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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編5 おっかない人

 八雲が手配したホテルは、とても一介の高校生が泊まれるようなホテルではなかった。

 東京駅から程近い一等地に構える摩天楼。客室やラグジュアリー施設はもちろん、ルームサービスやレストランの料理も超一流。値段も軒並み、普段見慣れたものよりゼロが一つ多い。なんでこんなホテル取れたんだかな。

 自分も連れて行けとゴネるリルと慣れない環境に不機嫌そうな火車を部屋に残し、俺たちは最上階の展望レストランに赴く。

 開かれた豪奢なドアから漂う、未だかつて嗅いだことの無いほどの良い匂い。料理人が客の目の前で料理をするライブキッチンの鉄板の上では、分厚い肉が溢れる脂を弾けさせながら見事な焼き色に調理されている。

 自分には決して縁が無いと思っていた超一流の料理。無論、心が躍る。

「お客様、申し訳御座いませんが、当ホテルのレストランでは場にそぐわない服装の方の御来店をお断りしております」

「……はい、すいません」

 恭しく頭を下げるホテルマンの男性に、ジャージ姿の俺は入店を断られた。ドレスコードというやつだ。

 豪奢なドアの向こう、シックな雰囲気のレストランで、自分はしっかりと親父さんから借りてきた背広を着ているトシがやれやれとこれ見よがしに首を振る。

「シティホテルで食事とくれば和・洋・中を問わず、ジャケットの着用は必然ッッ」

「やかましい!」

 地上最強の生物気取りかこの野郎。イヤミか貴様、なんて絶対に返さないからな。

 トシだけでなくネコメも八雲も荷物の中に店に見合うだけのドレスを持って来ていたらしく、部屋で着替えて普段しない化粧も施して食事に赴いていた。

「大地君、あの……」

「気にするなネコメ。俺は外でラーメンでも食ってくる……」

「いや、ルームサービスとかあるよ?」

「嫌だよ、俺だけでそんなことするの」

 フォローするように八雲が言ってくるが、三人はレストランで豪奢なディナー。対して俺は部屋でリルとルームサービス。仮に同じものを食うとしてもそんなのゴメンだ。惨めすぎる。

 レストランに消える三人に手を振り、俺は一人下の階へ降りるエレベーターを目指す。

「いよぉーし、食うぞー」

 背後でトシのテンションの高い声が聞こえた。お前も場にそぐわないだろ。摘み出されろ。

 リルを連れに部屋に戻ろうかとも思ったが、さすがに犬を連れ込めるラーメン屋なんてそうは無い。悪いが一人で行かせてもらおう。忘れてなかったらコンビニで生タイプのドッグフードでも買ってきてやる。

「さてと……」

 ホテルを出てケータイの飲食店紹介アプリを開き、現在地から近いラーメン屋の中で美味そうな店を探す。

 東京は日本一、いや世界一のラーメン激戦区。有名店は一定のエリアに固まる傾向があるが、どの区のどの辺りにもそこそこの店があるらしい。

「えっと、ここからだと……⁉︎」

 初めての場所で、土地勘が無いのが災いした。ケータイのマップ画面を見ていたせいで、歩き出してすぐに人にぶつかってしまった。

「す、すいません……」

 これは俺が悪い。道に迷わないためとはいえ、歩きスマホは社会問題にもなっているマナー違反。素直に謝って頭を下げ、相手の様子を伺うために顔を上げると、

「すぐ謝ったのは感心だが、ちゃんと前見て歩きなよ、お兄ちゃん」

「…………」

 ものっすごい怖い人が目の前にいた。

 俺の身長は百七十五センチ。高一男子のしては平均よりちょっと高い。それにトレーニングをしている訳ではないが異能者として走り回ることも多く、中学時代の事情もあって体は結構引き締まっている方だ。体重は七十近くある。

 そんな俺がぶつかったにも関わらず、その人は微動だにしていなかった。

「アタシみたいな幼気な婆さんにぶつかって、怪我でもさせたら大問題だよ? 気ぃつけな」

 幼気な、婆さん?

