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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
200/246

行楽編8 同席

 高級ホテルの前に停まるリムジン。運転手を勤めていた藤牧さんがドアを開け、長身の初老女性、大崎蘭がマフラーをなびかせながら堂々と車を降りる。そのすぐ後ろに高級スーツに身を包んだ男、つまり俺が付き従う。

 俺は美容院で髪を切り揃えて貰い、普段使っているやつとは桁が二つ違うシャンプーで洗髪後、ワックスでキッチリと髪を固めてもらっている。オマケに「そのチンピラみたいな目つき隠しな」と藤牧さんがつけていたサングラスを掛けさせられた。

 小脇に抱えたリルが、死ぬほどそぐわない。

 通行人はチラチラと俺たちの様子を伺いながらも、目を合わせてはいけないと足早に去っていく。

 鏡のように磨かれたホテルの看板に反射した姿を覗き込むと、是非ともお知り合いになりたくない二人組が写っていた。悪いと評判の目つきを隠すために掛けたサングラスだが、余計に感じが悪く見えるのは絶対わざとだ。

 完っ然にヤクザの女組長と若頭にしか見えない。

「大崎蘭だ」

「お待ちしておりました」

 短く名前だけを告げた大崎さんに、ホテルマンの男性は恭しく頭を下げる。チラリと俺が抱えているリルに目を向けたが、何も言わない。良いのかよ、犬連れだぞ。

 モーセの海割りのように人が左右に避ける廊下を我が物顔で歩き、レストランのある階に行くためにエレベーターに並ぶ。が、前の人たちが皆んな違うエレベーターに並び直してしまい、必然的に一番早いエレベーターの一番前に並んでしまった。当然後ろには誰も並ばない。

「やっぱり犬連れは悪目立ちするね」

「絶対リルのせいじゃないだろ……」

 こんなヤバそうな二人組見たら、普通は関わらないようにそっと避けるだろう。誰だってそーする。俺もそーする。

 早々と乗れたエレベーターには他の人は乗って来ない。運良く他の階で止められることもなく、俺たちはすんなりレストランのある階に辿り着いた。

 高級ホテルだけあって非常に静かに開くエレベーターのドア。中にいた俺たちを見ると、乗ろうとして待っていた人たちもあからさまに避けてしまう。

 人が掃けたエレベーターの前だが、前の人が邪魔で俺たちの姿が見えなかったらしい三人だけが残っていた。その三人とは、

「え?」

「お、大崎さん⁉︎」

 食事を終えたネコメと八雲とトシがいた。

「おや、柳沢のとこの猫娘じゃないか。久しぶりだね」

 大崎さんはサングラスを外し、「なるほど、仲間ってのはこの子たちのことかい」と大仰に頷いた。ネコメと八雲は霊官だけあって大崎さんのことを知っているらしいが、トシは普通にビビっている。そりゃそうだ。

「ネ、ネコメちゃん、八雲ちゃん、この人は……?」

「関東支部の支部長、大崎蘭さんです。大崎さん、彼は円堂悟志君。私たちのクラスメイトで、中部支部の霊官になる人です」

 紹介されたトシのことをずいっと睨め付ける大崎さん。おお、トシのやつビビってるビビってる。背はトシの方が高いが、筋肉や纏ってる雰囲気のせいで大崎さんの方がデカく見えるな。

 それにしても、霊官と他の支部の支部長というだけにしては、ネコメは大崎さんに対して随分と親しげだ。大崎さんが『柳沢のとこの』というだけあって、支部長同士の繋がりの縁で顔見知りなのかな。

「大崎だ。よろしくね、ボウズ」

「円堂です。よ、よろしくお願いします……」

 ペコリと頭を下げ、気まずそうに顔を逸らすトシ。そして、逸らした視線がサングラス越しに俺と合った。

「……え、大地?」

 大崎さんの圧に隠れていたのか、三人とも後ろに控えていた若頭が俺だと今の今まで気付かなかったらしい。リルのことも目に入らないくらい目立つんだな、大崎さんは。

「よお、俺抜きで食う飯は美味かったかよ?」

 サングラスをヅラして素顔をみせる。格好の雰囲気に飲まれているのか、ちょっと昔みたいな口調になってしまう。

「ど、どうしたんですか、その格好?」

「すっごーい! カッコイイ! ちょーアニキっぽいよ大地くん!」

 舎弟が言うところのアニキか。実際妹はいるからあながち間違ってはいないけど、これカッコイイか?

