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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編6 支部長の実力

 打ち鳴らした拳は、まるで金属塊同士をぶつけたような轟音を地下駐車場に響かせた。明らかに革製品の手袋から発せられていい音ではない。

 目の前の人は、今からあの手で俺を殴る。それが分かった瞬間、俺は戦慄し、慌てて両手を上げる。

「待った待った待った! 俺は中部支部の霊官、大神大地だ! アンタに敵意は無い!」

 降伏の意思と共に名乗り返すと、巨漢の老婆、関東支部長の大崎蘭はピタリと動きを止めた。

「アンタが、霊官? 手帳は持ってるのかい?」

「ま、まだ発行されてないが……」

 俺の返答に大崎さんは口をへの字に曲げる。ヤバい、怪しまれただろうか?

「新制度で霊官になった新人ってとこかい?」

 やった。新制度のことも知っているし、話の通じない人じゃなさそうだぞ。

「そうそう! さっき言った一年一組ってのは異能専科の鬼無里校の一年一組のこと! 今は仲間の霊官とプライベートで旅行に来てるだけ!」

 会話の機会を逃す手はない。そう思って包み隠さず事情を説明するが、

「嘘つけ。旅行にジャージ着てくるバカがいるか」

 かえって怪しまれてしまった。

「俺は旅行って知らなかったんだよ! 仕事だと思って来たから動き易い格好で……」

「その仲間はどこにいる?」

「今はこのホテルのレストランで食事をして……」

「なんでアンタは一人で外にいたんだい?」

「レ、レストランに入店を断られて……」

「ええい、まどろっこしいっ!」

 ブォンッ!

 俺の言葉を遮る大崎さんの素振りによる拳圧が、十メートル近くある距離を超えて俺の髪を揺らした。

「手帳は持ってない。言ってることは穴だらけ。それで『はいそうですか』と納得すると思ってんのかい?」

「っ!」

 大崎さんの雰囲気が、変わった。

 先ほど異能者であると遅まきながらに理解したときに近い感覚だが、異能が強まっている。

 それに加えて、今度は見た目にもハッキリと異常が見える。

 ミシミシと音を立てて、大崎さんの体が膨れている。

 パンプアップなんてレベルじゃない。ワイシャツの中で筋肉が膨張し、今にも破けそうだ。

 もともと筋肉質だった体が、一瞬で本職のボディービルダーみたいになってしまった。

「まずは二十パーセントで相手してやるよ」

 戸愚呂弟みたいな体で、戸愚呂弟みたいなことを言い出した。

「ままま待ってくれ! マジで戦うつもりなんて……!」

 何とか会話で切り抜けようとしたが、遅い。

 足元で爆発でも起こったかのようなスピードで十メートルはあった距離を詰め、眼前に躍り出た大崎さんが、振りかぶる。

「っ⁉︎」

 振り抜かれる右手は、人差し指と中指だけを伸ばした指抜き手。本来は目や耳、口や臍といった柔らかい局部を狙う形だが、この場合は明らかに違う。

 ズゴンッ! 間一髪で避けると、俺の背後のコンクリートの壁に抜き手の指が突き刺さった。

 唖然とする俺の眼前でゆっくりと引き抜かれる指。コンクリートの壁には指二本分の孔がポッカリと空き、孔の周囲のコンクリートにはヒビさえ入っていない。無駄な力を一切逃さずに、指だけに全身の力を乗せたんだ。

「……やっぱり、避けるくらいのことはできるか」

(このババァ……!)

 やはり、指抜き手の型にしたのは、俺が避ける可能性を考慮してのこと。グーで殴っていればコンクリートの壁が木っ端微塵になっていたから、避けられても被害を最小限に抑えるために指抜き手にしたんだ。

