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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
201/246

行楽編9 隠貫太郎

 当然だが今度はドレスコードには引っ掛からず、リルを連れていることを咎められることもなく、俺たちはレストランに入った。

 大崎さんが手近なボーイさんを呼び止めて何やら言葉を交わすと、みるみるボーイさんの顔は緊張で強張ってしまい、冷や汗を流しながら俺たちを案内し始めた。

 通されたのは店の奥。入り口のドアとは似ても似つかない飾り気の無い扉は、一見スタッフオンリーのバックヤードに入るためのもの。

 ドアの向こうは、薄暗くてシックな雰囲気の店内とは異なり、無機質な壁紙とリノリウムの床という地味な通路。普通に店内で食事をしている分には気付けなさそうだが、ここは機密性の高い個室ってとこか。

(マシュマロの実家みたいだな……)

 マシュマロの実家、霊官の下部組織である喫茶店の地下にある秘密の個室。

 一応は高校生の八雲が何故こんな高級ホテルを、しかも当日になって急に予約できたのか不思議だったが、リルのことを咎められず、大崎さんの顔も効くとなれば答えは一つ。

 このホテルは霊官の下部組織の一つだ。

 ホテルマンやボーイさんが全員異能者というわけじゃなさそうだが、少なくとも息がかかっているのは間違い無い。

「この中だね」

 恭しく頭を下げるボーイさんが立ち止まったのは、何の変哲もない扉の前。

 丁寧に開けられたドアを大崎さんの後に続いてくぐると、室内はレストランに負けず劣らず豪奢な造りになっていた。レストランと違い窓が無くて景色は見えないが、テーブルや椅子なんかはレストランの物より殊更に高級なように見える。

 そんな椅子に腰掛けて俺たちを、正確には大崎さんを待っていたのは、一人の男性だった。

「呼び出したのに待たせて悪かったね(なばり)。ちょいと立て込んじまったんだよ」

 隠、そう呼ばれた男性は、不健康そうな風貌をしていた。

 染めていると言うよりは傷んで色落ちしたようなクセのある茶髪。肌は青白く、痩身痩躯。テーブルの上で組まれた手は指先まで痩せこけて、肌がガサガサに荒れているのが見るだけで分かる。

 分厚いレンズのメガネの奥で、くっきりと隈の浮いた目を弓形に細めて、隠さんとやらは笑う。

「いえいえいえいえ。こちらこそこんな豪華なホテルに招待して頂き光栄の至りですよ大崎さん。それに時間のことならお気になさらず私は待ち時間というものが嫌いではありません。何故ならその降って湧いた空白の時間をどう使うかでその人が人生という有限な時間をどう使うのかが浮き彫りになると考えるからです。かつて偉人たちは研究中ではなく自宅でリラックスしている時にこそ世紀の大発見をしたと言われていますし……」

 なんだ、このめちゃくちゃに喋る人は⁉︎

「相変わらずよく喋るやつだね、アンタは」

 ゆったりした口調で喋るマシュマロの対極のような、言葉を区切るということを知らないまくし立てるような喋り。

 大崎さんは呆れながら隠さんの向かいに座り、帽子とマフラー、サングラスを外して空いている椅子に乱雑に放る。

「声に出すというのは思考する以上に自身の記憶に刷り込まれますから私は自分の思考を全て口にすることで状況の把握や心情の機微を再認識しているのですよ。うるさいと思うのはどうかご勘弁をこのクセのせいで私は会議の場で喋ることを禁止されまい歯痒い思いをしているので個人的な会食の場でくらい好きに喋らせて頂きたいものです。ところで……」

 途中で言葉を切られたことなど気に留めた様子もなくペラペラと喋り、隠さんは俺に興味深そうな視線を向ける。

「そちらの方は関東支部の方ですかな? お互いに同席者は無しでというのは大崎さんから出された条件だったと思いますが。ああ別に責めている訳ではありません大崎さんに何かしらの事情、或いは彼が同席に値する何らかの重要人物であるということは想像に難くありませんから。とはいえ紹介くらいはして頂きたいと……」