 そう、その人は謂わゆる初老。オバちゃんとお婆さんの境目くらいの年齢に見える。少なくとも、お顔は。

 ただ、デカい。

 身長は俺より少し高いくらいだが、一目で分かる鍛え上げられた筋肉が威圧感と圧迫感を与えてくる。

 スーツに包まれた腕や脚はパンパンに張っていて、手は長年人を殴り続けた形に変形している。顔に刻まれた深い皺と三つ編みにした長い白髪は、年齢こそ感じさせるが幼気さなど欠片も感じない程に凛としている。

 更に、小さな丸いサングラス、首にかけた巻かないマフラー、頭の上の革製ハット帽、磨き上げられたエナメルの靴、宝石の散りばめられた高級ブランドの腕時計といった服飾品がカタギで無い雰囲気を醸し出している。

 女版マフィアのドン。そんな雰囲気の人だ。

「え、えっと……。本当に、ごめんなさい……」

 重ねて謝罪の言葉を口にしながらも、俺は目が離さないでいた。

 サングラスの奥の、品定めするように俺を睨め付ける猛禽類の様な眼。

 ゆったりした動作で組まれる逞しい腕。

 全ての動作が、威圧的に見える。

「ところでお前、どこの所属だ?」

「へ?」

 どこの、所属?

「ウチの者じゃねえのは分かる。アタシは自分の部下の顔と名前は全部頭に入れてるからな。もう一度だけ聞くが、どこの所属だ?」

「えっと、それは……」

 何だろう。こんな一等地に似つかわしく無いジャージ姿だから、ヤクザの下っ端か何かと勘違いされたのかな?

 目つきの悪さは自覚しているが、それを帳消しにする位今の俺の表情は間違いなく呆然としている。それに多分、怯えてもいる。

「い、一年一組です……」

 精一杯の所属を口にすると、女性はサングラスの奥の目をスッと細めた。

「そうかい。なるほど……」

 次の瞬間、俺は車に撥ねられた。

 正確には、撥ねられたかと思うような衝撃を受けた。

「っ⁉︎」

 目の前にいたはずの女性はいつの間にか俺の背後に移動しており、背後から俺は背中を叩かれた。感触からして、恐らく平手で。

 それだけで周囲には轟音が響き、俺は車に撥ねられたように吹っ飛ぶ。

 アスファルトに叩きつけられる寸前に腕を下にして受け身を取るが、衝撃は殺し切れない。

「がぁっ⁉︎」

 折れてはいないようだが、あまりの衝撃に腕の感覚が無くなる。オマケに急激に体を揺さぶられたせいで目が回る。

 ぐらぐらする頭を振ってピヨりから立て直そうとしていると、

「このホテルの地下に駐車場がある。そこで相手してやるよ」

 首に腕を回され、引っ張られた。地面を擦っていた足が浮き上がり、首が千切れそうなほどの力で。

「こっの、離せッ……!」

 目まぐるしく景色が変わる。腕に抱えられて走っているだけなのに、まるでジェットコースターだ。

 食事の後だったら間違いなく吐いていたであろう重圧から解放されると、そこは薄暗い地下だった。

 コンクリートの床に白線の仕切りと、車には詳しくないが、どれもピカピカで何となく高そうな車が並んでいる。先ほどの言葉通り俺たちが泊まるホテルの地下駐車場らしい。

「全く。アタシは客と飯食いに来ただけなのに、とんだとばっちりだ。それにしても、アタシの庭に一人で乗り込んで来る度胸だけは認めてやるよ」

 女性はジャケットとマフラーを脱いで床に置き、その上に外したネクタイとサングラスを置く。次いでズボンの尻ポケットから取り出した革製の手袋を両手につけ、構えた。

「ま、待った! 俺が何したってんだよ⁉︎ 俺はアンタのシマを荒らしに来たチンピラじゃない! ただの田舎者の観光客だ!」

 理解が追いつかない。

 ただ外に飯食いに出ただけなのに、こんな女マフィアとタイマンなんて、冗談じゃない。歩きスマホのバツにしても過剰だろう。しかし、

「そんなダラダラと異能漏らしといてよく言えたもんだね」

「い、異能⁉︎」

 その言葉を契機に、その人はようやく、自分の力の一端を見せた。

 溢れる力、暴力的なまでのエネルギー量。

(この婆さん、異能者⁉︎)

 異能者は異能者を知覚できる。大日異能軍や暗部が使っていた認識を阻害する異能具でも無い限り、異能者を前にすれば分かる。

 しかし、俺は今の今までこの人が異能者だと認識出来なかった。

「な、何者だよ、テメェ……!」

「……誰のシマでンなふざけたこと言ってんだい。アンタも喧嘩売るなら、相手のアタマくらいは覚えときな」

 ガツンッ。革手袋をはめた両拳を打ち付け、その人は名乗った。


「霊官関東支部支部長、大崎蘭! アンタを叩きのめす女の名だァ!」


 関東支部の、支部長⁉︎

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