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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
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行楽編3 夏コミに行こう

 コミックマーケット、通称コミケ。概要はついこの間マシュマロの部屋に行ったときにも思い返した通り、世界最大の同人誌即売会だ。夏コミはお盆、冬コミは年末に、東京のお台場、ビックサイトで行われる。

 そう、正にこの時期、というか、明日から。

「……コミケ?」

「そうですよ。まさか知らないで来たんですか?」

 信じられない、という感じで目を見開くネコメ。

「いや、だって明日はお盆だろ? 地獄の釜の蓋も開く、日本の異能の……」

「宗教行事なんて全部勝手に作られた、言ってしまえばデタラメです。実際の異能には全く関係ありません。善光寺に行ったときにも言ったじゃないですか、こういうのは気分だって」

 いや、そりゃ言ってたけど。

「じゃあ、お盆って霊官の仕事とか無いの?」

「ありません。むしろ一般的な休日に合わせて仕事を振られることなんて少ないです」

 そんな、マジかよ……。俺あんなに気合い入れてたのに、馬鹿みたいじゃん。

 八雲は何か得心がいったという風に頷いており、トシに至ってはそっぽを向いて笑いを噛み殺している。さては駅の段階で気づいてたのに黙ってやがったなコイツ。

「八雲、お前は新盆……」

「だから気分の問題なんだよ。お盆に先祖が帰ってくるなんてウソウソ」

「じゃあ、さっきの電話は……」

「夏コミの買い出し要員のお誘い。大地くん妙にやる気だったから、てっきり本の欲しいサークルでもあるんだと思ったよ」

「ねえよ!」

 通りで皆んな遊びに行くような格好してるはずだよ。だってただの遊びだもん。

「お前さっき戦いだとか勝ち取るとか言ってなかったか⁉︎」

「大地くん、コミケは戦場だよ。人の押し寄せる壁サーに、マナーを守らない徹夜組。出遅れれば商業ブースでの完売は必定。それでも己の『欲しい』という感情のまま行列に並ぶという戦いが……」

「やかましい!」

 ふざけんな。誰が行くかあんなところ。

 毎年ニュースとかでも見るが、コミケの来場者は数万単位というとんでもない人数。

 それも夏。汗まみれの夏。

 高校球児の煌めく汗とは違う、普段外出しない、汗をかく習慣の無いようなオタクの汗。

 人間の体内の老廃物は、汗などに溶けて体外に排出される。新陳代謝の良い汗っかきな人や、運動の習慣があって毎日汗をかいている人の汗は、常に新しい細胞のサイクルの中にあるため汗臭くなり難い。対して、普段汗をかかない人がたまにかく汗は、強烈に臭う。

 オオカミの異能混じりになって最初の夏、実は俺は町中でそういう臭いに悪戦苦闘していた。

 ハッキリ言って、オオカミの異能混じりがあんなところ行ったら、鼻がもげる。

 戦慄する俺に救いの手を差し伸べるように、新幹線は駅に停まる。ここは軽井沢、まだ県内だ。

「っ!」

 素早く棚の上から荷物を下ろし、座席の下のリル入りケージを抱えて通路に出る。

「逃げる気だ!」

「させないよ!」

 いつの間にか異能具を外していたトシに心を読まれ、オシャレ服でも懐に忍ばせていた八雲の糸玉が俺の足を絡めとる。

 ずべんっ。急に動いて盛大にすっ転んだ俺に車内から視線が集まる。

「糸解け八雲! 俺は反対の新幹線に乗って帰る!」

「ダメだよ。せっかくの人手を逃すわけないって」

 クソ、相変わらずこの糸は強靭だ。切れる気がしない。

 異能を使って無理矢理逃げようとも思ったが、今車内中の視線が俺に集まっている。いくらなんでもいきなりオオカミの耳が生えたら、コミケ前からコスプレをしているアホなやつという訳にはいかないだろう。異能の露見はマズい。

 焦る俺を置き去りにして、新幹線は発進した。無慈悲にも駅は遠ざかって行く。

「……分かった、逃げないから糸を解け。異能を使うな」

「はーい」

 軽い返事と共に八雲が手首を捻り、糸が解ける。起き上がって素知らぬ顔で席に戻る。周りには変なやつだと思われたかもしれないが、異能の露見なんて大事にはならずに済んだ。

「はあぁぁぁぁぁぁ……」

 膝に乗せた荷物に顔を埋め、深い深ーいため息を吐く。

『ダイチ、乱暴だった……』

「すまん、許せ」

 乱雑にケージを扱ったからリルはご立腹だ。

『仕事、無いの?』

「無いっぽい……」

 ネコメのテンションが低いのも納得だ。大方八雲に無理矢理連れてこられたんだろう。

 なんだか、一気に力が抜けてしまった。

 せっかくのやる気は空回り。俺一人だけジャージで東京。馬鹿みたいだ。

「……東京に行くのは良いとして、リルや火車はどうするんだ? さすがにホテルに留守番って訳にはいかないだろ?」

 動物の連れ込みなんて当然不可だろうし、かと言って初めて泊まるホテルに置き去りには出来ない。

「だから大地くんに連絡したんだよ。ネコメちゃんか大地くんがホテルに残れば、あと一人買い出しに付き合って貰えるでしょ?」

 名案じゃん、とばかりにドヤ顔を披露する八雲だが、そもそも人を巻き込むな。ああいうのは行きたいやつだけが行って楽しむものであって、興味が無い人間が行っても苦痛なだけだ。

 しかし、八雲の言う通り、事ここに至ってはアニマルズの面談を見ておく役は必要だよな。

 勘違いで付いてきてしまった俺がその役に甘んじよう。

「……ネコメ、俺がホテルに残るよ」

 任せておけ、とばかりに提案するが、

「いえ、私がホテルに残りますから、大地君は楽しんで来てください」

 ネコメはいい笑顔でそう返してきた。

「…………」

「…………」

「いやいや、俺が残るよ。俺がリルと火車見とくよ」

「いえいえ、私が残ります。ケット・シーなので。動物に強いので」

「いやいや、俺リルの相棒だから。離れるとマズいから」

「いえいえ、私は火車さんのパートナーなので。離れるとマズいので」

「いやいや、俺の方が火車に懐かれてるから」

「それは言わないで下さい!」

 虎の尾ならぬ猫の尾を踏んだっぽい。ネコメ踏んじゃった。

「大地君行ったことないんですよね? 一度行ってみてください、何事も経験ですから」

「その口振りだと行ったことあるんだな? じゃあ慣れてる分ネコメが適任だろう?」

「二度と行きたくないんです!」

「一度だって行きたくねえよ!」

 お互いに買い出し要員を押し付け合う俺とネコメ。不毛だ。

「二人とも、嫌なことを押し付けるなんて、良くないよ?」

「お前が言うな!」

「八雲ちゃんに言われたくありません!」

 ギャンギャンと言い争いをする俺たちに、「お客様」と厳しい声が掛けられる。

「他の乗客の方のご迷惑になります。大声でのお話はお控え下さい」

 座席の見回りをしていた車掌さんに怒られた。

「……はい」

「ごめんなさい……」

 素直に謝った俺とネコメだったが、車掌さんは「これだから夏休みの学生は」とでも言いたげな一瞥をくれて去って行った。

 ちょっと泣きそう。

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