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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編7 ドレスアップ

「ふーむ、なかなかサマになってるじゃないか」

「い、いや、あの……」

 鏡。全身が写せるほどに大きな姿見。そこにはピッカピカのスーツを着て引きつった笑みを浮かべる俺と、満足げに頷く大崎さんの姿があった。

「間に合わせにしちゃ上等だね。これを貰うよ」

「はい、ありがとうございます」

 頭を下げる店員さんの差し出すトレーにクレジットカードを乗せ、大崎さんはご満悦だ。アメックスのブラックカードなんて初めて見たぞ。

(なんで、こんなことに……)

 ここは俺たちが泊まるホテルからほど近い大通りにある服屋。それもただの服屋ではなく、いわゆる有名ブランドの店だ。

 地下駐車場で意識を失った俺は、気付いたらここにいて、店員さんに採寸されていた。

 本来なら注文から完成まで数週間を要するブランド物のスーツの仕立てを、大崎さんの一声で三十分で完成させ、ネクタイピンや靴まで用意され、訳も分からないまま着させられた。

「支部長」

「ん?」

 カードの伝票に慣れた手つきでサインする大崎さんに話しかけるのは、サングラスを掛けたスーツ姿の男性。この人は雰囲気で分かる、異能者だ。

 恐らく大崎さんの部下、関東支部に所属する霊官であろうその人が腕に抱いているのは、リル。

『ダイチ……』

「リル、お前……」

 目が覚めてから姿の見えなかったリルは、なんだかツヤッツヤになっていた。

 毛には丁寧にブラッシングが施され、普段の砂埃まみれのわんぱくな仔犬から金持ちのペットの血統書付きの犬に生まれ変わったようだ。

「トリミングが終わりました」

「ああ。よく見たら良いツラしてるじゃないか、このワンコも」

 大崎さんはスーツの男性が差し出したリルの首の後ろを掴んで持ち上げ、未だ呆然とする俺に渡してくる。

 そして俺のことをじっと眺め、乱雑に頭に手を置く。痛い。

「そうだね、アンタもあと髪くらい整えるとするか。藤牧、いつもの店に連絡しな。あと車だ」

「はい」

 藤牧と呼ばれた男性はスッと頭を下げ、胸ポケットから取り出したケータイでどこかに電話しながら店の外に出て行ってしまう。

「ほら来な。その格好ならレストランも文句言わないだろうよ」

 先ほどのリルのように襟の後ろを掴まれて持ち上げられる俺。扱いが雑だ。

「ちょちょちょ、待った! 全っ然話が見えないんだけど⁉︎ アンタ何のつもり⁉︎ なんでさっきまで戦ってたのにスーツなんて……!」

 宙吊りになりながらわたわたと手足をバタつかせて抵抗すると、

「やかましい!」

 ガクンっ、腕を振って揺らされた。

「ウダウダ言うのは男のすることじゃないよ。どうしても聞きたいことがあるなら車の中で話しな」

 説明を求めただけなのに。何だよこの理不尽さは。

 店員さん一同によるお見送りを受けて店を出ると、そこにはえらく車体の長い黒塗りの車が停まっていた。

「すっげ。リムジンってやつか……」

 黒塗りのリムジン。窓にはスモーク。一目でカタギの車じゃないと分かる。

 先ほど店から出て行った藤牧さんとやらが後部座席のドアを開け、大崎さんに放り込まれる。わちゃわちゃしながらシートに座ると、すっごい座り心地。とても車のシートとは思えないね。

「出しな。三分でつけろ」

「はい」

 自身もドッシリとシートに腰を下ろし、運転席の藤牧さんに短く命令すると、大崎さんはシートの横の備え付けの小さな冷蔵庫を開け、中からスパークリングワインのボトルを取り出した。

 軽く振って、膨張した炭酸ガスで僅かに浮き上がったコルク栓を引っこ抜くと、ポンッと小気味のいい音が鳴る。

 溢れる泡を舐め取り、ボトルに直接口をつけてラッパ飲みする。スポーツドリンクみたいに飲んでるけど、それお酒ですよね?

「げっふぅ……。お前もやるかい?」

「未成年なんで……」

 葡萄の甘い香りにアルコール臭が混ざったゲップ。一気にボトルの半分くらい飲んでることに慄きながら、再び冷蔵庫を開けて俺の分まで取り出そうとする大崎さんに丁重に断りを入れる。ていうか一人一本飲むもんじゃないでしょうよ。

「あの……いい加減答えてくれません? 俺はなんでスーツなんか着させられてるんですか? つーか俺の誤解はもう解けてるんすかね?」

 さっきは戦うことになってしまっだが、とりあえず今のところは敵対的には感じない。スーツ買ってくれたし。

「誤解ぃ? ンなもん最初っから分かってたよ。アタシのシマに喧嘩売りに来たにしては、アンタはモノを知らな過ぎる」

 ぐびぐびとスパークリングワインをあおりながら、とんでもないことを言った。

「はあ⁉︎ じゃあなんで戦わなきゃいけなかったんですか⁉︎」

 キチンと話を聞いてもらうために、異能を使って戦った。圧倒的な実力差を見せつけられ、気絶までさせられた。しかし、そうまでしたのに最初から分かっていたとはどういうことだ?

「……試したかったのさ。諏訪の姫巫女やあの若僧が隠し球にする、アンタの力をね」

「っ!」

 諏訪の姫巫女、諏訪先輩のことだ。

 この人、俺のことを知っていたのに、俺と戦ったのか。

「……他の支部でも、俺のことは知ってると思いますけど?」

 俺の戦績、藤宮逮捕の話なら、東北支部の伊勢田さんも知っていた。ましてや支部長となれば、知らないはずがない。

「生きた狼との異能混じりで、歳の割に頭が切れる。出回ってる情報はそれだけさね。アンタは、いや、アンタたちにはまだ何か秘密がある。そうだろう?」

「…………」

 これは、意図的に隠しているってことか?

 諏訪先輩や柳沢さんが、俺が混ざった異能の正体。リルが北欧神話の神獣、フェンリルの子孫であるってことを。

 俺が危惧していた大日異能軍の内通者が持ち得る情報にも、合致する。

「答えなくていいよ。その顔見りゃ事情があるのは分かる」

「……助かります。それで、このスーツは?」

 戦った理由は何となく分かったが、このスーツの説明がつかない。

 レストランがどうこうとか言っていたが、まさか俺の事情を聞いて食事のためにドレスコードに合わせた服を買ってくれたって訳じゃないだろう。こんな高級なスーツを。

「客が来てるんだよ、他の支部からね。飯食う予定なんだが、アンタにも同席して欲しくなったのさ」

「客?」

 それってまさか、俺たちのことか?

 仕事だと思って来たら目的はコミケで、その実関東支部の支部長との会食をセッティングされていた?

「着いたね。さあて、そのボサボサ頭を整えようか」

 リムジンが停まったのは、これまた高級そうな美容院の前。看板に書いてあるお値段は……うわぁ、カットだけで八千円とかだよ。普段千円カットで済ませてる俺からすれば考えられない高級店だ。

「テキトーに揃えてもらいな。第一印象ってのは案外大事なんだよ」

「はい……」

 気後れするなあ、こんなオシャレな美容院。

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