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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編10 机上の空論

 大崎さんはスパークリングワインを(今度はちゃんとグラスで)、俺と酒が苦手だという隠さんはミネラルウォーターで口を潤し、会食が始まった。

 最初に運ばれてきた前菜は、緑色のソースがかかった、何かが四角く固められたもの。ソースは匂いでほうれん草だと分かるが、この四角いのは色んな匂いが混ざっていて判然としない。

 四角い何かは白、黒、茶色、赤の四色の素材が縞模様を作るように層になった物で、リルのクッキーの件もありよく分からない物を口に入れるのは怖かった俺は皿の横に置かれたメニューを見るが、読めない。日本語どころか英語ですらねえなこれ。

 二人は当たり前のようにナイフで切った四色のそれを口に運ぶ。これ食えるんですか、と聞くのはさすがに失礼だと思ったので、恐る恐る白い部分をナイフで切って口に運ぶ。

「……魚?」

 白い部分は白身魚のフレークを固めたものっぽい。

「テリーヌだよ。食ったことないのかい?」

「生憎とこういうものは初めてで……」

 魚の部分だけではピンと来なかったので、今度は二人に倣い四色の層を全て切って、ソースを絡めて口に運ぶ。

「美味い……」

 赤い部分はトマト、茶色は何かの肉、黒からはゴマっぽい香りがした。

 テリーヌ、確かフランス料理だったと思うが、それ以上のことは知らない。とりあえず美味い。

 食えるという安心感からパクパクと食べ進め、あっという間にテリーヌを食べ終える。緑色のソースも美味かったので皿を舐めとってやりたい衝動に駆られたが、我慢した。

「さてと、少しお話ししても?」

「本題とは関係ないんだ。手短にしとくれ」

 大崎さんの承諾を得て、隠さんは軽く頷いた。

「大神君、君はそもそも異能をどういうものだと考えていますか?」

 いきなり難易度の高い質問が来てしまった。

「異能が、どういうものか……?」

 当然、考えたことはある。

 異能のメカニズム。成り立ち。そもそもどういうものか。

 異能と出会ってから何度も考えて、考えて、俺は諦めた。

「正直、分からないです。考えたことはあるけど、妖怪や妖精の残滓、人間とは違う異能生物、考えれば考えるほど、訳が分からなくなります」

 生物とは進化を経て今の形になった。

 類人猿が原始人になり、人になった。犬や猫、キツネなんかは祖先が同じで、イノシシは人が飼い慣らすことで豚になった。

 自然は跳躍しない、進化論を唱えたダーウィンの言葉だったと思う。

 しかし、異能生物とは何だ?

 妖怪とは?

 妖精とは?

 異能のエネルギーを得て虫が妖蟲になるのはどういう理屈だ?

 テーブルの下で美味そうにコースガン無視のレアステーキを食っている俺の相棒は、リルは何なんだ?

「……異能は異能だ。それだけでいいだろう?」

 吐き捨てるような大崎さんの言葉。思考の放棄とも捉えられる言葉だが、この人は考えたくないのではなく、きっと純粋に興味がないんだ。

 異能は技術で、戦闘手段。それだけでいい。そんな風に考えているのかもしれない。

「君もそう思いますか?」

 試すような物言い。俺は、ゆっくり首を振った。

「俺は、知りたい。異能がどういうものなのか、興味ある」

 俺の返答に隠さんは満足気に頷き、大崎さんはため息を吐いた。

「知ったところで別に何の得も無いだろうよ?」

「得とか損とかじゃなくて、純粋に知りたいんすよ。だって気になりません?」

「ならないね。全く気にならん」

 こりゃダメだな。

 興味がない人を無理に話に巻き込んでも、それこそ誰も得しない。大崎さんは抜きにして、俺だけで隠さんの話を聞かせてもらおう。

「ではお話ししましょう。ああ、一応言っておきますが、これからする話は今は全て『仮説』です。異能専科の教科書には載っていませんし、実験もできていません。あくまでも私の考察です。それでもよろしいですかね?」

 免責事項のような確認に、俺は頷く。要はここで聞いたことを真実だと思うなってことだろう。そういう思い込み、固定概念は、時として本当の真実を見定める上での邪魔になるからな。

「異能の正体、私はそれを、『素粒子』の一つだと考えています」

「そ、素粒子?」

 異能の話が、いきなり物理の話になってしまった。

「待ってくれ。これは異能の話だろ? 物理や科学には関係無いんじゃ……」

「異能者という結果があり、そこに再現性がある。ならば異能は科学の一つですよ。異能学とでも言いましょうか」

 面食らった俺がキョトンとしていると、隠さんはどう言ったものかと思案するように顎に手を当てた。

「そうですね……。錬金術、という学問は知っていますか?」

「そりゃ、名前くらいは……。何もないところから金を作ろうとしたやつだろ?」

 無から有を、非金属から貴金属を、そういう実験だ。

 中世頃から研究されていた、実現できなかった学問。

「ご存知の通り、錬金術はその後の科学に大きな貢献をしましたが、錬金術そのものは成功しなかった。しかし、錬金術は理論的に可能なのです」

「可能?」

 ますますもって意味が分からん。

 錬金術が可能なら、金は希少でも何でもなくなるではないか。

 訝しむ俺に、隠さんは満面の笑みで何度も頷く。

「可能ですよ。金という物質はダークマターでも何でもない、原子構造さえ解明されている、どこにでもある物質なのですから」

「……確かに、少ないってだけで、金はさほど珍しくもないが……」

 極端な話、金は今の日本人なら誰でも持っている。

 俺のポケットにも入っているスマートフォン。これは微量ながら金が含まれており、携帯電話だらけの日本は隠れた金の埋蔵国とさえ言われている。

「でも、だからって金が作れる訳じゃないだろ?」

「物質の相互変換、原子構造を操作する技術が確立されれば、存在する物体は全て作れます」

 相互変換?

 言葉の意味を察するに、文字通り互いに変換するってことか?

「例えばこのグラスに入っている水。これは言ってしまえば水素です。水素に電子を追加すれば、それはヘリウムになります」

「ああ、すいへーりーべーってやつか」

 電子の数による順番だったと思う。授業で聞いたような、聞かなかったような。

「相互変換とは、このような電子、分子、原子の構造を好き勝手にいじることです。極端なことを言えば、この地球の大気中に最も多く含まれる窒素の原子構造を金と同じにすれば、空気から金が作れるのです」

「…………⁉︎」

 隠さんの言っていることの原理は、正直理解できない。

 でも、理屈は分かる。

 一見してただの石である二酸化マンガンに、オキシドール、つまり過酸化水素水を加えて酸素を生成するという実験なら、小学生でもやったことがある。

 それはつまり、二酸化マンガンの構造を過酸化水素水で変質させて、その一部を酸素に変えたということ。

 もしこれが、この世界の元素の全てに適応できる技術があれば、あり得るぞ。

 気体の元素を調節して、個体、金を作ることさえも。

「無論これは机上の空論。そんなことは未だ実現できた者はいません。しかし、異能にはそれに比肩するだけの可能性がある」

 大きく腕を広げて言葉を繋ごうとする隠さん。遮るようにドアが開かれ、ウェイターが現れた。

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