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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
行楽編
193/246

行楽編1 地獄の釜の蓋も開く

新章です。


長い長い夏休み編の最終章になります。

 八月十三日、夕刻。

 たたりもっけの事件の収拾もひと段落し、この一週間ほど俺たちは各々の夏休みに戻っていた。

 買い物に行ったり、ゲームをしたり、涼しい部屋で麦茶片手に甲子園を見たりと、イベントは無いが実に充実した夏休みだ。

 しかし、それもこれまで。

「……まだ来ないか」

 リビングのテーブルに置いたケータイをジッと見つめ、俺は連絡が来るのを待っている。

 明日からは盆の入り。地獄の窯の蓋も開くという、日本中が異能に満ちる三日間だ。

 ネコメから特別に連絡があった訳ではないが、俺ももうすぐ一人前の霊官になる。この程度の話、連絡を待たずに準備するくらいの気概はあって当然。

 盆の間行動できるように着替えを詰めたバッグを床に置き、動きやすい格好で異能具も装備して待機している。

 今すぐにでも出掛ける準備は出来ているが、事が起こる前に何の連絡も無いとはさすがに考え難い。直前の連絡で俺の準備を試そうとするなら、電話が来るのは今から夜までだろう。

『ダイチ、気合い入ってるな』

「当然だろ。この間俺たちはほとんど役に立ってないんだ。日本の異能の代表のお盆は、汚名返上のために働くぞ」

 盆の感覚が分からないリルだが、俺のやる気は伝わったらしい。尻尾を振りながら俺の横にお座りして、一緒に連絡を待つ。

「……もしかして、この段階から既に能動的に動けってことか?」

 連絡を待つのではなく、俺から連絡するべきなのだろうか?

 明日から盆だが、霊官はどう動けばいい? 俺がそんな連絡をするのを、ネコメも待っているのか?

 しかし、俺の予想は見事に外れ、ケータイは着信音を響かせた。

「あれ?」

 液晶画面に表示される名前は、東雲八雲。ネコメではない。

 何で八雲から? と思わなかった訳ではないが、柳沢さんが約束を果たしてくれるなら、八雲ももうすぐ霊官として復帰する。無関係ではない。勝手に納得して電話を取る。

「もしもし」

『あ、もしもし大地くん? 突然なんだけど、明日って……』

「ああ、連絡待ってたぜ。いつでも動けるように準備できてるよ」

 やっぱり、明日からの盆の仕事の連絡だ。

 俺が食い気味で動けることを告げると、八雲は電話口で意外そうな声を上げた。

『ええ⁉︎ そんなにやる気満々だったの? ていうか、明日のこと知ってたの?』

「当たり前だろ、盆に俺たちが行くところなんて一つしかない。楽しみにしてたと言っても過言じゃないな」

 せっかくの汚名返上の機会だ。霊官が盆に何と戦うのかは知らないが、地獄の鬼だろうと亡者の幽霊だろうと、何でも来るがいい。

『そっか……。ねえ、今すぐでも動ける? 私も明日は本気で挑むつもりだったんだけど、早く動けるならそれに越したことないから』

 先んじての行動とは、八雲もやる気だな。

 八雲にとっても、言わば霊官としての復帰戦だ。やる気になるのは当然だろう。

「いつでも動けるって言っただろ。どこに行けばいい?」

 リルに視線を向け、バッグを持って立つ。

『ちょっと待って。……うん、やっぱり今からなら夜には着けるよ。一時間後に駅に来て。悟志くんにはあたしから連絡するから』

 やっぱりトシも参加か。トシは異能結晶の取り引きを潰しているし、霊官の実績としては俺よりも上と言えるもんな。

「了解。行き先は……」

『もちろん、東京だよ』

 そう言って電話は切られた。

「……東京だったのか」

 てっきり県内、遠出しても中部支部の管轄内だと思っていたが、これは正直予想外だ。

 東京、言わずと知れた日本の首都。世界一の人口密度を誇る我が国の心臓。

 小学校の社会科見学以来だな、東京なんか行くの。

『とうきょう?』

「日本の首都だ。人も多いし、そうなると幽霊とかも多いのかもな」

 リルは当然初めてだし、驚くだろうな、東京。人も車も建物も多い。何より山がない。長野は山が多く、市内は盆地だ。どこを見ても山が見えるってのが当たり前だから、東京のビル群には度肝を抜かれた記憶がある。

