表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
小さな幽霊編
190/246

小さな幽霊編45 遊びの話と暗い話

 図書館での目を覆いたくなる調べ物から二日後の午前十時、俺とトシ、ネコメと八雲は再び集合していた。場所は分かりやすく駅前。日差しの強さと行き交う人の多さは、いかにも夏休みである。

 リルと火車は動物を連れて行けない場所に行くかもしれないので、俺の家で小月が遊んでやってくれている。

 何でこんなクソ暑い中四人で集まってじっとしているかと言うと、今日はあと二人一緒に動くメンバーがいるからだ。

「やあ、待たせてしまったかい?」

「伊勢田さんのせいですよ。ずっとガイドブック読んでるから……」

 残りのメンバー、遠野さんと伊勢田さんが駅のエスカレーターを上がって現れ、俺たちと合流する。

 各々が夏らしい装いで集まった今日の目的は、異能絡みの事件ではない。

「さてと、それじゃあどこ行きますか?」

「地元の名所って住んでるとむしろ行かないからな〜」

 今日の目的、それはズバリ、東北支部の二人の観光案内である。

 たたりもっけの事件からしばらく滞在していた二人だが、明日の新幹線で東北に帰ってしまう。本当は事件が解決し次第帰る予定だったのだが、予想外の戦闘による負傷、それに伴う入院と療養の名目で見事に滞在費をせしめ、今日までホテルでゆっくりしていたらしい。

 そして、傷を癒して英気を養った二人は、今日は県内の観光とお土産を買いたいということで、俺たちが遊びがてら案内することになった。

「私は軽井沢に行ってみたい」

「オラは諏訪湖に行きたいね」

 総移動距離何キロになると思ってんだ。

「土地面積第四位の都道府県舐めんな。ほとんどが人の住まない森林の岩手と違って、こっちは観光地もばらけてるんだよ」

「長野だって山だらけだろうが! 四位風情が二位に面積を語るな!」

 醜い都道府県の争いがそこにはあった。

「まあ現実的な話、この辺から日帰りで観光ってなると結構限られるよな……」

 的確なトシの言葉だが、俺以外に頷く者はいない。東北支部の二人は元より、ネコメも八雲も異能専科の外で過ごした時間が少なく、県内の観光地にピンと来ないみたいだ。

「軽井沢は行けない事もないが、時間はかなり限られるな。あとは松本城や安曇野(あずみの)辺りなら何とかなるが、一番手頃なのは善光寺か?」

 県内に観光地や名所はそれなりにあるが、長野は都道府県面積全国第四位。どこも車や電車で一時間や二時間は平気でかかる。駅周辺から徒歩圏内で一番有名なのが善光寺だ。この時期に行くのは観光客くらいのものだし、丁度いいと思うが。

「善光寺……私は行ったこと無いですね。八雲ちゃんは?」

「あたしも無い。行ってみたいかも」

 県内の小学校では学校行事で行ったりもするので、俺やトシはもちろん初めてではない。しかし、東北の二人は初めてだろうし、ネコメも八雲も乗り気だ。

「善光寺か。確かに行ってみたいな」

「オラもそれでいいよ」

 六人中四人が賛成。これは決まりだな。

「よし、じゃあ善光寺にするか。トシもいいだろ?」

「ん、ああ、それはいいんだけど……」

 善光寺に行くのは問題無いが、何か引っ掛かっている様子のトシ。

「どうした?」

「いや、八雲ちゃんが行ったこと無いのは分かるんだけど、ネコメちゃんは小学校のときに行かなかった?」

「っ!」

 俺と八雲が、揃って「しまった」という顔をする。

 六月の藤宮の事件に関わったせいで八雲の出自は知っているトシだったが、ネコメの過去については誰も話していない。もちろん、背中の傷のことも。

 トシのことは信頼しているし、仲間だと思っている。でもこれは軽々しく話せる話題ではないし、何よりネコメ自身も折り合いがついているとは思えない。

「トシ、それは……」

 俺が知ってしまったのは偶然だし、トシに話すか話さないかはネコメが決める事だ。少なくとも今話すことではない。何とか誤魔化そうとするが、上手い言葉が出ない。

「私、事情があって学校は中等部からなんですよ。だから小学校の行事とかは経験無いですし、遊びに行く家庭ではなかったので」

 ネコメは、嘘は言わずに上手く核心をボカしてそう言った。トシも「そうだったのか」と一応は納得した様子だ。

「さてと、それじゃあ行こっか。バスで行く?」

「せっかくだから歩きたいな。参道には出店や土産屋もあったと思うが?」

「ああ、ありますよ。まず駅の西側に出て……」

 空気を払拭するように明るく先導する八雲に、トシと遠野さんが続く。伊勢田さんはチラリとネコメを一瞥したが、年長者だけあって察するものがあったのだろう、何も言わずに三人に続いた。

「ネコメ……」

 俺は少し遅れて歩き出したネコメの背中に声をかける。

 ふとした会話で心の傷を思い出させてしまった。そう思っての言葉だったが、振り返ったネコメはしっかりとした笑みを浮かべていた。

「大丈夫ですよ。せっかく遊びに行くのに、暗い話をしては雰囲気が台無しですから」

 そう言って「ほら、行きましょう」と手を引いてくれる。

「……近いうちに、皆んなには話そうと思っています」

「そうか……」

 皆んなに話す。つまり、己の過去を打ち明ける。それは凄く勇気のいることで、同時に残酷なことでもある。

 自分のことを思ってくれる相手、仲間や友人に辛い過去を語って聞かせるということは、相手にもその傷を共有させることに等しい。

 以前八雲が、意図せずにネコメの背中を見てしまった俺を殴ったように、ネコメの傷はネコメの過去を知る者の共有の傷になり得る。

 過去を話すことで自分も辛いことを思い出して傷つき、相手にも気遣いや秘密の共有という重荷を背負わせる。それはやっぱり、残酷なことだ。

 でも、それを共有しても尚仲良くいられると思ったから、ネコメは話すのだろう。

 俺のときみたいに偶然が生んだなし崩しではなく、自分の意思で。

(凄いな、ネコメは……)

 自分でも忘れたい過去、それを話すなんて、今の俺では考えられない。

 でもいつか、話さなければならない時が来たら、俺も話そう。

 そんな日が来るなんて思えないし、思いたくもないが。

(忘れられないもんだな……)

 我ながら女々しい。本当に、ちっとも成長できていない。

 滑稽で下らない話。悲劇なんて高尚なものではない、馬鹿なガキの馬鹿な話。

 いつか、話す日が来るのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