 手加減する、という選択肢は排除して。

 そんな力、人に向けて使っていいもんじゃねえだろ⁉︎

「いい加減にしろ! ちょっとはこっちの話も聞きやがれババァ!」

「誰がババァだ! アタシはまだ六十八だよ!」

「充分ババァじゃねえか!」

 しかもついさっき自分で『お婆さん』とか言ってただろうが。都合の良い時だけ年寄りヅラしやがって。

「クソッ! リル! おい、リル!」

 俺は会話を諦め、意識を上階、駐車場の天井の更に上、ホテルの部屋に居るはずのリルに向け、声を張る。

『ダイチ? ゴハンか?』

「違えよバカ! 力を寄越せ! 異能者に襲われてる!」

『っ!』

 俺の危機を察知して、リルの異能が俺の中に混ざる。しかし、距離が離れているせいかいつもより時間が掛かる。

 モタモタしていたら殺られる。そう思って焦るが、

「……おい、まだかい?」

 意外なことに、大崎は俺の異能が万全でないことが分かるらしく、待ってくれている。

「待ってもらえるとは思わなかったよ」

「気の短い年寄りは嫌われるんでね」

 やっぱり年寄りの自覚あるじゃねえか。自分で言うのは良いけど人に言われるのは嫌ってことかね。

 そんな短い会話の間に、ようやく異能が完全に発現する。グレイプニールが壊れて距離の制約は無くなったと思っていたのだが、全く影響が無いわけじゃないみたいだな。

『ダ、ダイチ、なんだあのマッチョ⁉︎』

 完全に混ざり、感覚まで共有したリルが驚愕の声を漏らす。

「関東支部の支部長だ。異能犯罪者と間違われてる」

『話し合おう!』

「もうやった!」

 でもダメだった。この人全然俺の話理解してくれないんだもん。

『か、勝てるのか?』

「……多分無理だ」

 大崎は、かなり強い。

 指先でコンクリートさえ穿つ見た目通りの筋力に、それを十全に活かす身体裁き。諏訪先輩のような異能術とは別ジャンルの、純粋な強さ。

 それに、さっきの言葉を信じるなら、この人は今二割の力しか出していない。

 全力は、今の五倍。異能具も無い今の俺では、万に一つも勝ち目は無い。逃げるのだって、土地勘の無い東京では望み薄だ。

「準備はできたみたいだね、ウェアウルフの小僧。それじゃあ行くよっ!」

「っ!」

 だから俺の目的は、話を聞いてもらうこと。

 さっきの単純な会話ではダメだったが、異能を発現し、戦い、その上で俺に悪意が無いことを理解してもらう。

 それに賭けるしかない。

「何発保つかねえ!」

 振りかぶる腕。今度は拳が握られている。

 俺が受けると思っているのか、周りへの被害を考えていないのか。はたまた、俺を逃さない自信があるのか。

(だ、ダメだ……!)

 俺は迫る拳に、死を幻視した。

 受けてはいけない。絶対に。

 まともに受ければ死ぬ。ガードしても死ぬ。

 避ける、には、近すぎる。

 無理……!

神狼咆哮(リル・ハウル)……!)

「ァオオオオオオオオオォ!」

 ガードは無意味、回避は不可能。しかし、声を出すくらいは間に合った。

 あまりにも拳が速過ぎてハウルのための十分な準備は出来なかったが、それでもここは地下駐車場という反響し易い場所。そこに不完全ながらも轟く遠吠え。

 動きを止めるまでは至らなかったが、それでも音というのは生き物が本能的に忌避するもの。さすがの大崎もほんのわずかに萎縮し、コンマ一秒動きが止まる。

 この機を逃せば次は無い。ハウルは同じ相手に二度も使える技じゃないからな。

 俺はわずかに遅れて伸びた大崎の右腕にしがみ付き、思いっきり体重を掛けて仰向けに倒す。

「っ⁉︎」

 相手の片腕を両腕で捻り、両足で首と胸を抑えて地面に縫い付ける関節技。腕ひしぎ。

(完璧っ!)

 関節技は筋力の差を超越して決める技。こっちも異能を発現した状態でここまで綺麗に決まれば、外せる技じゃない。筋力で関節技に対応できないのは、河川敷で鬼女と戦ったときに立証済みだ。

 しかし、

「驚いたね。なんてデカい声だよ」

 そう言って、大崎は跳ねた。

「はあ⁉︎」

 背中は完全にコンクリートの床に密着していた。にも関わらず、大崎はほんの少しだけ腰を浮かし、それを床に叩きつけることで起き上がった。

 背筋による寸撃。たったそれだけで、俺の体重と合わせて軽く百五十キロはあるであろう重量を浮き上がらせた。

「ンな、バカな……⁉︎」

 薄々勘づいてはいたが、この人は鬼女よりも強い。

 純粋な筋力もだが、何より、ボクシングという格闘技の枠に囚われていた鬼女と違い、力の異能という自身の特性に合わせた戦いができている。

 これが、支部長。

 日本に八人しかいない、霊官の長。

「舌噛むよ」

 次の瞬間俺は、振り回された。

 縦横無尽に、ロックバンドのライブパフォーマンスで観客が振り回すフェイスタオルのように、ぐるんぐるん振り回される。

「がっあぁぁぁ……!」

 洗濯機の中の衣類のように、俺の視界は目まぐるしく乱れる。

 宇宙飛行士の訓練でもここまではしないであろうというほどの過重。血の巡りがおかしくなった俺は視界が真っ暗に染まり、

(ブラック、アウ……!)

 意識を途切れさせた。

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