「誰がアニキだ。この服は、えっと……」

 なんて説明したもんかな。

 大崎さんの会食の相手はどうやらネコメたちじゃないみたいだし、支部長自らが相手をする会食のことを軽々に口にしていいものが悩む。

 俺が言い淀んでいると、代わりに大崎さんがことの成り行きを説明してくれる。

「この小僧とはさっき偶然会ってね。アタシの付き添いを頼んだんだよ。悪いがチョイと借りてくよ」

 ぽすん、と俺の頭に手を置き、軽く押して歩くように促してくる。『早く行くよ』ってことかな。俺の服の調達に時間がかかってしまったし、こんなとこにたむろってたら迷惑だもんな。

「そういう訳だから、チョット行ってくる。飯食うだけだから、遅くならないと思う」

「い、いやいや、なんでそんな事に……」

 納得の行っていない様子の八雲に軽く手をあげて、三人の横を通り過ぎてレストランに向かう。安心しろ八雲、俺もなんでこうなったのか全然分かってない。

「それじゃ、またそのうちね。柳沢によろしく」

「あ、はい、失礼します……」

 戸惑いながらもペコリと頭を下げるネコメに倣い、八雲とトシも大崎さんに向かって会釈する。

 少し遅い時間だけあって今からレストランに向かう人は少なく、俺たちは食事を終えた人たちとすれ違いながらレストランについた。

「あ、ネコメたちにリルを預けといた方が良かったですかね?」

 こんな高級ホテルのレストランに犬連れとか、普通にあり得ない。

『ダイチ、自分だけ美味しいもの食べるつもりか!』

 腕の中で抗議の声を上げるリル。相変わらず食い意地の張ったやつだ。お前どうせいい肉と安い肉の違いとか分からねえだろ。

「そうじゃねえよ。お前にはあとでルームサービスでも頼んでやるから……」

「いや、アンタはそのワンコと一緒の方が異能を使い易いんだろう? 万一の事があるかもしれないから、連れて行くよ」

「……万一?」

「万一さ」

 なんだよ、異能を使うような万一の事って。いや、異能を使うってことは多分戦闘なんだろうけど、どんな人と今から飯食うんですかね?

「あの、今更なんですけど、なんで俺を連れて来たんですか? 一人じゃマズいってんなら、車運転してた、あの藤牧さんを連れてくれば良かったんじゃ?」

 藤牧さんは異能者だ。異能者を知覚できる異能者特有の感覚で分かるから、それは間違い無い。

 すぐ近くに部下の異能者がいるのに、わざわざ他所の支部の人間を連れて行く理由が分からない。

「藤牧はまだ場数が足りないんでね。万一の事になったら対応できるか怪しいし、そうなったらアタシだけじゃ守れない」

 いや、マジで誰と飯食うんだよ!

 こんな高級ホテルのレストランで異能を使う万一の事なんて、絶対勘弁なんですけど。店にも超迷惑だろうし。

「ぶ、武闘派ってことなら、俺より適任が……」

「万一の事を抜きにしても、アンタには同席してて欲しいんだよ。アンタは、奴等と何度も接触したんだろう?」

 サングラス越しに目を細める大崎さん。奴等というのが何者を指している言葉なのかは、すぐに分かった。

「……大日異能軍と戦ったのは俺だけじゃないですよ」

「実を言うとね、アタシはあの娘たちを信用していないんだ。正確には、あの子の保護者をね」

「柳沢さんのことっすか……」

 否定も肯定もせず、大崎さんは歩みを進める。

 霊官は決して一枚岩ではない。支部間での連携は拙いし、他支部を敵視する者も少なくない。

 大崎さんと柳沢さんも、友人同士って訳じゃないんだな。

「さてと、気ぃ引き締めな」

 目の前には、先ほど門前払いされた豪奢なドア。

 豪華な食事に心躍らせていた先程とは違い、今は、魔窟への入り口に見えた。

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