「やっかましい!」

 テーブルに置いてあった紙ナプキンがベチンッと隠さんの顔に張り付いた。異能とかではなく、ただぶん投げられただけで。

「アンタのクセは知ってるから喋るなとは言わんが、一度のセリフは二十文字以内に簡潔に纏めな!」

 さすがに長台詞にイライラしたのか、大崎さんは怒鳴り散らす。が、

「分かりました。ところで二十文字というのは文面に起こした場合を想定すると考えてよろしいのですか? それだと漢字を多用する場合と平仮名が多い場合で伝えられる情報に差異が出てしまいますし二十の発音と捉えた方が……」

 止まらねえなこの人!

 せめて区切れよ、聞き取りづらい!

 自分が言ったことを全く意識していない隠さんの喋りに深いため息を吐き、大崎さんは親指でビッと俺を指す。

「こいつは大神。中部支部の例のウェアウルフだ」

 大崎さんの紹介に俺は「どうも」と頭を下げる。次いでこの場にそぐわないリルの説明をしようとしたが、

「中部支部の、ウェアウルフ……」

 てっきり「例のというのはどういう〜」とか「中部支部の方がどうして〜」みたいな長いセリフが来ると思ったのに、隠さんは短く言葉を反復しただけで、それきり黙って俺を凝視してくる。

 俺は紹介しようとしたリルを抱き上げたまま固まってしまい、大崎さんが「アンタも座りな」と言ってくれるまで呆然としてしまった。

「ペラペラ喋るクセは大して意味の無いときのもんだ。本当に意味のあることを考えているときは、こうやって黙るんだよ」

 たっぷりと三十秒ほど隠さんは俺とリルを舐めるように凝視し、やがてニヤリと口角を上げて、今度はゆっくりと口を開く。

「お初にお目にかかります。私は(なばり)貫太郎(かんたろう)。霊官四国支部の支部長を任されております」

「っ⁉︎」

 四国支部の、支部長?

 東京ってのは田舎者からすればキラキラの大都会、その辺を有名人が歩いてるなんてイメージだが、実際は人や建物が多いってだけで、おいそれと有名人なんかを見かけるものではない。

 しかし、これはどういうことだ?

 俺は東京に着いてまだ三時間程度。その短い時間の間に、二人の支部長と顔を合わせた。

 たった八人しかいない、日本の霊官のトップ。その内の二人。霊官に限れば超のつく有名人だ。

 大崎さんと出会ったのは偶然。八雲が予約したこのホテルが霊官の下部組織で、関東の霊官のトップである大崎さんはここで会食を予定していた。

 隠さんは大崎さんの会食の相手。もともと二人が会う予定だったところに、俺が連れて来られた。

 偶然。たまたま。そんな一言で片付いてしまいそうだが、本当にそんなことがあるのか?

 運命なんて曖昧なものを語るつもりは毛頭無いが、今日俺が東京に来たことさえも作為的なものを感じてしまう。

「……良い目をしますね」

 痩せ細った指を組み、隠さんは俺を見てそう言った。

「え?」

「疑念からくる思考と考察、証明を求める目です。あなたには幾何学の素養があるかも知れません」

「幾何学模様が、なんだってんすか?」

「模様ではなく素養です。あなたは疑問を持ったことに対して自身の知識を総動員して解を求める傾向にあるでしょう? それは幾何学において最も重要な素質の一つです。人から教わったこと、教科書に書いてあることを詰め込むだけの人間には、決して越えられない壁がそこにはあります」

 先ほど同様にペラペラ喋る隠さん。しかし、不思議と今度の言葉はすんなりと頭に入ってくる。

 まるで、ある分野の専門家が子どもに自分が専攻する学問の面白さを説くように。

「オイオイ、まどろっこしい話をする気かい? 今日の本題は違うだろう?」

「いいではありませんか。知識を得たいと思うのは人間の本能のようなものです。未だ研究途中の理論であっても、若者の興味を向けてもらえる機会を逃したくはないのですよ」

 そう言って隠さんは笑みを深める。

「私は異能の科学的研究を行っています。少し、話をしましょう、大神君」

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