「とにかく、すぐに出発するぞ」

『オウ!』

 バッグを肩に掛けすぐに出発しようとする。すると、キッチンで晩飯の支度をしていた小月がひょこっと顔を出した。

「兄さん、出掛けるの?」

「ああ、東京だ。時間あったら土産でも買ってくる」

 今夜のうちに出る可能性は考えていたので、晩飯を無駄にしないように小月にはあらかじめ言っておいた。なので当然用意していないものと思っていたが、

「ちょっと待ってて。お弁当にするから」

「お、おう」

 できる妹の小月は持ち運びしやすいものを作ってくれていたようで、ものの数分でラップに包んだおにぎりと食品用ビニールに入れたおかずを用意してくれた。これなら弁当箱が荷物にならないで済む。

「はい、行ってらっしゃい。父さんには私から言っておくから」

「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

 バッグに弁当を入れ、リル用のケージを持って小月の見送りを受けて家を出る。原付きで行った方が早いが、リルの散歩がてら歩いて行こう。指定された時間には余裕あるし。

 出発前の夜の散歩を楽しんでいると、リードの先からリルが『なあなあ』と問い掛けてくる。

『とうきょうってどんな所だ?』

「んー、この辺よりもビルが高くて、人はすっげー多い。俺もほとんど行ったことないが、住むには便利でもごちゃついてるイメージだな」

『多いって、学校よりか?』

「比べものにならないだろうな」

 そんな話をしながらゆっくり歩く。日は沈んだが、まだそれなりに人通りがあるから会話には気を使う。

 三十分ほど歩き、駅が見えて来た。リードを外してリルをケージに入れ、先日も集合場所にしていた駅の入り口を目指す。待ち合わせにはまだ時間があったが、どうやら皆んなもう着いているらしいことが匂いで分かる。

 行き交う人の多い中視線を巡らすと、目的の集団はすぐに見つけられた。

「悪い、遅くなったか?」

「大丈夫だよ。まだ時間前だし」

 その場にいたのは八雲、ネコメ、それとトシ。見慣れたメンバーだ。しかし、いつものメンバーなのに少し様子がおかしい。八雲はどこか浮ついているように見えるし、対してネコメは若干テンションが低く見える。何より、

「おいトシ、お前なんで異能具外してるんだ?」

 トシはイヤリングの異能具を一つ外していた。こんな人の多い所で異能具を外せば、止め処なく聞こえる心の声で頭がおかしくなってしまいそうだ。

「いや、八雲ちゃんからお前が妙にやる気だって聞いてな。悪いが、ちょっと聞かせてもらった」

 そう言ってイヤリングを付け直すトシ。

「なんだそんな事かよ。やる気出すのは当たり前だろ? お前と違って、俺は最近良いとこ無しなんだからな」

 心の声を聞かれるのはあまり良い気がしないが、俺個人のことで別に隠し事はない。何より、トシは異能で知った秘密をペラペラ喋るような奴じゃない。

「いや、まあ、うん。いいや、明日のお前が楽しみだよ……」

「? つーかお前ら、その格好は何だよ? 遊びにでも行くつもりか?」

 含みを持たせたトシの言い方は気になるが、それよりも変なのは皆んなの服装だ。

 ネコメも八雲も明らかに他所行きの可愛らしい服で、トシまで普段見ないようなパリッとしたシャツを着ている。要はオシャレなのだ。

「いや、大地くんこそその格好で行くつもり?」

「何かおかしいか?」

 俺は動き易さ重視のジャージのズボンにTシャツ。異能を使うなら絶対俺の方が正しいのに、何でそんな不可解な顔をする?

「気にすんなよ。ヤンキーはジャージしか着ないんだ」

「誰がヤンキー……ってオイ!」

 トシは含みを持たせたまま、二人と一緒にそそくさと改札に向けて歩いて行ってしまう。なんなんだよ。

『ダイチ、格好変なのか?』

「変じゃない、と思うが……」

 まあ服装なんてどうでもいい。

 とにかく、霊官として初の遠征だ。

 気合い入れて、いざ東京。

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