表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
196/246

行楽編4 イントーキョー

 長野を出てから一時間半ほど。俺たちの乗った新幹線は無事東京駅に到着した。

 時刻は夜八時を少し回った頃。駅構内にはまだまだ人が多い。というか、多過ぎる。

「すっげえ人だな。今日は夏祭りか?」

 早足で行き交う人の数たるや、俺が人生で見てきた人数を全て足しても及ばないように思える。人生二度目、プライベートでは初めての東京にモロお登りさんな感想が出てしまった。

「田舎者っぽいセリフだな。東京ならこれくらい普通だろうよ」

「なんでお前は都会慣れしてるっぽい感じ出してんだよ」

 お前も十分田舎者だろ。

「八雲とネコメは来たことあるんだろ?」

「うん、去年の冬コミでね。去年は一日しか参加出来なかったから、今年は目一杯楽しむよ」

 だったら楽しめるやつだけで楽しんでくれればいいのに。

 俺がげんなりした顔をすると、それを見た八雲は途端に影の刺したように不安そうな顔を覗かせた。

「……あの、やっぱり迷惑だった?」

「あ?」

「ごめんね……」

「お、おい……」

 そりゃ迷惑だ。誤解で連れてこられて、帰るのも邪魔された。キチンと確認しなかった俺にも当然非はあるが、勘違いだったのだから早く帰してほしい。

 しかし、今の八雲の顔を見れば、そんなこと言えなくなってしまう。

「大地くん、本当に嫌だったら、その……」

「あ、いや、その、嫌だっつうか……」

 急にしおらしくなった八雲に、俺は困惑する。

「ごめんね。あたしてっきり、大地くんも楽しんでくれると思ったから。だから、勝手に盛り上がっちゃって……」

 俯き、涙まで見せる八雲。そんな八雲の豹変ぶりに、

「大地、お前……」

「大地君……」

 トシとネコメが俺に非難の目を向けてきた。

「ま、待て待て八雲。別にそんな、心底嫌なわけじゃ……」

「でも、大地くん、ずっとつまらなそうにしてるし……。あたしは、みんなで東京に来るの、嬉しかったんだよ? 夏休みだし、同い年のお友達がこんなにいるのって初めてだし。だから……」

 顔を覆ってくすんくすん泣き出してしまった八雲。そんな八雲の姿に、俺は胸の中が罪悪感でいっぱいになった。

(そう、だよな……)

 八雲は自身が抱えるその特殊な事情のせいで、本心で向き合える友達がいなかった。

 ネコメとはずっと仲が良かったとはいえ、それも隠し事をした上での付き合い。

 本当の意味での仲間との、初めての旅行。

 そんな旅行のメンバーに選ばれたことを、誇りこそすれ、嫌がるなんてどうかしていた。

「すまん、八雲。俺が悪かった。コミケでも何でも、一緒に行ってやるよ!」

 バッと頭を下げ、心からの謝罪をする。

「ほんと……?」

「ああ、本当だ!」

 そうだよ、これは旅行だ。

 もうすぐ海も控えているが、今は夏休みなんだ。学校にまともに通うのが久しぶり過ぎて忘れていたが、夏休みの学生ってのはこれでもかってくらいに遊ぶのが普通。当たり前なんだ。

 何度遊びに行ったっていい。何度旅行したっていい。

 せっかくの東京だ。コミケはしんどいかもしれないが、旅行自体が楽しくない訳ない。

「本当に、一緒に行ってくれる?」

「ああ、行ってやる!」

「手分けしてサークル回ってくれる?」

「回ってやる!」

「並んでる時に買い出しとかしてくれる?」

「ん? ああ、してやる……」

「コミケ行った後アキバで買い物するけど、荷物持ちしてくれる?」

「してやる……ってちょっと待て!」

 なんかドサクサに紛れて荷物持ちまでさせられることになってねえか?

「ぃよぉーし、大地くんも乗り気になったところで、ホテルにチェックインしたら、ご飯食べに行こー!」

「待てやコラァ!」

 一転、ケロっと明るい表情になった八雲が先陣を切り、人の行き交う東京駅を堂々と歩いて行く。わあ、やっぱり八雲は演技が上手い。

「普通騙されねえよな」

「うるせえ!」

 前に諏訪先輩にも似たようなことやられたが、女ってのは皆んなこうやって平気で涙を武器にするのか?

「大地、お前将来尻に敷かれるタイプだよな」

「大地君って素直ですよね」

 ネコメとトシもスタスタと歩いて行ってしまう。釈然としねえ。

「ったく、これだから女ってやつは……」

 俺の周りだけかもしれないが、厄介というか敵に回したくない女が多過ぎる。主に諏訪先輩とか、諏訪先輩とか、あと諏訪先輩だな。

「えへへ。でもね、大地君……」

「ん?」

「嬉しいのは本当だよ」

 満面の笑みで、八雲はそう言った。

 少し前、藤宮の呪縛に捕らえられていた頃には考えられないくらいに明るく。演技じゃない、本当の笑顔で。

「…………信じるかよバーカ」

 だから俺は思わず悪態をついてしまう。嬉しくて、照れ臭くて。

 八雲の立派な演技とは似ても似つかない、口だけの薄っぺらい悪態を。

「あー、ひっどーい!」

「日頃の行いだバーカ」

「二回もバカって言った!」

 半ば無理矢理連れて来られたんだ。悪態くらいは許されるだろう。

 辛いことがあって、戦って、そんな苦難を乗り越えての夏休みなんだ。

 高校生らしく楽しむくらい、許されるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