような催しは避けるべきだという意見もあってね。各異能専科での来月からのイベントを中止する案もあった」

「それって、学祭をってことですか?」

 来月には夏休みも明け、異能専科では学園祭の準備が本格化する。これは全国の異能専科で一律だ。一般の来客もある学園祭では、確かに大日異能軍に襲撃されれば甚大な被害が出るだろう。

「それと合同体育祭もだ。日本中の若い異能者の中でも、特に有能なのが集まるイベントだからね」

「…………」

 理屈も理由も分かるが、納得はできない。

 俺たち霊官やその予備軍はともかく、異能専科に通う大多数の生徒は、異能を持っているというだけでただの学生なんだ。

 学生にとって年に一回しかない大切な催し物。特に学園祭は、夏休みが明けて再び訪れた不自由な寮生活に対する鬱憤を晴らすために必要なことだと思う。

「まあガキ共が楽しみにしているイベントを潰すようなことにはならなかったが、例年以上の警戒にはなるだろうね」

「開催できるんですか?」

「先日支部長全員と本部の代表を交えての会議があった。そこで開催派が多数でね。多数決ってのは全く合理的だよ」

 支部長と本部の霊官による会議。そんな大イベントがあったのか。

 しかし、今のセリフはどこか皮肉じみている。大崎さんは反対派だったってことかな。

「私としては反対だったのですがね。若い人材を危険に晒すのはいただけない。ともすれば夏休みを中断して全生徒を学校に集めるべきだと思ったのですが」

 隠さんの意見は合理的だ。

 夏休みの学生は浮かれるものだが、異能専科の生徒に関してはその危険度は普通の学校の比ではない。

 自ら異能犯罪に手を染める可能性だってあるし、今の話を考慮すればそれを見越した大日異能軍に接触される可能性だってある。

 若い異能者を管理する目的もある異能専科としては、学生を目の届く範囲に置いておきたいと思うのは当然だろう。

 しかし、生徒たちだって機械ではない。突然夏休みを奪われ、あまつさえ学祭の中止になんてなった日には、どれだけの憤懣が溜まるか想像もつかない。それがどのような形で爆発するのかも。

「アタシも学祭や合同体育祭には反対だった。しかし、蓋を開けてみれば賛成派が多数。その中には、柳沢もいた」

 我らが中部支部の支部長、柳沢さんは賛成派だったのか。

 そこにどのような思惑があったのかは知らないが、これは、手放しに喜んでいいことなのだろうか?

「アタシはね、大神。支部長全員が潔白だとは思っていない。もし支部長の中に大日異能軍の内通者がいるなら、それはまず間違いなく賛成派の五人の中にいる」

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